米が喰いたい宇宙配達人
武海 進
米が喰いたい宇宙配達人
俺は宇宙の運び屋、何て言えば昔の紙媒体だった頃のコミックの主人公のように聞こえるが、実際はただの運送屋だ。
宇宙開拓時代と言われている今は地球周辺には数多くのコロニーやステーションが建造されており、未だ未完成の物も多い。
俺はそんな建設途中の現場に建築資材を運ぶ仕事をしている。
「あー、腹減ったなあ」
「そろそろ飯にするか若造」
「おやっさん、もう若造はやめてくれよ。今年でもう俺32だぜ」
「もうすぐ還暦のわしからすれば十分若造だよ」
そう言いながらおやっさんはパウチに入った流動食を投げてきた。
無重力のおかげでゆっくりとこっちに飛んでくるお粥梅入り味とパッケージに書かれたそれをキャッチする。
「またこれかよ、いい加減ちゃんとした飯が食いてえよ」
「文句言うな。あと3か所に届けたら1週間休暇だろ、しこたまうめえもん食って来いよ」
「もちろんそうすつもりさ。地球じゃそろそろ新米が出てる頃だからな。おやっさんは休みはどうするんだ?」
「第三コロニーの息子夫婦のとこに行く。ちょうど孫の誕生日なんだよ。あ、写真見るか」
「もういいよ、空で似顔絵でも描けそうなくらい見たっての」
「なんでえ、かわいいのに」
「はいはいじじばかじじばか」
俺に仕事のイロハを叩きこんでくれたおやっさんと軽口を叩きながら流動食を啜る。
だが、俺の中に流れる日本人の遺伝子が叫んでいる。
「米が食いてえ」
「またそれかい、どんだけ米が好きなんだよおめえはよ。とっとと食ってさっさと仕事終わらせるぞ」
「へいへい、りょうーかい」
味気の無い食事をさっさと済ませた俺は休みに思いをはせながら残りの配達に向かった。
その後大したトラブルも無く無事に仕事が終わった俺は、仕事上がりに予め会社のロッカーに用意しておいた旅行鞄を引っ提げて、地球に降りるために軌道エレベータステーションの受け付けに来ていた。
「すいません、地球行のチケット大人一枚で」
「かしこまりました、少々お待ちください。ちょうど次の便が空いていますのでそちらでよろしいですか?」
「お願いします」
無事に地球に降り立った俺は、久しぶりの地球の重力に辟易しながら、軌道エレベータステーション発着場を出てすぐのバスターミナルで繁華街行のバスに乗り込んだ。
予め予約しておいた安いホテルに荷物を放り込んでさっそく馴染みの定食屋へと駆け込んだ。
「大将、新米入ってるかい?」
「おう、あんちゃん久しぶりじゃねえか。飛び切りうまい新米の炊き立てがあるぞ」
「そいつは重畳、じゃあ月面どりの唐揚げ定食のご飯大盛りで!」
月面どりとは月の養鶏場で育てられている鶏で、地球より重力が軽い月で跳ね回りながら育つ分、ストレスが無いのか地球産より柔らかくジューシーで、その唐揚げは肉汁が滴り最高なのだ。
「あいよ、ちょっと待ってな」
厨房の奥から炊き立ての新米の匂いと鶏肉を揚げる音が俺の胃袋を刺激する。
やはり本物の食い物は食べる前から俺を幸福な気分にしてくれる。
「ヘイ、唐揚げ定食ご飯大盛りお待ちどうさん。ついでに海苔もサービスな」
「サンキュー大将」
目の前にやってきたのは炊き立ての白く輝く銀シャリと黄金色の唐揚げの山。
ここ数日食べていた栄養だけ取れれば良いという味気ない流動食ではなく本物の食い物。
視覚と嗅覚から胃を刺激されてもう辛抱たまらない。
「いただきます!」
急ぎすぎておかしな持ち方になった箸で熱々の炊き立て白米を頬張る。
一粒一粒粒が立った新米は噛めば噛むほど甘味がでてくる。
「うめえ!やっぱり日本人は米だな」
十分新米だけの味を味わった後、次は海苔で巻いて食べる。
黒光りする海苔に包まれた白米は何とも得ない妖艶さがある。
パリパリの海苔の風味と新米のコンビネーションは堪らない。
そして次はメインディッシュの唐揚げだ。
大振りの揚げたての唐揚げに齧り付く。
食べた瞬間に肉汁が飛び出して口の中にニンニクの風味が広がる。
肉汁とニンニクの洪水にさらに新米を口へと放り込む。
「この組み合わせはやっぱり最強だぜ!」
一個目の唐揚げをそのままで食べた俺は、2個目を食べる前に添えてあるレモンを搾ってかける。
こうすることで2個目もさっぱり食べられるのだ。
ちなみに3個目にはマヨネーズを付ける予定だ。
唐揚げ、米、唐揚げ、米のループの合間に定食の漬物と煮物を挟みつつ、俺はあっという間に定食を完食してしまった。
「ふぃー、ごちそうさん。」
食後の温かいお茶を飲んで一息つく。
「大将、金はここに置いとくな。」
「まいどありー!」
定食屋からでるとまだ外は太陽が明るく輝く昼間だった。
「さてと、昼はがっつり肉系の飯を食ったし晩飯はちょいと張り込んで寿司でも食うかな。こないだボーナスが入って懐はまだまだ暖かいしな」
昼飯を食ったばかりだというのにもう晩飯のことを考えながら歩きだす自分に我ながら少し呆れる。
しかし、流動食ばかりの日々に戻る前に存分に米を味わいたいのだから仕方ない。
そう思いながら俺は喫茶店か何か無いかと探し始める。
夜どこの寿司屋に行くか存分に悩むために。
米が喰いたい宇宙配達人 武海 進 @shin_takeumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます