「神は死んだ」
すごろく
「神は死んだ」
裁判所の法廷である。正確には、裁判所の法廷みたいな何かである。本来の裁判なら、傍聴人席に誰も座っていないことなどないし、裁判官が一人のはずもない。しかし、そこには裁判官が一人と検事が一人と弁護士が一人と、そして被告人がいるだけである。あとその被告人――いや、「人」と呼称するのは語弊があるのだけれど――を挟むように二人の警察官が立っているが、この二人は人形みたいなもので、ほとんどここの出来事には関係しない。
「えーっと、これもう始めていいんだっけ?」
裁判官は法の番人とは思えないような緊張感も威厳もない声で言う。
「始めていいはずですけど」
検事が間抜けにそれに答える。
弁護士は退屈そうに欠伸をかましている。
「それでは、裁判を始めます。被告人、前へ」
裁判はそこだけかしこまった声を作ってみせた。
無表情の警察官二人に挟まれた、被告人――被告神は証言台の上に立たされる。
「えー、被告人、あくるね――あくるねるーな? 変な名前だな」
「ちょっと! 人の――神の名前を侮辱するのはやめてよ!」
被告人または被告神ことアクルネルーナは声を荒げた。呼称が面倒なので、ここからルーナで統一する。
「あんたらね、何の了見で偉大な女神であるこの私を裁判にかけようっていうのよ!」
ルーナはばんばんと駄々っ子のように証言台を叩く。
「逆ならともかく、人間が神を裁けるわけないでしょ!」
喚き立てるルーナを、裁判官は呆れた目で眺めている。検事の視線も冷ややかだ。弁護士に至っては、あからさまに興味がないという風に鼻毛抜きに興じている。
「あのね、あなた、何で今裁判にかけられてるかわかってます?」
「わかるわけないでしょうが、このスカタン!」
「ダメだ、こりゃ。検事さん、説明してくださいよ」
「あー、はいはい、わかりましたよ」
裁判官の丸投げに検事はため息をつきつつ、重そうな腰を上げる。
「アクルネルーナ被告はですね、我が国の国民を異世界に拉致した罪に問われています」
「拉致? 人聞きが悪いわね! 救済と言ってよ!」
ルーナは途端に検事に噛みつく。
「そんなこと言われましてもね、そう罪状が書かれてるんだから仕方ないでしょう」
検事は困り果てるポーズを取るように、わざとらしく肩を竦めた。
「実際のところさあ、何で救済なんて意味不明なこと主張するのかわからんのだけど」
裁判官が後頭部で手を組み、身体を仰け反らせながら言う。
「あのね、私はあんたらの世界のろくでなしどもを、異世界に引き取ってやってるのよ。ちゃんと向こうで社会復帰したり、幸せに暮らしたりできるように、特別な能力だって与えてやったりしてるの。感謝こそされても、裁かれるような謂れはないわよ」
「異世界で社会復帰、ねえ」
検事が馬鹿にしたように鼻で笑う。
「何よ、あんただって私が異世界に送ってやった連中の人生を見たら、きっと羨ましくなるわよ」
「へえ、異世界ってそんなに良いところなの?」
関心なさそうに訊く裁判官。
「もちろん私が神を務めている世界なんだから、良い世界に決まってるじゃない。人々は豊かな自然と信仰の中で生活しているの。人間以外の知的種族もいて、エルフとかリザードマンとか――何よりもあんたらの世界と違うのは、私の世界には魔法があることよ。手品や詐欺の類なんかじゃないわ。本物の魔法よ。こんな素晴らしいもの、あなたたちの世界ではどう足掻いても手に入らないでしょう。魔法はね、上手く使えばいくらでも夢を叶えられる。私の世界はね、そんなものがある、まさしく楽園のような世界なのよ――」
ルーナは目を輝かせて自分の世界を語る。裁判官も検事もつまらない漫談を聞いているかのような表情をしている。弁護士は明後日の方向に顔を向けている。
「――どう? 私の世界の素晴らしさがわかった?」
