百合ノ島へようこそ!

こーらるしー

第1話 姉と妹

「お、お姉ちゃん?」

「ゴメン、ちいゆ、わたし抑えきれないっ!」


 狭く薄暗い空間の中、我慢に我慢を重ねたがもう限界だった。


「ちいゆっ、ちいゆっ! もうあたし!」 

「わ、わかったよぅ、お姉ちゃん……いいよ、あたし準備出来てるから……」

 

 妹のちいゆが潤んだ目でこちらを見上げる。


「ああっ、もう……ダメェ! 」

 

 向かい合う妹に全てを開放した。


「ひゃわっ……す、凄いよぅ、お姉ちゃん……」

「ごめんね、ちいゆ……こんなはしたないお姉ちゃんで」

「いいんだよ~お姉ちゃん、もっともっとあたしのココへ出しちゃって」

「そ、そんなこと言われたらわたし……うぷっ!」

「もっと、もっと出しちゃってよ、お姉ちゃ~ん」


 妹の持つ黒い袋に大嘔吐。


「う、うう~、ちょ、ちょっと楽になったかもしれない……」

「良かったね、お姉ちゃ~ん」


 そう言ったちいゆが華奢な指先で黒い袋の先を結ぶと、こちらに小さく微笑んだ。

 

 肩に届きそうなショートヘア、ちょっと太めの眉、くりんと大きな瞳、あたしの大事な妹ちいゆ。

 可愛い妹の笑顔の為にも、こんな船酔い負けてられない!

 

「うぷっ!」

「お姉ちゃん、大丈夫!? また袋用意するから……って、あれ~? あ~! 袋があんなとこに行ちゃってるよぅ!」


 そう……負けて……られない……んだけど。 


 飛行機、バス、と四時間乗り継ぎ、この釣り船みたいな連絡船で二時間。

 絶え間なく大きく揺れる船内、それに合わせてシェイクされるあたしの胃袋。

 なんて苦行なの!


「あ、いま何かジャンプした! ……わおう! イルカさんだよぅ!」

 

 やっと落ち着いたわたしに安心したのか、サッカーボール程の丸い窓に顔を近づけたちいゆが大興奮している。

 

「あれだね! 海の豚骨ラーメンだね!」

「…………そ、そうだね、イルカは海豚って書くからね」


 でも同じ姉妹なのに何でわたしだけ船酔い体質なんだろ?

 ハッ! もしや血が繋がってないから?

 だとしたら婚姻も可っ! 

 って、ああっ! それが本当だとしても女同士という壁がまだあった!

 憎いぃ、日本の法律が憎いぃ!


 床の上を行ったり来たりするペットボトルを見つめながら自作の呪詛を唱えてみた。


 でもまあ、こんな苦しい思いをちいゆがしなくて良かった、と思うべきかな。

 

 力なく笑う。

 

 それから程なく、部屋の戸が乱暴にノックされた。

 

「島見えてきたよ、見てみない?」

 

 ノックの主は船員のおじさんだった。

 ちいゆの手を借り、釣り船のような連絡船の甲板に出た。

 

「わあ、気っ持ちいいね~、お姉ちゃん!」


 “無化調”とプリントされたTシャツに紺色のショートパンツのちいゆが両腕を上げ、気持ちよさそうに伸びをする。

 わたしはといえば、激しい上下の揺れに生暖かい潮風が加わっただけで全然気持ち良くなかった。


「あ、お姉ちゃん、あれ島じゃない?」


 ちいゆの元気な声の方へ目を向けると、青海苔たっぷりのお好み焼きみたいな島が見えた。


「あれが島~? もっとこうちっさいの想像してたけど、大きそうだね」

 

 ショートヘアをなびかせ、ちいゆがにっこり笑う。

 そこへ船員のおじさんが声を掛けてきた。

 

「あんたら、あそこがどういう島か知ってて行くのか?」

「どういう島~?」


 不可思議な顔をするちいゆに船員のおじさんが笑い声を上げた。

 

「ははははっ、俺この近くの生まれだけどなあ、この五十年間一回もあの島に降りたことねえんだよ」

「え~? 何で~?」

「あんたも行きゃわかるさ、はははははっ!」


 笑いながら船員のおじさんが船の中へ消えた。 


「何だろうね? お姉ちゃん~」

「うん、何だろうね」


 わたしと妹は知らなかった。

 徐々に大きくなってゆくあの島が、とんでもない秘密を隠し持っていることに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る