第26話 深紅の百合

<前回あらすじ>


 わたし妹しか愛せないシスコン姉の[もみじ]です!

 屋台勝負でメダル取ったら最愛の妹[ちいゆ]に告白しようとしたんだけど、ラーメンなんか食えるかっ、的な気温上昇で大ピンチ!


 でもそこはちいゆへの愛で頭をフル回転! つけめんに変更で何と完売しちゃいましたー!


 でも完売に貢献してくれた舞妓さんみたいな美人さん、島にいたっけかなー?

 

  

   ♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀+♀




 島祭りも終盤、屋台勝負も終わり、いぶちゃんといり子ちゃんが私たちの屋台にやってきた。


「つけめんにメニュー変えたんか、やるやないか、ちぃちゃんのお姉さん」

「そうだよ~、お姉ちゃんはとっても凄いんだよ~!」


 嬉しいことを言ってくれるちいゆに、いり子ちゃんがニヒヒと笑った。


「そんでもあたいとお姉のうどんが一番の金メダル、既定路線や」


 そこへ全員のスマホから通知音が鳴った。


「おっ、集計終わったみたいや」


 隣のいぶちゃんがそわそわしながらこっちを見る。


「そういえばひとり一票じゃないんですよね? 確か……」

「ひとり三ポイント制なんや、気に入った屋台に全ポイント振ってもええし、みっつの屋台にいちポイントずつ振ってもええんや」

「へー、自由度高いんだねー」

「その分、読めんけどな。でもお客さんの入りと顔を見て、一位取れる思うたけどな」

 

 そうか、金メダルならいり子ちゃんに告白だもんね! そうなって欲しいなー。


 思いつつ、ドキドキしながらスマホを見る。

 そこには――


 1位 うどんや  616ポイント

 2位 百合福園  615ポイント

 3位 小池屋   447ポイント

 4位 百合庵   446ポイント

 

「ひゃー! いぶちゃんの屋台、一位になってるよー!」 

「うぉ! もみちゃんトコも三位やぞ!」

「やったー!」

「やったのう!」


 思わずいぶちゃんと抱き合ってしまう。


「ちょ! ちぃちゃんのお姉さん……」

「お姉ちゃ~ん! 何やってるのよ~!」


 見ると、困り顔のいり子ちゃんとぷるぷる両手を握るちいゆの姿があった。


「あ、あははー」


 いぶちゃんから素早く離ると、誤魔化すように頭を掻いた。


「お姉ちゃん!」


 そんなわたしにちいゆが飛び込んでくる。


「お父さんとお母さんのラーメンをつけめんにしちゃった時は凄く悲しかったけど、こんなに島の人達に喜んで貰えたんだね、よかったよぅ」


 胸元に顔を埋めるちいゆの頭を優しく撫でた。

 

 三位でメダルも取ってこの流れ、ここは告るしかないー!


「な、何や、お姉?」


 見るといぶちゃんもいり子ちゃんの手を握っている。

 ひゃー! ダブル告白とか恥ずかしいけど、しちゃうからねー!


「ねえ、ちいゆ」

「なに~?」


 ちいゆがあどけない顔を上げた。


「お、お姉ちゃんね、その……ずっと前からね、ちいゆのこと……」


 こちらを見るちいゆの目が大きくなり、潤んだようになった。


「ちいゆのこと……愛して――」


 ひゅぅぅぅっ、という音がした。

 そして耳と腹に響く爆発音、ちいゆの顔が閃光に照らされる。

 海の方へ目をやると、宙に火花の大輪が広がっていた。


 打ち上げ花火ー!? このタイミングで? ロマンチック過ぎないー?


「お姉ちゃん……つ、続きを言ってよぅ……」


 ちいゆの声に目を戻すと、恥ずかし気に目を伏せていた。


「うん、じゃあ言うね! わたし、ちいゆのことずーっと昔から愛して――」

「小池さーん! 十河さーん!」


 ガクっと首を曲げそうになった、誰よー!?  この一世一代の告白の時にーーーー!!


 それはいぶちゃんも同じようで、ぽーっとしたいり子ちゃんの手を取りながらガックリ俯いていた。


「あの……」


 声の主は燕佐さんだった。

 どうやら心を読まずとも状況を理解したらしく、思い切りバツが悪そうな感じでこう言ってきた。


「まずは屋台勝負の結果が変わったことをお詫びします」


 それにいぶちゃんと目線を合わせる。


「ええ!?」

「何やて!?」


 慌ててスマホを見る。


 1位 うどんや  615ポイント

 1位 百合福園  615ポイント

 3位 百合庵   446ポイント 

 4位 小池屋   443ポイント


「よ、四位になってる……」

「私んは同率一位んなっとる」

「偽装した島民アカウントの投票を削除したからです」

「偽装?」

「何やて?」


 わたしといぶちゃんが燕佐さんを見る。

 

