第600話 ジェレパパさん、怒りの追加生産


「ところでユグドラシルさん、先ほど何か言いかけていませんでしたか?」


 たぶんいきなり話の腰を折ってしまったのだけど、ユグドラシルさんは僕に話があるような雰囲気だった。はて、なんの話だろうか。


「あ、うむ。わしもな、せっかくじゃしパンを食べようと思ったわけじゃ」


「ほうほう」


 ……なるほど、ここでつい『お味はいかがでしたか?』なんて聞いてしまったわけか。

 その話の流れから――


『でも普通のパンなんだよね……』

『セルジャンパンを作りたかった』

『やっぱお皿作りが大変でねぇ……』

『そういえば、ユグドラシルさんのお神輿も改良したいな』

『ユグドラシルさんには、聖帝サ◯ザーになっていただきたい』

『来年もお祭り頑張ろう』


 ……てな具合に話が脱線してしまったのか。

 もはや脱線どころの話ではないな。道なき道を切り開き、新たな路線を開設したレベルである。


「それで袋を開けたところ、何やらこんな物が入っておって……」


「む? おぉ、それは――」


 ユグドラシルさんがこちらに差し出した手の中には――小さなプレートがあった。

 そしてそのプレートには、『白いお皿、引換券』の文字が書かれていた。


「当選おめでとうございます。やりましたね。さすがはユグドラシルさんです」


「ふむ。えぇと、それはつまり、白いお皿とやらを貰えるということか?」


「そうですそうです。この券が当たった人には、白いお皿一枚プレゼントです」


 ここでしっかり当たりを引き当てるユグドラシルさん。さすがである。

 ……まぁ、当選確率はだいぶ高いんだけどね。


「それでその皿を、ここで受け取ることができるわけじゃな?」


「その通りです」


 僕の目の前に設置されたたテーブルには、何十枚もの白いお皿が重ねられていた。

 そしてテーブルの中央からは、『白いお皿、引き換え中』と書かれた紙が、垂れ幕のようにぶら下がっている。


 というわけで垂れ幕の通り、現在白いお皿引き換え中。ここは引換所で、僕は引き換え係なのだ。

 僕もぼんやり父を眺めていただけではなく、しっかりお祭りの仕事をしていたのである。


「この皿は、アレクの家でも使っていた物じゃな。そのときも、何やら綺麗な皿じゃと思ったが」


「ありがとうございます。実はあのお皿も、今日のお祭りでプレゼントするための試作品だったんですよ」


「なるほどのう。……そういえば少し前から、アレクは一心不乱に皿を作っておったな」


 まぁそうだね……。ここ一ヶ月ほど、僕は毎日死んだ目でお皿を作り続けていたはずで、その姿を何度かユグドラシルさんも目にしたはずだ。


「ところでこれは、全員が貰えるわけではないのじゃな?」


「そうなります。すべてのパンに引換券が入っているわけではないので、抽選ですね」


「ふーむ……。だとすると、当たりを引けなかった者達に対し、少々申し訳ない気持ちになるのう。わしが貰っていいものか」


 てなことをつぶやき、そわそわするユグドラシルさん。なんと慎み深いのかユグドラシルさん。


「いえいえ、そこはあまり気にすることもないかと、まだまだお皿はありますしね」


「む、そうなのか。テーブルの皿がすべてではないのか」


「マジックバッグにたんまり入っています。まだあと――300枚以上入ってます」


「300……?」


 パン祭りも始まったばかりだし、まだそれほどは交換していない。それに、すぐパンを食べようとする人もそこまでいないだろうし、引換券に気付いていない人も多いだろう。

 というわけで、まだまだ在庫はある。たんまりある。300枚以上ありますとも。


「しかし300枚以上とは……。いったいどれだけ作っておるのじゃ……」


「合計で400枚以上作りました」


「いったいどれだけ作っておるのじゃ……」


 同じセリフを二度つぶやいてしまうほどに、衝撃的な枚数だったらしい。まぁ前者は質問しながらのツッコミで、後者は呆れながらのツッコミだろう。


「一応予定では、僕とジェレパパさんで300枚と決めていたんですけどね」


「それが何故400枚以上に……?」


「そうですねぇ……。それはまぁ、いろいろとありまして……」


 とりあえず目標300枚と決め、僕とジェレパパさんは頑張った。毎日頑張って頑張ってお皿を作り続けた。

 そうして僕が100枚作り、ジェレパパさんが200枚作り、どうにかこうにか二人ともノルマを達成したわけだが――そこでふと僕は考えた。予備のお皿も、一応作っておいた方がいいと考えたのだ。


 うん、まぁここまではいいよね。ここまでは間違ってない。

 引換券が300枚で、お皿も300枚ってのは、いろいろ不安だ。予備があるに越したことはない。


 というわけで、僕はお皿作りを再開。さらにお皿を作り続け、ひとまず20枚ほど追加生産した。

 そして僕が120枚、ジェレパパさんが200枚という状況になったところで、なんとなくジェレパパさんに対し――


『えー? これってもしかして、ジェレパパさんの枚数に追いついちゃうんじゃないですかー? ニスの作業がある分、僕の方が大変なのに、枚数でもジェレパパさんの上を行っちゃいますかー。というか、ジェレパパさん200枚? たった200枚なんです?』


 と、軽くあおったところ――ジェレパパさんも怒りの追加生産を始めた。

 まぁ僕としては煽ったつもりはなく、ちょっとした冗談とか軽口とかのつもりが……いや、まぁ煽りだわな。普通に煽りでしかなかった。これ以上ないほど煽りちらかしてた。


 とにかく、そんな流れでジェレパパさんも追加生産を始め、ジェレパパさんも僕に対し――


『ハッ、別に俺は何枚でも作れっから。ただ、あんまり坊主の枚数を引き離したら、坊主がベソかいて泣き出すんじゃねぇかと心配しただけだから』


 ――とかなんとか煽り返された。

 そこからは泥沼である。なんだか引くに引けなくなって、二人とも死んだ目でお皿を作り続けた。作りに作り――そうしてたどり着いた400枚オーバーである。


 途中で僕達も、『もうやめようぜ……』『ですよね……』という話し合いが持たれたりもしたが、その裏でこっそり僕がお皿を作り続けていたことがバレて、再び生産合戦が再開したりもした。


 そしてその争いは、今日のパン祭りが始まる直前まで続いたという……。

 いやはや、冷静になって振り返ると、いったい僕達は何をやっていたのか……。





 next chapter:祭りの後

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