「ふーん、で、そっちの世界に科学はあるの?」
「え?」
「まさか電気もないの?」
「そ、そんなもの魔法で火を点ければ十分じゃない!」
「野蛮人じゃん」
裁判官はにたにた笑う。ルーナは喉を突かれたように声を詰まらせる。
「や、野蛮人? ちょ、ちょっと何よ、それ――」
「だってそうだろ、どうせさ、北欧神話ベースの世界観のわけだろ。時代遅れの王権制でさ、虐殺とか紛争とかやりまくってるんだろ。そんで挙句の果てに他人様の世界の貴重な人材を拉致してきて、こっちの世界の方が幸せだからとか新興宗教みたいな勧誘で引きずり込んで、これにて私の世界の住人ですってか。こんなの野蛮人以外のなんだっていうの?」
裁判官の怒涛の返答に、ノミほどの脳みそしか持たないルーナは混乱してまともに言い返せない。言い返せないが、腹立たしい。だから必死に喚き散らすしかない。
「う、うるさい! だいたいね、神を裁こうっていうあんたらこそおかしいわよ! 傲慢よ!」
「だってあなた、私らの神じゃないでしょう」
検事が冷静にツッコむ。
「あっちの世界の神であって、こっちの世界の神じゃないでしょう」
「あ、あんたらの世界の神じゃなくても、神は神でしょ!」
「無茶苦茶言いますね。仏教とキリスト教は違うし、日本神話とギリシャ神話も違うんですよ。頭大丈夫ですか?」
検事は呆れ顔でとんとんとこめかみのあたりを叩く。
「この世界の宗教観とか知らないわよ!」
「いやいやいや、こっちの住人を拉致してそっちの宗教観は押し付けるくせに、こっちの宗教観は知らないなんて戯言、まかり通るわけがないでしょう」
「そんなもん関係ないわよ! そんなこと言うなら、あんたらの神に会わせなさいよ!」
「いないけど」
裁判官は言う。
「いませんけど」
検事も言う。
弁護士は何も言わずに爪の間に挟まったゴミをほじくっている。
「は? いないってどういう――」
「だからね、この世界に神はいないの」
暇を持て余した子どものようにぐらぐらと身体を揺らす裁判官。
「い、いないわけないでしょ。そもそも、こっちの神がどうとか宗教観がどうとか言ってきたのはあんたらなんだから。それってつまりこの世界にも神がいるってことでしょ?」
「そりゃ宗教はありますよ。信仰もありますし、神という概念自体もあります。でも、神そのものは存在しないんですよ」
「矛盾してるじゃない。何で概念はあって存在がないのよ」
「何も矛盾していませんが。概念とは、即ち人の想像や思想の中にある認識なのであって、実体を伴うものじゃありませんよ。存在は実体がないと成立しませんが、概念は実体がなくとも成立する。よって概念はあっても存在はしない、ということは成り立つんです」
検事の淡々とした説明も、ルーナの思考能力では半分も理解できない。というよりも、今のルーナの心情的には、そんなことを悠長に考えている場合ではない。
「へ、屁理屈よ、屁理屈! 理論っぽく言えば何でも通ると思ってるの!」
「その屁理屈すら言えないあなたは、相当な雑魚ということになりますが」
「ざ、雑魚ですって? 女神であるこの私を――」
「事実その通りでしょ」
裁判官が割って入る。
「こっちの世界で捕まってから、あなたは何か神様っぽいことしたわけ?」
「し、してないけど・・・・・・」
「何でしないの? 偉大な女神なんでしょ? ここから逃げ出すことだって、簡単なことだと思うけど」
「だ、だって――」
「だって、なに?」
「――こっちに来てから、魔法、使えないんだもの――」
「そりゃそうでしょ。魔法ってものも神と同様、この世界では概念はあっても存在はしない代物なんですから」
検事は心底から呆れ果てたという風に首を捻った。
「そんなことも知らないで、よくのうのうとこっちから人材を拉致してましたね」
「――だ、だから、拉致って言い方がおかしいでしょ!」
