第3話 本当の顔

「そんなん知るかっ! 早く謝れ!!」


 店主は興奮しており、聞く耳を持っていなかった。なんとか視線を上向かせ男を映すと、男の呼吸が荒いことが分かった。

 話しても無駄だと思ったのか、ロベルトが残念そうに肩を竦める。


「あ……」


 思わず声が漏れたのは、振り返ったロベルトが上げた手に食事用のナイフが握られていたからだ。こうなる事を見越して先程のナイフを隠し持っていたようだった。

 だが店主がその銀に気付いた様子はない。

 ロベルトが強く床を蹴った。力強い音が店内に響くなりロベルトの茶色の外套が視界一面に迫っていた。

 反射的に目を閉じた、次の瞬間。


「うっ」


 すぐ後ろから店主の呻き声が聞こえ、まるで糸の切れた操り人形のように、自分を拘束している手から力が抜け、店主が一段と重くなった。

 そして何か温かい液体が大粒の雨となって作業服に落ちてくる。

 店主の腕を振り払って逃げると、重かった体は抵抗もなく背中から床に落ちていく。先程までは荒かった呼吸音が、今では何も聞こえず、作業服に落ちた液体は赤かった。


 それが何を意味しているか、よく理解できた。

 この作業服は一張羅なのに、洗濯しても汚れが残るだろうことが嫌だった。

 視線を床に落とすと、横たわった店主の裂かれた喉から血が溢れそれが見る見る内に床に池を作っていく。


「……殺したんだ」


 動く者が二人だけになった店内でぽつりと呟く。

 自分の言葉に、ロベルトが不快そうに眉間に皺を寄せる。

 それは、先程まで穏やかに会話していた青年の雰囲気とはまるで違っていた。


「お前が捕まったからだろーがグズが」


 舌打ちと共に低い声で言われる。

 そして外面がよく自己中心的なこの青年は、扉に向かう前に思い出したように店内を物色し始めた。おそらく金目の物を物色しているのだろう。

 鞄の中に化粧道具を入れているような奴に謝りたくはないが、謝らないと怒られるので渋々謝った。


「ごめん」

「謝るんだったら捕まるなよな」


 店内の物色を終えたロベルトが吐き捨て、外へと出ていく。

 店主の死体を放置したままだ、と一瞬躊躇したが青年を追いかけた。

 すぐに罵倒してくるので嫌いだが、それでもロベルトの姿を追うのは、ある約束をしたからだ。

 自分を殺してくれる、と。

 楽しくもないこの世界を終わらせてくれる、と。


***


 ロベルトは悪魔だ。

 正確に言うと悪魔との儀式を経て時間を止めた人間らしいのだが、ブラッドにはなんでもよかった。ただ悪魔と言った方が胸がすっとするし言っている。

 ロベルトの時間は止まっているので、彼を傷付けることは出来ない。

 先程のように体に傷は付かないし、老いもしない。ただ空腹にはなるし性行為も出来るらしい。

 実質不老不死だ。


 しかし”儀式”を忘れれば一気に時が動き出すという。

 その儀式とやらにはどうも子供の命が必要らしい。

 それが自分だ。

 この悪魔とは、”汚いガキ”と呼ばれていた一週間前に出会った。


 ハイエナがぼろ切れを着て歩いているような貧民街で、捨て子だろう自分は見世物小屋に拾われ育った。飛空艇が出来たところで、他人を笑いたいという人間の本質は変わらないようで、見世物小屋にはよく客が入った。

 五体満足の自分は見世物として、両手を縛られた状態で虫を食べさせられた。移動をしている時、たまに固いパンを貰ったりしたが、基本的には壁や地面を這っている虫を与えられた。

 観客はそんな自分を見て笑い、汚いガキがと仲間に殴られる毎日。


 痛かった。

 なんでこんなことをされるのだと、涙が出た。

 いっそ殺してほしかったが周囲の人間は、見世物になる自分を決して殺そうとはしない。

 希望の持てない毎日に絶望しているのに、自分で死ぬ勇気も持てなかった。

 天国とやらに行ける日を支えに、テント裏で殴られた痛みが引くのを待っていた時、いつの間にか隣にいたロベルトに声をかけられた。それはまるで最初から自分に目星でも付けてたかのように自然だった。


 死にたいなら私が殺してあげよう。そう言ってきた。

 胡散臭い青年だったが、何をやっても死なないので、すぐに話にのめり込んだ。

 どうも不老不死を継続する”儀式”とやらに少年の死体が必要なのだと言う。

 ようやく自分を殺してくれる人に会えたことが嬉しくて、話もよく聞かずにその儀式の贄になることを選び、隙を見てボロボロの作業服だけで見世物小屋から逃げ出した。


 ロベルトは”儀式”を行うため、飛空艇に乗って自分をとある谷底に連れていこうとした。この寂れた谷の底でしか、ロベルトと契約している悪魔は儀式を行ってくれないらしい。

 しかし、飛空艇に乗っている間に分かった。

 唯一の救いだったロベルトという青年も、やっぱり自分を粗末に扱ってくる男だった。

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