第27話 深紅の百合リーダー、西坊城 呉葉(にしぼうじょう くれは)

<前回あらすじ>


 わたし妹しか愛せないシスコン姉の[もみじ]です!

 屋台勝負でメダル取ったら最愛の妹[ちいゆ]に告白しようとしたんだけど、ラーメンなんか食えるかっ、的な気温上昇で大ピンチ!


 でもそこはちいゆへの愛で頭をフル回転! つけめんに変更で何と完売しちゃいましたー!


 でも完売に貢献してくれた舞妓みたいな美人さん、島にいたっけかなー? と思ってたら、この百合ノ島に強制移住しようとする《深紅の百合》っていう組織のエロい人みたいなのー!


 って何かでっかい豪華客船が見えてきたんですけど……。

 

  

   ♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀




「もしかしてあれに《深紅の百合》が乗ってるん?」


 いぶちゃんの問いに燕佐さんが忌々しそうに頷いた。


「あの船で世界中を巡っては、その土地の百合を漁っているのです」

「そんなコトしてたら、世の中のメディアが黙ってないんじゃないですか?」


 わたしの問いにも、燕佐さんの視線は豪華客船を捉えて離さなかった。


「《深紅の百合》メンバーは世界的な政財界一族の令嬢で構成されています」

「マネーパワーで情報封殺ですか、でもそんなお金あるならここ以外の島、幾らでも手に入るんじゃないですか?」


 轟沈の念波でも送ってるように客船を凝視していた燕佐さんの目がこちらを向いた。


「こちらに来た時お話しした、島の神の話がありましたでしょう」

「あ、はい、確か百合の神がいるっていう……」

「それですよ、あの連中は百合の神が宿るこの島を欲しがっているのです」

「なるほどな、よう今まで連中から守ってこれたの」


 いぶちゃんに視線を移す燕佐さん。


「これまでの《深紅の百合》グラシアはこの島を尊重してましたからね」

「グラシア?」

「“頂点”という意味ですよ」

「ってことは、この島に移住させろ言い始めたんは今のグラシアから?」

「そうです、三か月前、新たなグラシアに選出された西坊城 呉葉(にしぼうじょう くれは)。彼女が決めたのです」

「何でそうなったん?」


 それに燕佐さんの眉が寄った。


「ここだけの話ですが……」


 燕佐さんの話はこうだった。


 大っぴらに、秘密裏にという違いはあるにせよ、百合の共同体は世界中に存在する。


 その中でも抜きんでた財力を持つ《深紅の百合》のグラシアが代わるということで、百合共同体の代表が世界中から集まった。


 当然、百合ノ島の代表である燕佐さんも妹の燕奈さんを連れて、例の豪華客船に乗船。

 つつがなく交代のお披露目は終わり、お祝いの立食となった。

 新しいグラシアとなった西坊城 呉葉(にしぼうじょう くれは)さん――本人がそう呼んでもいいというのでクレちゃんにするけど、そのクレちゃんが様々な百合代表に挨拶、燕佐さんのところへ来た時にそれは起こってしまった。


「百合ノ島……でしたっけ? アホウドリをこん棒で追いましてそうな辺境島からはるばるようこそですわ」


 それに燕佐さんは丁寧に挨拶を返したという。


「どうです、このクリムゾン・リリィ号。この交代の儀に合わせて新造したんですのよ。たいまつが灯りの島暮らしには、このきらびやかな照明はキツ過ぎるかしら? ごめんあそばせ、オホホホ」


