第25話 いたずら
黒川さんが初めて彼女を家まで送っていった時、彼女のお母さんがぜひにと言うので、お宅にお邪魔することにした。
客間に腰を下ろすと、目の前の座卓の上に、写真立てに入った老人の写真が置かれている。
「ちょっと、お母さん、これ……」
「しっ、ちょっとくらいいいでしょ。ごめんなさいね、黒川さん。うちのおじいちゃんが、孫の彼氏を見たいんだって」
お母さんはそう言ってすまなそうに笑った。
「いえ、全然構いませんよ」
黒川さんは改めて写真を眺めた。老人はきれいな白髪をきちんと撫で付け、細めのネクタイをビシッと締めている。顔一杯に笑みを浮かべた、優しそうなおじいさんだった。
きっと彼女のことを気にかけていたんだろうな……としみじみしていたら、彼の背後の押し入れが突然スパーン! と開き、「わー!」と言いながら写真の老人が飛び出してきた。黒川さんは心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「ごめんね! 僕まだ生きてるの!」
老人は黒川さんの手をとると、勝手に固い握手を交わした。彼女は祖父のいたずらを叱り、お母さんは懸命に笑いを堪えていた。
彼女のおじいさんは黒川さんとロードバイクの話で盛り上がり、帰る際には地酒を持たせてくれた。
このように愉快で元気なじいさんだったが、黒川さんが彼女と結婚して数年後、突然脳卒中で亡くなった。
訃報を受け取った黒川さん夫婦は、すぐに奥さんの実家に向かった。到着したときには深夜になっていた。
例の客間に布団が敷かれており、ふたりはそこで休むことになった。
その夜、黒川さんは奥さんとおじいさんと3人で、客間の座卓を囲んでいる夢を見た。
おじいさんは見たこともないような真面目な顔をして、深々と頭を下げた。
「僕の大事な孫娘をもらってくれて、どうもありがとう」
それから急に立ち上がると、「あー! はずかし!」と言いながら押し入れの中に飛び込んでいってしまった。
目が覚めてからすぐ、黒川さんは奥さんに夢の話をした。すると、彼女もまったく同じ夢を見ていたことがわかった。
ふたり同時に押し入れを見ると、きちんと閉まっていたはずの押し入れの襖が、なぜか5センチほど開いていた。
奥さんは「普通に部屋から出てけばいいのに、何で押し入れなのよ」と呆れていたが、黒川さんは「じいさんらしいな」と思ったそうだ。
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