第599話 第二回新春パン祭り


 新春パン祭り――開幕!


 年が明け、ついに始まった第二回新春パン祭り。

 というわけで、今まさに――父がパンを撒いている。レリーナちゃんが『土魔法』で作ってくれたヤグラの上から、わっせわっせと父がパンをばら撒いている。


「うんうん。素晴らしいね。さすがは父だ」


 この村の村長であり、それと同時に新春パン祭り実行委員会会長でもある僕の父。その父が、自分の役目を立派に果たしている。立派にパンを撒いている。堂々たる振る舞いだ。その姿をこの目に焼き付けよう。

 あるいはパンを撒いているこの姿こそ、父が最も輝く瞬間なのではないだろうか。


「盛況じゃのう」


「あ、ユグドラシルさん」


 ぼんやりと父の勇姿を眺めていたら、ユグドラシルさんに声を掛けられた。


「ええはい、みんなも楽しそうですし、父も張り切ってパンを撒いています。――というか父ですよ。特に父です。どうです、うちの父は」


「え、どうですと聞かれても……」


「惚れ惚れするほどの撒きっぷりじゃないですか?」


「それは、ちょっとわしにはわからんが……」


 むむ。そうか、あんま伝わらんか。僕的には、パンを撒いている今の姿を人形に残しておきたいくらいなのに……。この僕が男性の人形を作ってもいいかなって思ったほどなのだよ? それほどの撒きっぷりなのよ?


「ところでアレクよ、せっかくなので、わしもひとつパンを受け取って食べていたのじゃが――」


「お、そうですか。お味の方はいかがでしたか?」


「え? あ、うむ。美味いな。美味いパンじゃった」


「ほうほう、それは何よりです」


 ……まぁ普通のパンなんだけどね。流れでなんとなく感想を聞いてしまったけれど、よくよく考えると普通のパンだった。

 あ、いや、確かに美味しいことは美味しいんだ。普通に美味しいパンではある。メイユ村とルクミーヌ村とクレイス村のパン屋さんにそれぞれ頼んで作ってもらった、普通に美味しいパン。


「でも、普通なんですよね。普通のパンなんですよ……」


「うん?」


「できたらパンも改良したかったんですけどねぇ……」


「改良?」


「本当は父の顔を模したパン――セルジャンパンを作りたかったんです」


「またお主はそんなことを……」


 でもなー、間に合わんかったのよね……。

 なにせお皿が……。お皿作りがあまりにも大変すぎた。そっちで手一杯になってしまい、セルジャンパンの開発まで手が回らんかった。


 さすがの僕も、死んだ目でお皿を作っているジェレパパさんに対して、『ちょっと父の顔のパン型を作ってみませんか? 超リアルな顔になるまで、何度も何度も試作を繰り返してもらいますけど』とは言えなかったよね……。


 まぁ来年だな。それは来年の目標にしよう。来年のパン祭りこそはセルジャンパンを完成させて、セルジャンさん本人に撒いていただこう。


「あとはそうだな、来年はユグドラシルさんのパレードにも改良を……」


「……うん?」


 今年のパン祭りでも、ユグドラシルさんには人力車に乗ってもらい、大シマリスのモモちゃんに引いてもらい、村の中を何周か回ってもらった。恒例のお神輿パレードだ。

 できたらこっちもいろいろと改良もしたいところである。言うて今の人力車って、ただのリヤカーだしな。現状だとこのパレードは、『幼女が乗るリヤカーを、大きなシマリスが引っ張って村の中を進む』ってだけのイベントにすぎない。

 ……まぁそう聞くと、それはそれでどことなくメルヘンチックで楽しげな雰囲気も覚えるが、僕としてはもう少し派手なやつがやりたい。


 この際本当にお神輿を作ってしまおうかね。日本のお神輿っぽい物を作って、ユグドラシルさんに乗ってもらって、それをみんなにワッショイワッショイと運んでもらおうか。

 ……いやでも、大シマリスのモモちゃんに引っ張ってもらう今のスタイルも捨てがたい。人力車を引いているモモちゃんは、もうそれだけで大変可愛らしいからな。


 ふーむ。悩むね。悩みどころだけど……やっぱりベースは今の人力車パレードかな。その上で、人力車に改良を加えようか。『ニス塗布』の車輪があれば、そこまでモモちゃんの負担もないはずだし、もっともっとド派手な人力車を新たに作ってみるのもいいかもしれない。

 とりあえず車体を大きくして、ゴテゴテと無駄に装飾して、玉座っぽいものを作って……イメージとしては、聖帝サ◯ザーのバイクみたいなやつ。あれを再現したらどうだろう。


「……何やら不穏なことを考えておらんか?」


「はい? いえ、別に考えてないですよ?」


「そうか……? そうじゃろうか……」


 そうですとも。僕は別に不穏なことなんて考えていない。みんなに喜んでもらえて、ユグドラシルさんにも喜んでもらえるパレードにできたらいいなって、それしか考えていない。


 まぁ続きはあとで考えよう。なにせ今年のパン祭りも始まったばかりで、来年のパン祭りまで丸々一年ある。じっくり考えて、一年掛けて準備しようじゃないか。

 今から楽しみだ。きっと来年のパン祭りは、今年よりももっと素晴らしいお祭りになるに違いない。





 next chapter:ジェレパパさん、怒りの追加生産

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