不老不死の私が死んだらしい。

朱色の梟

前世

 突然だが、私の前世は不老不死だったらしい。

 自分の事にも関わらず、何とも曖昧な物言いだが、私だって今日こんにちに至って突然その事実を知らされたのだ。

 事の始まりは、十八歳の誕生日である今日の朝のことだ。目覚めと同時になんの予兆もなく前世の記憶が私の頭の中に、なんというか、


 どうやら前世の私は今と変わらず女の子で、だいたい八百年前に不老不死の呪いを魔女に掛けられたらしい。

 正直私は、あまり非現実的な話や創作物というものが好きではない。

 だからと言ってそれらを否定する気はないが、少なくとも、昨日までの私に「おまえの前世不老不死らしいよ」と伝えても、「あ、そうですか」で流している自信がある。


 そもそも前世というのは、己の魂が以前に宿っていた肉体及びその精神を指した一個体である。

 以前の自分が死に、新たな肉体に魂が宿ることを輪廻転生というらしいが、『転生』には切っても切れない仲の概念がある。


 『死』だ。


 肉体が死ななくては転生できる筈がない。

 そして私が言いたいのは、前述の通り私の前世は不老不死らしいが、この時点で矛盾しているということだ。


 『死んだ』ことにより『不老不死』の魂が、私として転生した。


 という事になるが、しっちゃかめっちゃかである。

 ただ、私の中の記憶を見るに、不老不死は『体質』ではなく『呪い』で、もしかしたらその呪いを解除してから死んだのであろうか?


