謝霊運9  撰征賦5   

薄四望而尤眄 歎王路之中鯁

蠢于越之妖燼 敢淩蹈於五嶺

崩雙嶽於中流 擬凶威於荊郢

隱雷霆於帝坐 飛芒鏃於宮省

 四方を悲しき思いで見渡す。

 以前この辺りでは、

 盧循との戦いがあった。

 主、孫恩を失ったあと

 広州で蠢いていたやつらが

 山を越え、行く手を踏み荒らし、

 さらには荊州にまで襲い掛かった。

 かの者らは建康にも肉薄、

 その放つ矢は宮城に届きかけた。


于時

朝有遷都之議 人無守死之志

師旅痛於久勤 城墉闕於素備

安危勢在不侔 眾寡形於見事

 その頃朝廷は北に逃れようし、

 建康を必死で守ろうとする

 気概に欠けていた。

 軍隊は長期の遠征に疲労し、

 城壁にはまともな備えもない。

 心構えも、兵力も、

 あきらかに敵味方で差があった。


於赫淵謀 研其神策

緩轡待機 追奔躡迹

 深淵かな、輝かしき劉裕様のはかりごと。

 それは神のごとき策略。

 敵の大軍を前に、敢えて兵に

 轡を緩ませて機会を待たせ、

 やがて建康を諦めた敵軍を追撃。


遇雷池而振曜 次彭蠡而殲滌

穆京甸以清晏 撤多壘而寧役

 雷池で敵軍と遭遇して粉砕、

 続いて彭蠡でも打ち破る。

 こうして都の平安を守り切り、

 続いて防壁土塁の類を撤去。

 その上で、兵役に区切りをつけた。



造白石之祠壇 懟二豎之無君

踐掖庭以幽辱 凌祧社而火焚

 白石の祭壇に立つ。

 蘇峻に、祖約。二人の若造が

 天子に無礼を働いたことを恨む。

 彼らは後宮を踏みにじって

 ひどく辱しめ、天子の廟を

 焼いてしまった。


愍文康之罪己 嘉忠武之立勳

道有屈於災蝕 功無謝於如仁

 庾亮が責任をとって

 己を罰しようとしたことをあわれみ、

 のちに忠武を尽くして

 勲功をたてたことを称える。

 その忠節のみちは災厄によって

 屈したけれども、功績は

 管仲のそれに決して劣るものではない。



訊落星之饗旅 索舊棲於吳餘

迹階戺而不見 橫榛卉以荒除

彼生成之樂辰 亦猶今之在余

 落星の地における

 呉が軍を慰撫した地を訪ね、

 宮殿のあとに昔の面影を求めた。

 階段を探してみたが見つからず、

 雑草や茨が生い茂るのみ。

 建国の意気盛んな状態は、

 我が国と同じであったろうに。



慨齊吟於爽鳩 悲唐歌於山樞

 斉の地が周公旦に統べられる以前、

 爽鳩氏のものだったことを思い起こす。

 詩経唐風「山有樞」のことも。

 いずれも新しい支配者を前に、

 古き支配者は退場した。


弔偽孫於涂首 率君臣以奉疆

時運師以伐罪 偏投書於武王

 呉で帝位を僭称した孫氏を弔う。

 彼らは君臣こぞって

 呉の地を奉じてきた。

 我が国の軍ははじめその罪を

 討たんとしたが、ついに孫皓は

 降伏の手紙を送ってきた。


迄西北之落紐 乏東南以振綱

誠鉅平之先覺 實中興之後祥

據左史之攸徵 胡影迹之可量

 その昔、天下の西北で

 要の糸は切れており、

 東南の地が栄えることは無かった。

 それにしても羊祜には

 先見の明があったと言えよう。

 それは晋の中興に

 大いなるヒントを与えた。

 確かに、左伝や史記にも載る

 事跡ではあっただろう。

 しかし、その記事から教訓を

 実際に引き出したのは

 素晴らしきことである。



過江乘而責始 知遇雄之無謀

厭紫微之宏凱 甘陵波而遠遊

越雲夢而南泝 臨浙河而東浮

彀連弩於川上 候蛟龍於中流

