第四話 続・闇夜の襲撃

   

 入り口の月の第十六、水氷の日の夜。

 曇天下の大通りで、三人組の襲撃を受けたピペタ・ピペトは……。

 守るべきウォルシュ大隊長を背中に隠して、敵には三方から囲まれた状態。さすがにこれでは、苦戦を予感するしかなかった。

「左右の二人だけでも、厄介だというのに……」

 まだ手の内を見せていない最後の一人に、一番の注意を向ける。

 その細身の男は、黒装束で夜の闇に紛れたまま、はっきりとした声を響かせていた。

「ドゥーオ! トゥリブス! あれを仕掛けるぞ!」

 続いて間髪入れずに、左右からも声が上がる。

「おう!

「了解!」

 正面を見据えたままのピペタだが、足音と気配だけで、左右の動きは十分に理解できた。右側の大男も左の小柄な男も、黒装束の三人目の方へと駆け寄っていくのだ。

「……何をする気だ?」

 挟撃できるという有利な配置を、あえて捨て去るらしい。合理的な判断とは思えないが、だからといってピペタは、敵を侮るつもりはなかった。

 連中は、仲間の個人名らしき『ドゥーオ』『トゥリブス』――もしかしたらコードネームかもしれないが――を口にしているのだ。聞かれても構わないということは、こちらを確実に始末する自信があるのだろう。

 自然とピペタの警戒心は高まり、騎士剣を握る手にも力が入る。

「不気味な敵だが……。ならば!」

 先手必勝。

 左右から襲われる心配がないのであれば、この位置に踏み留まる必要もない。ウォルシュを守ることは一時的に忘れて、目の前の敵を倒しに向かっても大丈夫!

 まずは前方の黒装束を斬り伏せよう、と考える。左右二人の動きに変化が感じられたら戻るつもりで、ピペタも駆け出そうとしたのだが……。

 先に仕掛けたのは、その黒装束の方だった。

「ヴェントス・イクト・フォルティシマム!」


「くっ! こやつ、魔法使いだったのか!」

 魔法の強風を受けて、ピペタは押し飛ばされる。

 そのまま後ろの商家の壁に、背中からぶつかる形になった。だが幸いなことに、

「ギャッ!」

 潰れたカエルのように呻くウォルシュが間に挟まり、ちょうどクッションになってくれた。

「助かりましたぞ、ウォルシュ大隊長」

 素早く立ち上がり、再び剣を構えるピペタ。

 顔や手など、騎士鎧に覆われず肌が剥き出しの部分が、ヒリヒリと痛む。目には見えぬ真空のやいばが、それだけたくさん、魔法の風に含まれていたのだろう。

 だが、そんな痛みを気にしていられる状況ではなかった。ピペタが体勢を整えた時には、すでに大男が目の前に迫っていたのだから。

 しかも、巨大なハンマーを振りかぶった状態で。


「フンッ!」

 気合いの掛け声と共に、振り下ろされるハンマー。

 これを普通に騎士剣で受け止めようとしても、刀身を折られてしまうだけだ。

「ならば……!」

 咄嗟にピペタは、剣を逆手に握り変える。そして剣の柄頭つかがしら――握りの底の部分――を、向かってくるハンマーの打撃面に対して、ピタリと合わせるように押し当てた!

「……!」

「フッ……。こんな形で止められるとは思わなかっただろう? 私の膂力も、まだまだ捨てたものではないな」

 敵の動揺を察したピペタは、わざと余裕の発言を口にする。

 もちろん、これはハッタリに過ぎなかった。ハンマーの一撃を、力任せに受け止めたのだ。手首から先はジーンと痺れて、今にも剣を取り落としそうなくらいだった。

 そもそもピペタとしては、相手のハンマーを押し留めるだけでなく、出来れば跳ね飛ばしたかったのだ。その場合、相手の体の前面は、一時的にガラ空きとなるはず。その瞬間、ピペタは手首をクイッと返して、逆手に握った剣で切り掛かることも出来ただろう。

 その程度の事態は、大男の方でも理解していたらしい。改めてハンマーを振りかぶれば斬られる、とわかっているからこそ、そのままピペタの剣を押し込もうとしてきた。

 つまり二人は、互いの得物で相手の武器を押さえつける形になったのだ。迂闊に武器を引いた方が致命的な一撃を食らってしまうという、一種の膠着状態に陥っていた。

 しかし、大男の方には、まだ余裕があった。ピペタと違って、仲間がいたのだから。

「けっ。ドゥーオの兄貴を止めるとは、褒めてやるぜ!」

 大男の肩口からヒョイっと顔を覗かせたのは、中年声の小柄な男。今の発言からすると、こちらがトゥリブスなのだろう。

 大男ドゥーオの全身に隠れる形で、このトゥリブスもまた、急接近していたのだ!