「あ、言い返せないから矛先を変えましたね。まあいいですけど」
「さっきも言ったけど、私は自分が異世界に連れていかせてやった連中に、危害を加えるようなことも、不利益を被らせるようなことも、何もしてないわよ! 素晴らしいチート能力を授けてやって、ちゃんと上手くいくようにお膳立てまでしてあげたりするのよ。連中の大半は美形の異性に囲まれて、現地の人間からも英雄だとか崇められて、何の不自由もなく、幸せに暮らしてるのよ! 私は何も悪いことをしていない! もう一度言うけど、これは救済よ! この世界でダメダメだった連中を助けてやってるの! 何の罪も犯してないわ! それよりもこんな善良な神を裁こうとしているあんたらが罪人よ!」
「自分で善良とか言っちゃうわけね」
「事実そうでしょ!」
「それはあなた主観の事実であって、我々視点の事実ではありませんよね?」
「あんたら視点の事実って何よ?」
「我々視点では、あなたは単にこっちの世界の貴重な若者を、こっちの世界に何の見返りもなく黙って奪っていく略奪者に過ぎませんよ。というか、そんな初歩的なことは、今あなたが置かれている立場を冷静に考えてみればわかると思うんですが」
「私は今自分が置かれている立場が不当だと思ってるから、こうやって抗議してるのよ」
「いや、だから不当でもなんでもないから、あなたは裁判にかけられているんですが」
「だーかーら! それはあんたら視点の事実なんでしょ!」
「あー、ダメダメ、これじゃ水掛け論だよ、検事さん」
埒が明かなさそうな様子を察した裁判官が、検事に声をかける。
「うーん、そうですね。この手のタイプは何を言ったところで、自分の非は絶対に認めないでしょうし――」
「もうさあ、面倒臭いから判決出していいんじゃないですか?」
そう声を上げたのは、今まで議論の輪の中に参加せず暇潰しに興じていた弁護士だった。
「いやー、弁護士さん、私も早く終わらせたいけどね。一応ちゃんとした問答しないといけないってルールがあるし――」
「そのルールって何か意味あるんですかね?」
弁護士は退屈そうに頬杖をつく。
「だって始める前からもう判決は決まってるんでしょう?」
「それはそうですけども――」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! あんた弁護士だったの?」
ルーナは明らかに取り乱しながら弁護士を指差した。
「そうですけど。むしろ何で気づいていなかったんですか?」
「だってあんた、私の弁護をしようとする素振り一切してなかったじゃない!」
「え? じゃあ何だと思ってたんですか、私のこと」
「なんかよくわからない役人とかそういう類かと思ったのよ!」
「何で法廷に役人がいるんですか。それに弁護士がいないことなんてことも在り得ませんよ。だってここは法廷なんですから」
どう見ても法廷の体を成していないが、弁護士は当然だと言わんばかりの態度だ。
「何よ、それ。でもまあいいわ。さっきまで私のことを弁護しなかった無礼は許してあげる。だから今すぐ私を弁護して。早くこの愚民どもを言い負かしてよ!」
「人を愚民呼ばわりって・・・・・・やっぱり野蛮人では?」
「野蛮じゃない! あと私は神よ! 人間よりも偉いのよ!」
「ああ、やっぱりそういう感じね」
弁護士は見透かしたように指先でペンを回した。そして急激に口調が砕けた。
「先に言わせてもらっとくけどさあ、あなたの弁護をする気はないから」
「な、何でよ? あんた弁護士なんでしょ?」
「弁護士は弁護士でもさあ、今回は無理やり呼ばれただけだし、形だけでも出席してくれって感じで。まあ一応法廷っぽくするためだろうね。普通ならこんなのあり得ないけど。まあ相手が異世界の神を自称してるやつだし。それとあとは何よりも――」
「何よりも?」