 それにも燕佐さんは笑みを崩さなかったが、燕奈さんは違ったらしい。


「いやいや、趣味が良過ぎる照明が多すぎて目が潰れそうですなー」

「オホッ、オホホホ! 船内のお店にも行ってみてはいかがかしら。干物しか売ってない島のオンボロ屋台との違いに、腰を抜かさなければよろしいのですが、オホホホホー!」

「あー、トイレ行ったとき見てきましたよー。いやいや、アールペイジュとかパ・ソなんかの三ツ星レストランが並んでてびっくりおったまげぇー! ですねー」

「ま! ご存じですの? アホウドリを焚火で焼いて食べるだけの島かと思ってましたのに、失礼しましたわ、オホホホー!」

「まあ百合ノ島の飲食店に比べたらつまんない、といいますか、すぐ飽きちゃいますねー、あははは」

「ホ?」

「讃岐うどん、食べたことあります?」

「うどん? ああ、すすって食べるという下賤な者の食料ですわね。そんなもの口にするなんて……ああ、考えただけでおぞましいですわ」

「おやおや、この前島に出来たうどんやは、三ツ星パスタより美味しい麺を出しますよ」

「オホホ、つまらないお冗談ですわ」

「焼きそばやサバ味噌煮、知ってます? それが美味しい店もありますよー」

「き、聞いたことは有りますわ、下賤の者が好んで食べるという……」

「下賤結構、でもそれだけ好んで食べるのはクセになる美味しいさがあるからに他ならないのです。まあ、お高級な三ツ星ばかり食べてる舌にはその美味しさは刺激的過ぎるかもしれませんが……」


 それに歯噛みするクレちゃんを見た燕佐さんは、グラシアになるには精神年齢が低いと感じたという。

 そしてわたし達にこう説明を付け加えた。

 グラシアは肉体への快楽にずば抜けた者しかなれない。クレちゃんの場合、精神的に多少幼くとも、その快楽を与える能力が抜きんでていたので選ばれたのであろう、と。


 そしてこうも思った。

 客船暮らしの狭い世界に生きる彼女が、島に来ていろんなものに触れてくれればグラシアとしての視野も広がるかもしれない。

 だが燕奈さんの一言で舵はおかしな方向へ回ってしまう。


「一度百合ノ島へおいでください。百合の神も喜んでくれますよー」

「百合の……神?」

「百合に祝福を授け、縁を結んでくださる神ですよー」


 グラシアになるのだから当然知ってると思っていた燕佐さんは内心驚いたという。


「ふーん、そんな神がいる島があるなんてね……」


 そう口にするクレちゃんに胸騒ぎを覚えた燕佐さんは心を読んでみた。だが、こちらの能力を知ってか知らずか、彼女の心は分厚い深紅のカーテンで閉じられていた。

 それは燕奈さんでも開けることは出来なかった。


「そんでこの島を狙い始めたって訳かいな」


 話が終わるなり、いぶちゃんがぶっきら棒に言った。


「ええ、その一件から一か月後、移住許可契約書を持って来たのですが、内容は移住許可の他に、島長の権利を譲渡するなど唖然とする条項が盛り込まれてました。当然お断りしましたがね。それが今日まで続いているという訳です」

「人の島を勝手に自分のものにしようなんて、むちゃくちゃだよぅ!」


 ちいゆが両手を振り回しながら地団駄踏んでるー! これは最上級にお怒りの様子だよー! 


 そこへまたもスマホから通知音が鳴った。

 画面を見るとクレちゃんの顔が映っていた。


 今回は舞妓さんみたいなヘアスタイルじゃなく、普通に髪を下ろしている。

 でもその黒い髪は激しくたなびいてるし、画面も大きく上下に揺れているけど、何で?


「オホホホー! 百合ノ島のみなさまごきげんよう。わたくし《深紅の百合》グラシア、西坊城 呉葉(にしぼうじょう くれは)ですわ! まずは海をご覧あそばせ」


 豪華客船が浮かぶ海の方に目をやると、夕陽を受ける水面に白い波を立て、一隻の小型クルーザーが岸に向かっているのが見えた。

 よく見ると舳先に誰かいる。

 

 あ、クレちゃんだ。

 何であんなトコにいるんだろ。


「ご覧になってますか、島民のみなさま? この西坊城 呉葉が間もなく上陸して差し上げますわよ! ここはお気軽に“クレちゃん”と呼んでもよろしくてよ! オホッ、オホホホホホ――ホゲッ! ホウゴェ! ブヘェ!」


 あ、むせた。


 と同時に画面が反転、激しい水泡だらけになる。


「ひゃはははは! 何や、あのオホホお嬢、船から落ちたで!」


 爆笑するいり子ちゃんが指差す先に目をやると、停止したクルーザーの後方で溺れてるようもがくクレちゃんの姿があった。


 なんとも間抜けなクレちゃんに、わたしは頬を緩め、傍らの燕佐さんに顔を向けた。 


 クレちゃんを見詰める燕佐さんは口を真横に結んだままだった。 

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