第45話 間借り
幸枝さんの母親は元気な人だった。それでも90歳近くなると、だんだん家事などが困難になってきたため、介護施設に入所することになった。
入所している間は、近距離に住んでいる専業主婦の幸枝さんが、母親の用事を足すことになった。
入所の翌日、幸枝さんは必要なものを取りに、無人となった実家に入った。
寝室で荷造りをしていると、すぐ外の廊下からトタトタッという音がした。子供の足音のように聞こえた。
慌てて廊下を見たが、そこには何もいなかった。
それから幸枝さんは、1週間に1度か2度くらいのペースで、衣服などを取りにいったり、片付けをしたりするために、誰もいない実家に出入りするようになった。
その度に小さな足音や、襖を開け閉めする音を聞いた。
なぜか怖いという気はしなかった。庭先でかわいらしい小鳥を見かけたときのような気分だった。
やがて入所から2年近くが経ち、母親は静かに息を引き取った。
幸枝さんは兄と妹と話し合って、実家を処分することにした。
荷物を整理するため、3人で実家に帰った。
「全部処分するとなると、えらい荷物だなぁ」
「業者を頼んだ方がいいわね」
「誰も住む人がいないから仕方ないけど、寂しいわ」
「生まれ育った家だものね」
そんな話をしながら片付けをしていると、小さい頃から聞きなれた、玄関の引き戸を開けるガラガラという音がした。
幸枝さんは兄妹と顔を見合わせた。
皆で急いで見に行ったが、引き戸はきちんと閉めたままだった。鍵もかかっている。
「おかしいなぁ。確かにこの戸が開く音だったよなぁ」
「ねぇ。私もちゃんと聞いたのに」
3人はガヤガヤと話し合った。それは、何だか幼い頃に戻ったようなひとときだった。
それから後は、実家に行っても、正体不明の足音や物音がすることはなくなった。
「きっと、何かがこっそり住んでいたのよ」と、幸枝さんは笑った。
「人がいなくなると家は荒れるっていうけど、あの家はそんなことなかったもの」
すでに実家は取り壊され、今は新しい家が建っているそうだ。
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