「――俺、無神論者なんだよね」
弁護士はフランクに言って笑う。
「は?」
「まあ正確には無神論者とは微妙に違うかもなあ、俺の場合。俺はさあ、なんというか、神様って人間よりも下だと思ってるんだよね」
「か、神が人間よりも下、ですって?」
ルーナは信じられないものを見たとばかりに目を大きく見開いた。
「そ、そんなわけないでしょう! 人間よりも神の方が偉いに決まってるじゃない! だって人間を生み出したのも、人間に恵みを与えているのも、すべては神なのよ!」
「それそれ。それこそあなた主観の主張じゃん」
「主観も何も、私は事実を――」
「神が人間を生み出したっていうならさあ、神はどこから生まれてきたの?」
弁護士の問いかけに、ルーナは口ごもる。
「それはその、神は奇跡の産物だから。だから、こう、自然に――」
「何もないところから突然出現したって?」
弁護士は苦笑する。
「概念と存在の話は検事さんが説明してくれていたけどさ、存在っていうのは実体があるもののことだよ。実体があるものが無から出現するなんてことは有り得ない。例えば生物は卵子と精子が巡り合うことによって実体を持ち始めるし、植物は種から育ってまた種を落とすサイクルで実体を保ってる。地球――ああ、そちらさんとは星の名称も違うのかな――まあそれはともかくとして、この星だって宇宙から発生した色んな物質によって実体を持つようになったことが推察されているんだよ。つまり実体っていうのは、何かしらの原料と、形作っていく過程がなければ、そこに出現することはないってことだ。で、あなたたち神様はどうなの? 原料と過程なくして、どうやって自分たちの実体を証明するの?」
威圧的にルーナを見つめる裁判官。狼狽を隠せずしどろもどろになるルーナ。
「そ、それは、それはその――ま、魔法よ、そうよ、魔法よ、神は――いや私は! 私の世界の神は、魔法で出来てるのよ!」
「ふーん、じゃあその魔法のどういう原理で自分が形作られているのか説明してよ」
「え、えっと、それは――」
「説明できないよね? だって魔法なんてどうせ何となく使っていただけなんだもんね。大丈夫大丈夫。この世界でも普通のことだよ。みんな車の仕組みはよくわからないけど車を運転するし、洗濯機の仕組みもよくわからないけど、何の疑いもなしにそれで自分の服を洗うんだよ。日常にあるものに対しては鈍感になるもんさ。たとえ知識が曖昧でもね」
「あ、あんたらの世界の科学ってやつと、一緒に・・・・・・しないでよ・・・・・・」
ルーナの声は段々と威勢が削がれて小さくなる。
「科学の方がよっぽどはっきりしてると思うけどね。あなたは自分の実体は魔法によって保たれていると言った。でもその肝心の魔法の原理を説明できない。それじゃ自分の実体も証明できない。詰みだね」
「で、でも私は神だし、確かにここにいるし、それにそれだけじゃ神は人間よりも下っていうさっきのあんたの意見の答えになってない――」
「まあ、これはただ単に俺の持論なんだけども」
弁護士は手のひらを組み、急にかしこまったように姿勢を正す。
「神を生み出したのは人間じゃないかね」
「は?」
ルーナは何度目かわからない衝撃を受け、目を丸くする。
「いや、え、おかしいでしょ。だって人間を生み出したのは神で――」
「だからさあ、順序が逆なんだよ。人間が出来て、それから人間が神を作った。原料は創造力、過程は信仰ってところかな。そして神が自分たちを作ったということにした」
「いや、いやいや、やっぱりおかしい。何でそんなことをするのよ。百歩譲って人間が神を作ったとして、何で自分たちよりも上の立場に置くのよ」
「誰かのせいにするため」
「え?」
「自分が不幸なのも、世の中が正しくないのも、すべて都合良く誰かのせいにして解釈するためだよ。その都合の良い誰かっていうのが、まさしくあなたたち神様だよ。この世界では、正確には神っていう概念そのものかな?」