 しかし、私の中に芽生えていた前世の記憶は映像のように巻き戻したり、早送りしたりと盗み見し放題で、それにより私の前世のある程度の素性が割れた。


 自分の過去を自分の記憶で探るというのも奇妙な話だが──不老不死の私が、何故死んで前世となったのか。前世八百年の記憶を端から端まで見てみよう。



 ──七百八十九年前


「魔女だ、捕らえろ!!」


 私が故郷を離れてから十年近く住んでいた村の民は、突然そんな罵詈雑言を吐きながら、私の家に火を放った。

 何十年も同じ姿で住み続ける者がいたら、確かにそうもなるだろう。


「絶対に逃がすな!!」


 村長が声を張り、石を投げ火矢を放つが、私はそんなものでは死なず、森へと逃げた。

 それ以来、五年以上同じ村に住まないようにと心に誓った。



 ──七百四十一年前


「夜道は一人じゃ危ないぜ?」


 そんな台詞と共に夜の森の中を歩いていた私は、暴漢に押し倒され、服を剥かれた。

 百年あまり生きてきたが、そんな経験はなかった為──私は心の底から怯え、手元にあった石で男の頭を殴り付けた。


「いっ」


 男がよろめいたので馬乗りの状態から抜け出し、恐怖と怒りが手伝い、そのまま男を石で殴り殺してしまった。

 我に帰った私は、数日間は自分に対する怯えで一人、震えていた。



 ──六百六十年前


「あの……お姉ちゃん」


 私は二年程住んでいる村の子供に声をかけられ、告白された。ずっと一緒にいて欲しいそうだ。

 そんな経験は初めての事で気が動転してしまい、思わずその場から逃げだしてしまった。混乱したまま、私はその夜のうちに村から飛び出した。男の子には何も告げずに。


 結局、私は臆病だった。確かに、男性への恐怖が拭えなかった。しかし、私のことを想ってくれる人間が、私を置き去りに歳を重ねて老いていくのが耐えられなかった。

 ただ一人の子供による、たったひとつの言葉で心を苛まれ、怯えていた。

 いつか来る別れへの底知れぬ恐怖に。私は臆病だった。



 ──六百七年前


「おねえさんって何歳なの?」


 井戸の水を汲んでいたとき、十歳くらいの女の子にそう声をかけられた。

 この村には四年ほど滞在しており、そろそろ移住を考えていた矢先、そう言われた。

 僕の見た目は十七歳の頃から固定されていて、容姿はもちろん髪の長さや、筋肉の衰えさえ全く感じられない。


「あ、いや変な意味じゃなくて、おねえさん、ずっと綺麗だから……」


 と、女の子は俯きながら恥ずかしそうにそう告げる。

 そうか、僕は綺麗だったのか。

 もう何年生きてるのかも覚えていないが、そんな事すらも僕は忘れていた。


 いつかこの事も忘れてしまうのだろうが、それでも今はただ嬉しかった。



 ──五百五十二年前


 どこか既視感のある村に辿り着いた。

 最初のうちこそ違和感の範疇から出なかったが、『彼』を見て思い出した。

 何十年も前に、僕に好きだと伝えてくれた男の子だった。

 彼はすっかりよぼよぼのおじいちゃんになっており、自分の力だけでは歩けない程にまで年老いていた。

 僕は、ただ彼の手を握った。


「おぉ……懐かしい」


 そう最期に呟いた彼は、僕の目の前で息を絶やした。

 死んだ。

 優しくしてくれた人が、初めて目の前で死んだ。


 これが今後の僕にどれだけ影響を与えたかは分からないが、少なくとも、これ以来僕は誰かと進んで交流を持つことをやめた。



 ──五百十四年前


 あれからずっとずっと一人で暮らしていた。

 外の空気が吸いたくなって、洞窟の中から久しぶりに出てみようと出口を探した。が、どうやら崩落か何かで出口が塞がれてしまったようだ。


 僕はそれに対して、何も感情を抱けなかった。

 これまで触れてきた他人の優しさも、温もりも、身体には残っていない数々の傷も、それらを再び感じることができないという絶望すらも。


 死ねない、という呪いはこれ程までに僕の心身を蝕み、それからはたった一人で暗闇の中に生き続けた。



 ──四百六十九年前


 外で大雨が降ったのか、洞窟の半分近くが浸水した。

 僕は泳ぎ方を知らなかったので、漂いながら水が退くのを待っていた。水底に沈んでいるのも案外心地が良いもので、音も光もないから余計な考えが浮かんでこない。

 揺蕩うこともなく、静寂の中で眠るようにして過ごしていた。



 ──四百一年前


 何か凄まじい音とともに、長らく見ていなかった光が網膜を焼いた。


「ほう、まさか本当に魔女が実在するとは!!」


 と、高らかに語る男の声が鼓膜を揺らした。五感が久々に機能する。

 僕は子供ならば平気だった筈だが、大人の男性となると何故か本能が震え上がり、つい関わりを拒絶してしまう。


「そう怯えないでくれたまえよ。俺はただ、君の力が借りたいだけなんだ」


 男が歩く度にチャラチャラと何かがなる音がして、不快だった。


「君だろう? この洞窟に巣食う不老不死の魔女というのは? この近くにある村の人間から聞いたよ。百年ほど前にこの洞窟を塞ぎ、魔女を封印したとね」


 あぁ、この洞窟はやけに暗いなと思っていたが、そういえばそんな事もあった。

 今となっては朧気にすら覚えていない、遠い記憶だが。


「さて……では不老不死という噂だが」


 そう言いながら、男は腰に付けていた長い棒を抜き、


「その噂、試させてもらう」


 それを僕の胸に突き刺した。



 ──三百十二年前


「皆様ご覧下さい! これが我が国を貶めようとした魔女です!!」


 僕は燃え盛る炎の上で磔にされ、よく熱された鉄槍をもった民衆に囲まれていた。