 建康を出、長江沿岸の町、

 江乘の地を過ぎたあたりで、

 始皇帝の振る舞いを責める。

 たまたま英雄となった人間は

 無謀な振る舞いをするものだ。

 彼は壮麗な紫微宮での暮らしに飽き

 山のような波にも飽きずに進んだ

 雲夢沢を越え、南にさかのぼり、

 浙江に臨み、海にまで出る。

 河上に連弩を浮かべ、

 龍の出現を狙ったところで、

 とこしえの栄華など得られまいに。



爰薄方與 迺届歐陽

入夫江都之域 次乎廣陵之鄉

易千里之曼曼 泝江流之湯湯

洊赤圻以經復 越二門而起漲

 さて、方與を経、歐陽に来た。

 江都の地に入り、廣陵に宿を取る。

 はるばると千里を越える道を越え、

 ついに滔々たる長江を渡ったのだ。

 江は赤圻までくねくねと曲がり、

 二つの水門を越えたところで

 沸き立っている。


眷北路以興思 看東山而怡目

林叢薄路逶迤 石參差山盤曲

水激瀨而駿奔 日映石而知旭

 ここまでの道のりを思い返す。

 東に連なる山々は目を楽しませ、

 林は茂り合っており、

 道はうねうねと続き、

 岩は時に高く、時に低く、

 山はわだかまり曲がる。

 沢は所々では激流と化し、

 日は岩に映えて輝きを示した。


審兼照之無偏 怨歸流之難濯

羨輕魵之涵泳 觀翔鷗之落啄

在飛沈其順從 顧微躬而緬邈

 日が天下を照らすさまを見、

 故郷に戻るために漕ぎ出すことが

 難しいのを恨みに思う。

 何と羨ましきかな、川を泳ぐ魚たち。

 もっともその魚たちも、

 空飛ぶ鳥についばまれるのだが。

 鳥や魚のように、

 あるがままでおりたいものだが、

 我が身を顧みるに、

 その境地には及ばない。




薄四望而尤眄,歎王路之中鯁。蠢于越之妖燼,敢淩蹈於五嶺。崩雙嶽於中流,擬凶威於荊郢。隱雷霆於帝坐,飛芒鏃於宮省。于時朝有遷都之議,人無守死之志。師旅痛於久勤,城墉闕於素備。安危勢在不侔,眾寡形於見事。於赫淵謀,研其神策。緩轡待機,追奔躡迹。遇雷池而振曜,次彭蠡而殲滌。穆京甸以清晏,撤多壘而寧役。造白石之祠壇,懟二豎之無君。踐掖庭以幽辱,凌祧社而火焚。愍文康之罪己,嘉忠武之立勳。道有屈於災蝕,功無謝於如仁。訊落星之饗旅,索舊棲於吳餘。迹階戺而不見,橫榛卉以荒除。彼生成之樂辰,亦猶今之在余。慨齊吟於爽鳩,悲唐歌於山樞。弔偽孫於涂首,率君臣以奉疆。時運師以伐罪,偏投書於武王。迄西北之落紐,乏東南以振綱。誠鉅平之先覺,實中興之後祥。據左史之攸徵,胡影迹之可量。過江乘而責始,知遇雄之無謀。厭紫微之宏凱,甘陵波而遠遊。越雲夢而南泝,臨浙河而東浮。彀連弩於川上,候蛟龍於中流。爰薄方與,迺届歐陽。入夫江都之域,次乎廣陵之鄉。易千里之曼曼,泝江流之湯湯。洊赤圻以經復,越二門而起漲。眷北路以興思,看東山而怡目。林叢薄路逶迤,石參差山盤曲。水激瀨而駿奔,日映石而知旭。審兼照之無偏,怨歸流之難濯。羨輕魵之涵泳,觀翔鷗之落啄。在飛沈其順從,顧微躬而緬邈。


(宋書67-9_文学)




思いが様々なところに目まぐるしく飛ぶ。忙しい限りである。その中で見えるのは「国のために尽くした英雄たちの素晴らしさ」「亡国の振る舞いをなした始皇帝の無謀さ」「すでに去ってしまった支配者への悲しみ、あわれみ」でしょうか。そう言ったものとは無縁でいたいと思いながらも、そうは出来ない自らの身の哀しさ。「隠棲したい」「英雄でいたい」は、謝霊運の中でどのようなつながりだったのでしょうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る