「何よ、その言い方。それじゃまるで――神は人間の――人間の捌け口みたいじゃない」
「そう言ってるんだけどな、あなたはただの捌け口だって」
「こ、この私が捌け口だなんて――」
「あなたが助けたって主張する人たちってさあ――」
弁護士はいじめを楽しむ小学生のように意地悪く笑う。
「――あなたを都合の良い捌け口として利用していただけだと思うよ」
「り、利用?」
「その人たちは、あなたに感謝したの?」
「感謝? 感謝って――」
ルーナは愕然とした。ルーナは何人もの人生に退屈している高校生、ひきこもり、ニート、仕事に疲れ果てた社会人等、様々なこの世界に不満を持つ人種を異世界へと送った。別の世界で無双できるだけの膨大な力と、都合の良い幸運しかない運命を与えてやって。でも――感謝した人など、いただろうか? ルーナは思い出す。自分が異世界に飛ばした連中の顔を。神から与えられた力を。さも自分が最初から持っていた能力のように我が物顔で使い、人々から過剰にまで持ち上げられ、顔の良い異世界人にいくらでも好かれ、それでもその幸運を喜ぶわけでもなく、当たり前のことのように享受し、ここに自分を送り込んだ神の顔も、元の世界で自分を産んでくれた親の顔も、何もかも忘れているような連中のアホ面を――。
「ようやく気付いた?」
茫然とするルーナに、弁護士は妙に明るい声をかける。
「あなたは信仰なんかされてないよ。利用されることを信仰だって勘違いした、ただの便利で哀れな、神様に似せたお人形だ」
そして弁護士は愉快そうに声を上げて笑った。もうルーナには何も言い返す気力がない。
「――で、長話はもう終わった?」
話に割り込まずに黙って聞いていた裁判官が、大欠伸をしながら言う。
「まったくですよ。弁護士さん、弁護する気もないのにあんまり一人でぺちゃくちゃと喋らないでくださいよ。おかげでこっちは居心地が悪くて堪らないんですから」
同じく黙っていた検事が苦言を呈す。弁護士は後頭部を掻きながら少し申し訳なさそうな顔をする。
「すいません、つい興に乗っちゃって。自称神を言い負かせる機会なんて、人生に一度あるかないかの貴重なもんですから、テンション上がっちゃったんですよ。一杯とは言わず十杯くらいは奢りますから。まあ許してください」
「まあ、別にいいですけどね。おかげで時間も潰せましたし」
検事はそっと背広の袖口に隠している腕時計を確認した。
「裁判長、もう判決を出しても良い頃合いですよ」
「え? ああ、うん、やっとか。そんじゃ判決を言い渡します」
裁判官は適当に木槌を叩いた。
「被告人、アクルネルーナを死刑に処します」
それは居酒屋でつまみを注文するような軽い口調だった。
意気消沈で俯いていたルーナは、驚きですかさず顔を上げた。
「ま、待って。死刑って――」
「文字通り死の刑だけど。つまりは死んでもらうってこと」
「そ、そんなことわかってるわよ。何で死刑なんて、そんな――」
「死刑が不満なの? 仕方ないじゃないか。最初から判決は決まってるんだから」
裁判官はその必要もないのに、木槌をまた適当に何度か叩く。
「で、で、でも私は誰も傷つけてなんていないし――」
「人を傷つけてないから死刑はおかしいっておめでたい思考ですねえ」
検事が冷たく言い放つ。
「往生際が悪いですよ。いい加減に観念しなさい」
少し苛立たしげだった。
「いや、だって私は、私はその――ほら! そこの弁護士も言ってたじゃない! 私は利用されただけだって! そうよ、利用されただけよ! 私に罪なんてない!」
ルーナは弁護士を指差してまた喚き始める。弁護士はもうルーナには興味がないとばかりに、どこからともなく取り出したスマホを操作している。
