飛空艇の下で

上津英

第1話 人喰い店主かく語りき

「私はね、人を食べたことがあるんですよ」


 ブラッドとロベルトと店主しかいない店に、店主である男の声が響き渡った。

 突然響いた声に、ブラッドはハンバーグを一口大に切る手をピクリと止め、再び手を動かした。視線はずっとハンバーグに落としたままだ。


「……と、言いますと?」


 三十代にも四十代にも見える男性店主の話に応じたのは、同じカウンター席でステーキを食べているロベルトだった。


「言葉通りです。あれは十年前……この店を開く前のことでした」

「へえ」


 ブラッドとしては、遅くなった夕食を取りに立ち寄っただけである主の話など、少しも興味が沸かなかった。話を聞いている暇があれば、空腹を満たしていたい。話に聞いていたハンバーグを食べるのは初めてで嬉しいのに。

 そんな自分とは対照的に、隣の青年は店主の話に興味を持ったようだった。

 チラリと視線だけを動かして隣を見やると、ロベルトはいつものように笑みを浮かべている。この金髪の青年は、いつだって楽しそうだ。


「当時私は船乗りでした。海路で飛空艇の部品を売る商売をしていたのです。……でもそれは表の顔というやつでしてね」


 店主は明るい口調でそう打ち明けてきた。裏があるのかもよく分からない、恐怖心を煽ってくる口調だ。見世物小屋にいた客引きの口調によく似ている。

 ロベルトは店主の告白に動じることなく返す。


「今時悪いことをしなきゃ生きていけませんもんね」

「っ、……そうですね」


 店主は何度もこの話をしてきたのだろう。ロベルトの落ち着いた反応は予想外だったようだ。

 声を一瞬詰まらせた後の相槌がどことなく面白くなさそうだ。


「で、裏の顔はどのような?」


 そんな店主の反応など気にせず、ロベルトは問い掛ける。


「え、ええ…人身売買です。部品を売る時にね、ちょうどそこの少年くらいの年齢の子達を何人か一緒に乗せるんです」


 そこの、と指を指され、店主の視線を感じた。微かに眉が寄ったが、ロベルトに極力黙ってろ、と言われているのでこういう時気が楽だ。

 素知らぬ顔でブラッドは最後の一切れを口の中に入れた。


「この子くらい? 十四くらいですか」

「ええ。痛いことには臆病で、扱いやすいし売れやすいんです」


 店主はこの場に仲間しかいないような下卑た含み笑いを漏らした。


「数人ずつ売るので、山分けしたら稼ぎは微々たる物ですがね。でも、数人だから何とでもごまかせる。いい飲み代になりましたよ」


 店主の話にロベルトは何も言わなかった。聞いてはいるようなので、きっと笑みで返したのだろう。

 フォークに刺した肉塊を口に運ぶ作業を繰り返す。虫ばかり食べていた自分には、口当たりがよく濃厚な味わいだ。美味しいというのはこういう事を言うのだろう。

 ロベルトがこんな物を食べさせてくれるとは思わなかった。何か裏があるのかと思ったが、ロベルトなりの哀れみなのかもしれない。


「人を食べたのは、彼らを運んでいない休日でした。私は釣りが趣味でして仲間と船に乗って海に出ていたんです。海の神様は私達のことを知っていたんでしょうね、何の前触れもなく海が荒れたのです。結果船は大破して私達は無人島に漂流しました。私達が命からがら確保した食料はすぐに尽きました。近くを漁船が通る気配もない。空を行き交う飛空艇は遠すぎて救助を求めにくい。私達は絶望しましたが、思い出したんです。肉ならすぐ目の前にあったことを。……一番に仲間を殺したのは私でした」


 ゆっくりと語る店主の口調はどこか誇らしげだ。これが本当の話なら、店主としては武勇伝なのかもしれない。

 しかし隣の青年はつまらなさそうに、はああと溜め息をついた。


「死んだ人を食べたんですね」


 死んだ、の部分を強調してロベルトは頷く。興味が失せたのか口調がどこか投げやりなものに変わった。


「なっ」


 死んでいない人を食べる人間でもいるのか、と言いたげに店主は続ける。その口調はどこか荒っぽい。


「お客さん……こういう話に慣れてるんですか? 今までのお客さんはこの話をすると嫌がりましたよ。肉を食べてる時にそんな話するな! ってね」

「ああ、私も人を食べたことがあるんで」

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