第43話 辛そうな新人

 荒川さんが勤める会社に、その年もピカピカの新卒が入ってきた。


 人事部の彼は新人研修を担当することになったが、何人かいるうちのひとりが気がかりだった。


 その男性社員は真面目で物覚えがよく、他の社員からの評判もいい。しかし荒川さんの前に出ると、途端に様子がおかしくなるのだ。


 顔をしかめ、下唇を噛み、場合によっては片方の頬が痙攣し始める。明らかに異様である。


 正直、荒川さんは自分の容姿に引け目がある。元ラグビー部でゴリゴリの巨漢、おまけに老け気味の強面である。加えてスキンヘッド。これは若ハゲの家系で、三十路手前で髪が薄くなってきたから剃ってしまったのだ。


(俺こんなんだし、やっぱり恐がられてるのかなぁ。最近の若い子はデリケートだし……)


 見た目は恐い荒川さんだが、実は親切で世話焼き、そして細やかな気遣いのできる人物である。そうでなければ人事部になど配属されないだろう。


 何とかしなければ、と思っていた頃、たまたま給湯室で例の新人とふたりきりになった。これはチャンス、と思った彼は、できるだけ丁寧に話しかけてみた。


「調子どう? 会社には慣れてきたかな?」


「あっはい。おかげさまで」


 新人くんはそう答えたが、言葉とは裏腹に眉をしかめ始めた。


「立ち入ったことを聞くようで悪いけど……もしかして僕の顔、恐いかな?」


 思いきってそう尋ねてみると、新人は「ふぐぅ」と言って頬をふくらまし、顔を真っ赤にしてぶぶーっと吹き出した。


「すみません! すみません! 荒川さんが恐いわけじゃないんです! すみません!」


 頭をぺこぺこ下げながら、新人は肩を震わせている。


「ホントすみません。でもあの……荒川さん、水色と白のインコ買ってませんでしたか?」


 思わずどきっとした。飼っていた。でもそれはもう10年以上前のことで、そのセキセイインコはとっくに死んでしまっている。


「たぶんゴマちゃんって名前の……」


 それもまぁ当たっている。本名ゴマシオ、通称ゴマちゃんだった。


「何で知ってるの?」


「いや、荒川さんがいつも頭の上に載せてるから……」


 そこまで言うと、新人は声を出して笑い崩れた。


「ぶははははは! ひーっ……すみませんホントごめんなさい。オカーサンワタシノスカート! ってずっと言ってるんですよ……変なこと言ってスミマセンほんと……ひーっ!」


(そういえばゴマ、よくそれ言ってたなぁ……遅刻しそうなときの姉ちゃんのマネなんだよな……)


 荒川さんは新人が腹を抱えて爆笑するさまを、手をつけかねてただ眺めていた。




「うん、まぁ笑うよね。恐い顔のオッサンが真顔で頭にインコ載せてたらね。うん。俺も笑うわそれ。ゴマがついてるって言われたのも実は嬉しかったしね。全然気にしてないよ」


 ちなみに、今では新人くんもすっかり荒川さんを見慣れて、笑いを堪えることはなくなったそうだ。

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