「この期に及んで責任逃れはさすがに見苦しいですね。あなたは利用されていたかもしれませんけど、それで罪がないってことにはなりませんよ。本人たちの心情はともかく我が国の――いえ、我々の世界の住人を拉致して消費した人的損害の責任は、しっかりとあなたに負ってもらわないと困るんですよ。見せしめのためにもね」
「見せしめって――」
「あなた以外にもいるでしょう? 異世界拉致をしている神ってのは」
「それは――」
「我々もそんなのを片っ端から捕まえて処分するっていうのは面倒なんですよ。だからあなたを処刑して、見せしめにすることで一種の抑止力を作ります。といっても、そんな忠告も聞き入れない馬鹿な神もいるとは思いますがね。まあそれは追々考えていくことです」
「あ、ああ、そんな――こんなことが許されていいわけ――」
「許されない? 誰が許さないっていうの?」
裁判官は木槌を空中に軽く放り投げ、キャッチする。
「あなたは神でしょ。神を許すものなんて、いないよ」
「神には人権もありませんからね、人じゃないから」
弁護士も小粋なジョークを挟むように、裁判官の言葉に付け足した。
「・・・・・・助けて、お願い、助けて、お願いだから――」
ルーナはその大きな二つの瞳から、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。本人は服の袖で何度もそれを拭うが、次から次へと噴水のように止め処なく溢れて、ルーナの顔面を濡らす。生まれたての赤ん坊みたいに頬と目元を真っ赤にさせて、ルーナは泣く。泣きながら言う。かすれた声で命乞いをする。
「助けてよお、助けてくれたらあ、誰にも負けないチート能力を授けて異世界に送ってあげるしい、それが嫌なら他の願い事を叶えてあげてもいいからあ。だからあ、お願い、私を、私を助けてよお、何でもするからあ、本当に何でもするからあ、ねえ――」
ルーナは身振り手振りを加えながら、もはや原型を留めていない歪んだ泣き顔を晒しつつ必死に訴えた。
しかし、ルーナのその心からの哀願も、そこにいる三人には届かないようだった。
「はあ、ここまで下品な女とは。異世界の神ってのも品性がないんですね。もういいです。さっさと処刑してしまいましょう」
「俺はこいつと話せて面白かったですよ。まあもう存分に遊んだからいいけど」
「このままやっても時間の無駄だな。ということで閉廷。ただちにその女は処刑」
裁判官がそう告げると、ただ無言かつ無表情で待機していた警察官二人が、まだ泣き喚いているルーナを両脇から拘束する。
「や、やめてよ! 死にたくない! 何で、何で私がこんな目に! 私は神なのに! 偉大な女神なのに! 何で死ななきゃいけないのよ! 何で――」
ルーナは法廷の外へと引きずられながら運ばれていき、じきに声も聞こえなくなった。
法廷に残された三人は、それぞれ一仕事を終えたとばかりに満足そうな表情をし、今日の打ち上げに飲みに行く相談を始めていた。当然の如く、弁護士の奢りのようだった。
ルーナはその日のうちに、死刑が執行された。特に麻袋を被らせるなどの配慮もなく、首を吊るされた。上手く落下できれば首の骨が折れて楽に死ねたというのに、ルーナは下手に暴れてしまったせいで上手く落下できなかった。その結果、数分間苦しみもがいて縄とともに激しく揺れた。最終的には、眼窩からは眼球を、口からは舌をはみ出させ、股間や尻からはおびただしい量の糞尿を撒き散らしつつ息絶えるという凄惨な死に様に落ち着いた。
翌日の新聞の一面や雑誌のトップは、異世界の神の処刑の話題で持ち切りだった。
そこには大抵、「神は死んだ」の文字列が大々的に躍っていた。
「神は死んだ」 すごろく @hayamaru001
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