おしゃべりヒラキ
山田(真)
第1話
ヒラキはおしゃべりな鳥だ。体は猫くらいの大きさで、羽はやや青みがかった灰色をしている。
その日ヒラキが着いたのは、山間の小さな村だった。不揃いな日干しレンガを積み上げた、質素な家がぽつりぽつり。斜面には曲がりくねった狭い田畑。ヒラキは一見して人々の栄養状態がよくないことを推測した。こんな村の住人は根拠のない迷信を頑なに支持しているに違いない。
村に着いたら、まずやるべきことは決まっている。親切で世話焼きで鳥好きな人間を探すことだ。そしてそういう人を見つけるのは、旅慣れたヒラキにとってさほど難しいことではない。今回も軒先で穀物を選り分けるお婆さんと知り合うのに時間はかからなかった。
「おや、旅をしているんだね」
お婆さんの隣、手がぎりぎり届かない所にヒラキがとまると、お婆さんの方からそう話しかけてきた。
「ご明察でございます。どうしてそう判断なさいましたか」
「見かけない顔だから分かるよ。鳥はいつも自由だね」
お婆さんはそう言ってまた手を動かし始めた。ヒラキはじっとその手を見ていたが、「私は自由ではございません」と否定した。するとお婆さんは「あんたは他所から来た。わたしは村を出たことがない。あんたの方が自由だろう?」と言って、またヒラキの顔を見た。
「移動と自由は別物でございます」とヒラキは答えた。そしてすぐに「なぜ外へいらしたことがないのですか」と聞いた。何より、その事実に驚いたからだ。お婆さんの年齢は聞かなかったが、数十年は生きてきたような顔のしわだ。そして村はあまり広くない。暇を持て余して外を目指すことはなかったのだろうか。それともそんな余裕など全くないほど日々の生活に追われてきたのだろうか。はたまた、村の外には鬼が出ると信じているのかもしれない。ヒラキは色々なことを考えた。しかし、お婆さんの答えは違っていた。
「足るを知る」
ヒラキは思わず「今何と仰いましたか」と聞き返した。
お婆さんはもう一度「足るを知る」と言ってから、「今あるものを受け入れる。それ以上を求めない。それが村の掟だよ」と続けた。
ヒラキは納得できなかった。ヒラキはいつも「それ以上」を求めるから旅に出るのだ。そして、ヒラキは掟という類のものが大嫌いだった。掟、枷、軛、籠、全部憎い。考えただけで嘴が歪むほど嫌なのだ。
「その掟は誰がお決めになったのでございますか。生涯をかけて守る価値があるのでございますか」
守る価値のない決まりは守らないというのがヒラキの生き方だ。
お婆さんは「若いねぇ」と笑いながら、村のことを教えてくれた。
村は三つの部族の集まりで、長く三人の族長が治めている。「足るを知る」は、かつて部族間の争いを治めた頃から、ずっと言い伝えられ守られてきた掟なのだそうだ。サクというこのお婆さんのお婆さんが、お婆さんから聞いた話なんだとか。
そんな話をしているうちに、サク婆さんは手元の仕事を終えた。
「様々ご教授頂いてありがとうございました」
ヒラキが礼を言うと、サク婆さんは「よっこいしょ」と縁側に手をついて立ち上がった。それから、「今度初めて村を出るんだよ」と呟いた。
「おぉ、それはおめでとうございます」
「そうだね。めでたいねぇ」
ヒラキはおしゃべりだが、空気が読める鳥だ。サク婆さんにはサク婆さんの生活の時間というものがある。一つの仕事を終えると次の仕事へ向かわなければならない。それを妨げることはしないのだ。
夕暮れまではまだ少しだけ時間がありそうだった。ヒラキはまだ縁側で考えていた。
「サクさんが村を出るのはなぜでございましょう。掟のために村を出なかった方が出るとしたら、それも掟として決まっているからなのではないでしょうか。しかし、それはどのような掟でございましょう。かといって村への道中も際立ってそのために出かけるべき何物も見かけませんでした。私が何か見落としていたのでございましょうか」
こういう時はいくら考えても答えは出ない。ヒラキはふわりと飛び立つと、一番大きな屋根を探すことにした。きっとそれが族長の家だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます