クトゥルー神話の形式 8 形式の複合
前回までで六つの形式について説明しましたが、ここで少し補足を。
というのは、ラヴクラフトの作品の場合、複数の形式が重なり合って一つの作品になっていることがよくある、ということです。
例えば、「ダゴン」は《猟犬型》の例として挙げましたが、結末少し前で主人公はすべては幻覚だったのではないかという疑惑を持ちます。しかしラストシーンでは窓の外に何かがあらわれたことでそれが現実と知る、ということは《実現型》とも言えます。
同様に、《血族型》の例として挙げた「魔宴」も、キングズポートでの出来事は、幻想的な過去の世界で起こっていますが、結末で『ネクロノミコン』の記述を読むことで、単に個人の夢ではなかったことを知るわけで《実現型》と言えます。
やはり《血族型》の『インスマスを覆う影』は、最後に主人公がイハ=ントレイを目指すことに着目すれば《神殿型》とも言えます。
(形式が複合しているなら、なぜ分類ができるのか、と思われる人もいるかもしれませんが、プロットの重点がどこにあるかで判断しています。)
他にも例には挙げていませんでしたが、ラヴクラフトの「霊廟」などは、主人公が霊廟に引き寄せられるという点では《神殿型》、主人公がハイド家の血筋とわかるということでは《血族型》、妄想と思われたが現実だったという展開は《実現型》と三つの型に当てはまります。
このように複数のパターンを重ねながら構成していくことで物語に奥行きを与える、と言うのがラヴクラフトの創作技法と言えるのではないでしょうか。
そのわかりやすい例として、ウィリアム・ラムリー「アロンソ・タイパーの日記」という作品があります。
これはラヴクラフトがゴーストライター的な仕事として、ラムリーの初期稿を全面的に書き改めたものであることが知られています。
『『ネクロノミコン』の物語』には、その初期稿と改稿後のバージョンとともに収録されているので読み比べることができます。
初期稿は、男がある屋敷を訪れ、魔術師の肖像画や日記、恐ろしいものが潜む地下室がある内部を探索するうちに、印形や鍵を自分のものとし、ついに地下室の扉を開けようとする――という話です。この語り手は地下室へと導かれている、と考えるなら《神殿型》ということになります。
改稿によってさまざまな描写が付け加えられていますが、形式の複合という視点で言うと、初期稿でなぜ主人公がこの屋敷を訪れたのかがはっきりしなかったのを、屋敷のもとの所有者の血縁ということ最後に明かす形にしました。つまり《神殿型》であった初期稿に《血族型》のアイディアを複合させることで物語を補強したのでした。
(ちなみに私は初期稿ヴァージョンの「アロンソ・タイパーの日記」がわりと好きである。)
クトゥルー神話の定義を〈魔道書の記述の実現〉としたように、すべてのクトゥルー神話は、潜在的には《実現型》です。
そのことによって主人公が狂気や自殺に誘われるなら、《神殿型》とも言えます。
そして、旧支配者の秘密を知れば、従者や暗殺者にいつ狙われるかわかりません(《猟犬型》)。さらには、ある日突然、祖先がまともな人間じゃなかったことが判明することもあり得ます(《血族型》)。それで一族のものが邪神召喚の儀式をはじめてしまうかもしれません(《召喚型》)。友人知人が消えてしまうということもあるでしょう(《暗示型》)。
つまり、すべてのクトゥルー神話は、実際にそう書かれていなくても、別の形式へとずれていく可能性を孕んでいます。このような考え方から、新しい創作へのヒントが見つけられるのでは、などと思っています。
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