 僕はその我が国の為に百年近く働いてきたが、とても酷い言い草だ。


「周辺国との戦争にこそ勝利しましたが──」


 その勝利に最も貢献したのは僕だ。


「この魔女がいては、いつかその栄華も滅びてしまう!! よって先代、先々代をたぶらかし、己が地位のために働いた姑息な魔女を──」


 僕はあの爺達をたぶらかしたりしてないし。大前提、男なんて大嫌いだ。


「死刑に処す!!」


 どうせ僕は死なない。散々痛め付けられたあと、何処かの洞窟にでも閉じ込められるだろう。

 それでも、傷は瞬きをすれば忘れてしまうけど。



 ──百四十四年前


 僕の手首を拘束していた鎖が朽ちた。

 立ち上がるのも、歩くのも、いつぶりだろうか。僕としてはそんな過去の事などとっくに忘れてしまっていたので、特に興味もなかった。

 あぁ、それでも何百年も変わらなかった天井が変わるのは、どこか気分がスッと晴れるようだった。


 街並みはガラリと変わってしまっていて、大きな塔が建っていて、何をすればいいのかが分からなくなってしまった。



 ──八十年前


 その日、僕は生まれて初めて『海』を見た。

 僕は人生のほとんどの事を忘れてしまっているけれど、これだけは絶対に忘れないと決意するほど、海は果てしなく、キレイだった。

 そして海を渡る『船』にも初めて乗った。

 この船は外国に行き着くらしいが、そこは極東と呼ばれている国と教えて貰った。

 生魚を食べるそうだ。



 ──四年前


 僕は日本の各地を転々と回りながら生きていたが、数年前に僕の体質に理解がある夫婦に拾われ、『高校』へ一年生として通ってみないかと薦められた。

 前々から漫画等で存在は知っていたので、つい食い気味で了承してしまった。が、しかし今考えると、中々に狂った判断をしてしまったのかもしれない。


 僕は当然老けない。

 普通の高校生ならば、三年間で見た目がそこまで劇的に変化することはないだろうが、一ミリも変化の様子がないのは大丈夫だろうか?


 なんて最初のうちこそ、あれやこれや不安を抱いていたが、届いた制服を着てみたら、そんな不安や悩みは吹き飛んだ。

 それよりも、一人称を正そう。このままでは『僕っ娘』というレッテルを張られてしまう。



 ──二年前


「白伏しらふせって誕生日いつなの?」


 あ、私のことか。

 入学するにあたり親代わりの人達が色々な書類を揃え、その際に私の名前は白伏しらふせ花はなになった。


「誕生日ってどうして?」

「いや……き、気になっただけ」

「ふぅん?」


 彼は何故か目を泳がせながらそう返答する。いや、目を泳がせたいのはこちらだ。

 正直、誕生日とか少しも考えていなかった。当然この世にを成してる時点で誕生日は存在する筈だが、そんなもの覚えていられるか。

 そして、焦った末に私の出した答えは、


「……明日」


 だった。

 自覚がある。さすがに無理があると。


「え、マジで……」


 騙せてしまった。

 彼は、しばらく天を仰いだのち、


「わかった」


 と何故か意を決した顔で教室を後にした。



 ──最期の記憶


「なぁ、白伏」


 風の吹きさらす屋上で、私は彼と二人きりだった。

 漫画で読んだ。この後の展開はだいたい予想できる。それでも、私はそれに答えることは絶対にできない。

 高校生活三年間の中で、私が死なないのは彼にバレてしまったけれど、それでも私から離れずにいてくれた。彼と、私もずっと一緒にいたい。


 ──けれど、これは無理な願いだ。


 いつか、私を置いて君は先に死んでしまう。

 そんな悲しみを知るくらいなら、私は君といたくない。やっぱり私は臆病だ。


「俺さ、やっぱりお前のこと好きだわ」

「……」

「お前が死なないってのも、年をとらないってのも聞いたけどさ、それでも……」


 お願いだから。

 それ以上は言わないでくれ。


 私が限界を迎えてしまう。


「ずっと、一緒にいてください」


 気づけば、私は彼に抱きついていた。

 何十年振りに涙を流し、彼の服を汚した。


「......私たち、まだ大学生だよ?」

「現実に戻さないで」


 照れ隠しには、そんなことしか言えなかった。


 私と、彼の目が向き合う。


 彼の瞳に、私の顔がハッキリと映る。


 その顔は──


 ──私だった。

 前世じゃない。今の私の顔だった。

 私はたった今、前世の記憶旅行から帰ってきたが、最期の最後にあった記憶は、『彼』に映る私の顔だった。


 『私』はどうやって死ねた?


 考えたら色々おかしい。私は『私』の記憶を思い出せるが、私の記憶は昨日や、それ以前の記憶すらも全く思い出せない。いや……私は誰だ?


 私は、私は──


 私は、部屋を飛び出していた。

 知らない家の筈なのに、玄関の位置も、私の靴も、これから向かうべき場所も頭には鮮明に浮かんでいた。


 走る。ただ、走る。

 一度派手に転び、膝からどくどくと血が溢れていたが、そんなことを気にしている余裕なんてなかった。


 そうだ。そうだ。思い出した。

 魔女は、あの日に私に言ったのだ。


 添い遂げたいと心から願う者と出逢えた時、体は朽ちる身となると。


 だから私は故郷を飛び出し、旅をしていたんだ。

 その目的すらも忘れてしまう程、長い長い──旅を。


 彼の家に、やっと辿り着いた。


 私はとても嬉しい。

 何百年ぶりに彼に会えた気がして、心の底から嬉しかった。


 ──たとえ八百十八歳のおばあちゃんでも、私の事は好きですか?

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