「偽装アカウントはひとつ、うどんやに一ポイント、小池屋に二ポイントの投票をしたのです。それでここへ来たのですが……」


 いつも涼やかな笑みを浮かべる燕佐さんの表情が心なしか険しく見えた。


「おふたりの屋台に、見掛けない顔の百合は来ませんでしたか?」


 濃い紫色の浴衣、舞妓さんみたいな髪型、そんな格好をした美人さんがつけめんを九皿たいらげるのを鮮明に思い出した。

 それを話すと、いぶちゃんが呻き声を上げた。


「うーん……そん美人、私も覚えとるわ。和風だしと濃厚コンソメ合わせの汁を使ったぶっかけうどんを十杯食うてったんでな」


 十杯!? わたしのつけめん九皿の前か後か知らないけど、すごっ!


「眼鏡かけたショートヘアの女の人、その美人さん捜してませんでした?」

「おっ、もみちゃんとこも? そうなんや、去った方教えたらとんでもない勢いで行ったで」

「そうですか……」


 いつもの穏やかな口調でそう言う燕佐さん、でも何故かぞっとする響きをわたしは感じた。


「ひっどいよぅ! せっかく三位の銅メダルゲットだったのに~!」

「あたいだって同率一位になったんやで! んな一位は認めんわな!」


 ちいゆといり子ちゃんがぷんすか怒っている。

 それにわたしといぶちゃんは目を合わせて肩を落とした。


 メダルは幻となってしまった。つまりちいゆへのサプライズ告白もおじゃん! いぶちゃんもおじゃんなんだろうなー、あのいり子ちゃんの言い方では……。


「結局誰なの~、その偽装アカウントで投票した人って~!」

「そや! 誰かがズルしたんか?」


 それに燕佐さんが顎に手を当て視線を外した。


「まだ証拠が出てないので憶測になりますが、この島に住まわせて欲しい――いや、住まわせろと強硬な要求をしてくる連中がおりまして。おそらく、その一員かと思われます」

「何やそいつら、百合なん?」


 いぶちゃんが尋ねる。


「広義でいえば百合といえるでしょう。ただこの島の百合の定義は互いに心から愛してるというのが基本です。その連中は――」


 そこへ全員のスマホから通知音が鳴った。

 取り出して画面を見ると、つけめん九皿食べた美人さんが映っていた。


「あ、こいつや!」


 いぶちゃんの声に燕佐さんが小さく唸った。


「やっぱりそうでしたか」

『ごきげんよう、百合ノ島のみなさま』


 何とスマホに映った美人さんが喋り出した。


「ジャックしての動画とは!」


 燕佐さんが初めて見せる怒りの表情。


『わたくし西坊城呉葉(にしぼうじょうくれは)と申しますわ。クレちゃん、って呼んでもよくってよ』


 うわっ、クレヨンし〇ちゃんみたいなあだ名を自分で言ってるー!


『突然ですけど、わたくし達、そちらの島に移住をしたいと思ってますの。っていうかこれから移住しますのでよろしくお願い致しますわ』

「何を勝手なことを!」


 ひぃっ! 燕佐さんこわっ!


『そして島民のみなさまに、百合などという生温い価値観から目覚めさせてあげますわ』


 画像のカメラが引き、クレちゃんとかアホっぽいあだ名を自分でつけた美人さんの側に、眼鏡をかけたショートヘアの女性がやってきた。


 あ、クレちゃんとかアホっぽいあだ名の美人さんを捜してた人だ。


『女同士の絆は愛じゃないわ!』


 そういったクレちゃんが眼鏡ショートヘアを引き寄せると、思い切り口づけをして胸を揉みだした。


「ひゃわわ~!?」

「うひゃっ、何やこれ!」


あまりの展開にちいゆといり子ちゃんが驚天している。


『ふぅ……』


トロっと糸を引きながら唇を放したクレちゃんがカメラ目線になった。


『これがわたくし深紅の百合の教え! 体の快楽こそが真の絆よ! オホッ、オホホホホホホ!――ホゲッ! ホゲホッ、ゲホホェ!』


あっ、笑い過ぎてむせた。


『ゲホッ……お、おわかり? これからわたし深紅の百合がその島を教えで染めてあげるわ、ゲホホゥ!』


 そこで動画は終わった。


「バカなことしてくれる!」


 燕佐さんが素早くスマホを耳にあて通話を始めた。

 多分、燕奈さんのところだろう。

 それにしても……。


 クレちゃんとかアホっぽいあだ名の美人さんにキスされる、眼鏡ショートヘアの女性の顔が気になった。


 無理に受け入れてるような、どこか悲しい顔。


 そこへ鼓膜にビリビリくる霧笛が鳴り響いた。


「何やあれ!」


 いぶちゃんの声に海へ目をやる。


 そこにはきらびやかな灯りを散りばめた豪華客船が浮かんでいた。 

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