「さあ! その状態じゃ、これは避けられねえぞ!」

 勝ちを確信した口ぶりで叫びながら、小柄なトゥリブスはドゥーオの肩を踏み台にして、ピペタに飛び掛かってくる。

 その手には、最初の襲撃でも見せた大ぶりなナイフ。

 確かに、ピペタの騎士剣はドゥーオのハンマーと押し合っている以上、迎撃には使えない!

 かといって、回避もできない。それでは、後ろのウォルシュをられてしまう!

 瞬時に頭を回転させたピペタは、

「……いや、まだだ!」

 右手で剣を握ったまま、左手を伸ばした。

 振り下ろされるナイフへと向かって。

 いや正確にはナイフそのものではなく、ナイフを持つトゥリブスの手首に向かって。

「けっ、そうきたか!」

 だが、敵もさる者。

 ピペタが相手の右手首を掴んだ時、既にトゥリブスは、ナイフを手放していた。ストンと地面に落とすことなく、空中にある間に左手でキャッチして……。

「今度こそ、おしまいだ!」

 ニヤリと笑いながら、ナイフを突き出してくる。

 右手も左手も塞がったピペタには、もう対処のすべはない!

 しかし。

 キンッという音が響いて、ナイフはトゥリブスの手から弾け飛んだ。

 何が起こったのか、ピペタは一瞬、理解できなかったが……。

「ちっ!」

 ナイフを失ったトゥリブスが左の方へ目をやるのを見て、状況を推察する。横合いから投げつけられた物体があって、それがナイフを弾いたらしい。

「気をつけろ! もう一人いるぞ!」

 トゥリブスが仲間の注意を喚起しながら、ピペタに蹴りを入れて、その手を振りほどく。

 ほぼ同時に、司令塔である黒装束が、さらなる指示を飛ばしていた。

「ドゥーオ! トゥリブス! 今日のところは、引き上げるぞ!」


 その声は、ピペタが思ったよりも近くから聞こえてきた。

 どうやら黒装束もトゥリブス同様、ドゥーオの巨体に隠れるようにして、かなり近づいていたようだ。三人が一塊ひとかたまりになって一人を襲うのが、彼らの戦法だったのだろう。

 だがピペタを援護する者が現れたので、必要以上に警戒したらしい。

 蹴り飛ばされたピペタが再び体勢を立て直した時には、三人の姿は、既に遠くへ走り去っていた。

 ウォルシュの護衛役であるピペタに、彼らを追う余裕はなく……。

「さあ、ウォルシュ大隊長。襲撃者は追い払いましたぞ」

 役目は果たしたという顔で、上司に声をかけるのが精一杯だった。


「……終わったのか?」

 背中を丸めて頭を抱えていたウォルシュは、恐る恐るといった態度で、顔を上げる。

 ゆっくりと周囲を見渡して、誰もいないのを確認すると、

「そうか、終わったのか……」

 今度は、ホッとしたような声で繰り返した。

 まだ座り込んだままのウォルシュに、ピペタは手を差し伸べる。

「こんな通りの真ん中に、長居は無用です。もう今夜は大丈夫だと思いますが……。一応、屋敷までお送りしましょう」

「ああ、頼む」

 上司の手を引いて、立ち上がらせながら。

 ピペタは、ふと考えてしまうのだった。ピンチを救ってくれたのは誰だったのだろう、と。

 軽く辺りを見回しても、人の気配は感じられない。通りすがりの善意の第三者ならば、姿を現しても良さそうなものなのに。

 闇夜に隠れて投擲武器を使う人間。そう考えると一応、心当たりが一人いるのだが……。

「まさか……。あいつが、この件に絡んでいるのか?」

 ウォルシュには聞こえないくらいの小声で、そっとピペタは呟くのだった。

   

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