少しだけ霊感が強い男のお話

太宰 ソクラテス

第1話

 私がこの都心のマンションの一室に引っ越してから一週間程度経つだろうか。相変わらず奴は私が快眠をとっている深夜にやってくる。

 昨夜もようやくまぶたが重くなり始めた頃に、やかましいドアを叩く音が聞こえてきた。お陰で目の下にうっすらとくまができてしまった。いくら家賃が半額とは言え、ここまでしつこい霊だったとは・・・。

「そろそろ奴が来る時間か。」

 午前2時をさす固定時計を見ながら私は呟く。

 私はあまりにも腹が立っているのでこれから霊にガツンと言ってやろうと思っている。やかましいから毎夜ドアを叩きつけるのは止めろと。

 大体家賃を払っているのは私だ。民主主義で資本主義な今の日本において一銭も金を払っていない霊に私の睡眠を妨害する権利なんてないはずだ。

 そんな感じで霊への不満をつのらせていたちょうどその時だった。私の部屋へと向かってひたひたと湿った足を引きずる音が聞こえてきた。

「雨なんて降ってもないのにびしょびしょとは河原遊びの帰りか?」

 私はそんな強気な冗談を交えながら扉の前へと移動する。ノックがあったらすぐに霊に私の不平不満をぶつけるためだ。

 耳に神経を集中させる。乾ききった風の音の中足音がゆっくりと近づいてくる。少し緊張しているのか自分の呼吸、加えて心臓の鼓動までもが耳に入ってくる。いくら何度か霊に対峙しているとはいえ、やはりなかなか慣れるものではない。

「足音が止まったか・・・。」

 私はこの薄い鉄の板一枚を隔てて奴が目の前にいるのを感じた。そして次の瞬間冷たい金属音が部屋の中を満たした。

「おい、うるさいから止めろ。」

 音は鳴り止んだ。

「なんだ、物わかりがいい霊だな。」

 そう言った刹那、今度はさっきよりも強く激しくドアを叩き始めてきた。なんだか怒りの感情がさらに溢れ出てきた私は無言で勢いよく扉を開いた。

 目の前には誰もいないマンションの通路と星の見えない汚い夜空が広がるだけで、奴の姿はなかった。

 なんだこんなもんかと呆気にとられた私は扉をゆっくりと閉め、鍵をかけ、ため息をつきながら振り返った。

 奴がいた。白いワンピースを着た奴は長い髪の毛から爪の先まで水に濡れている。そして顔は皮膚がただれていて、まるで腐乱死体のようだった。

「おいお前、ここは俺の家だ。いいから出て行け。」

 注意してやった。だが奴は腐った顔をにやつかせながらこちらの方へくる。

「近づくな濡れ女!」

 とっさに足が出て奴に蹴りをかましていた。ぐちゃあと肉が押し付けらる音がした。しかし全く効いていないのかヘラヘラとにやけながら近づいてくる。

 分が悪いと思った私は踵を返して扉をあけて近くのコンビニまで走って逃げた。そしてその後朝日が昇るまで結局そのコンビニいた。


 コンビニから自室へと戻ると奴はもういなくなっていた。ただ部屋は所々水浸しで、魚の腐ったような匂いが充満していた。

 そして、次の日から深夜の騒音騒動は無くなっており私は幸せな睡眠ライフを送ることができている。ただ奴は消えたというわけではないらしく、深夜に風呂に入るとたまに鉢合わせることがある。その時は私は黙って風呂の扉を閉め、次の日の朝に入ることにしている。家賃が半額なんだ、そのくらいは我慢ができるというものだ。

 

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