第485話 セルジャンシステム
ニワトリのアダム君に続き、ニワトリのイヴちゃんも発見した。
イヴちゃんもアダム君同様、テテテと僕に近付いてきて、肩の上に乗ってきたのだが――
「ココ」
「あっ……」
「コココ」
「行ってしまった……」
やはり僕が少し歩くと、イヴちゃんも僕の肩から降りてゴーレム君の元へ帰っていってしまった。
「ほうほう、これはやはり――」
「……いや、いいよナナさん。何も言わなくていい」
「遅かったからでしょうか」
「いいって言ったのに……」
何故わざわざ指摘するのか……。
というか、実際のところはわからんからね? 愛情表現として軽く乗ってはみたものの、よくよく考えると乗るのは失礼かと思い直して降りたとか、そういう可能性だってあるからね?
「さておき、このようにセルジャン牧場には多くのニワトリがいます」
「そうね、歩いていても結構な数のニワトリを発見したね」
「放し飼いです。放し飼いで、みんな牧草やら小さな虫やらを食べています」
「なるほど」
うん、みんな自由に牧場内を歩いていて、草やら地面やらをツンツンしているね。
「そんな感じで日中は外をうろついているニワトリ達ですが、夜には
「鶏舎?」
「いわゆるニワトリ小屋です。あれですね」
そう言ってナナさんは、牧場入口近くの建物を指差した。
柵の外にもナナさんが情報を
「まぁ小屋というには大きいような気がするけど……というか、ちょっと大きすぎない?」
「ニワトリがどのくらい増えるのかわからなかったので、大きめの物を建てていただきました。小さいよりは大きい方がいいでしょう」
「そういうものなのかな……」
「ちなみにですが、あのニワトリ小屋もフルール様に依頼した建物で、アレク資金から出させていただきました」
「ふむ」
ならいいか。であるならば、むしろ大きければ大きいほどいい。お金が掛かっていれば掛かっているだけいい。
「それで、あれかな? やっぱり夜になったら、小屋へ戻るようニワトリを誘導しなければいけないのかな?」
「いえ、勝手に戻ってきますね」
「あ、そうなんだ?」
「そうなのです。自分達の家だとちゃんとわかっているみたいですね」
「ほー、みんな賢いなぁ」
この広い牧場を探し回らなければいけないのかと少し心配したが、その必要はないようだ。ちょっと安心。
……というか、普通に無理だよねそれ。全員探して捕獲して連れて帰るとか、普通に無理だと思う。一生終わらん。
「んー、じゃあ他に僕達はどんなことをすればいいのかな? 牧場の仕事ってのはなんなのかな?」
「ふむ。仕事ですか」
「とりあえずエサやりとか? 放し飼いで草とか食べているって話だったけど、他にはどんな物を用意したらいいんだろう?」
ニワトリっていうと、穀物とかかな? とうもろこしとか?
確かニワトリの卵の黄身が黄色いのは、とうもろこしの影響だとか聞いた記憶がある。
「そこなのですが――ここは牧場エリアなのですよマスター」
「ん?」
「牧場エリア――牧場を営むためのエリアなのです。そしてここの牧草も、牧場を営むための牧草なのです」
「んん?」
えっと、何? どういうこと? 牧場のための牧草?
「それはつまり……ここの牧草は、牧場に適しているってこと?」
「そうです。いくらでも生えてきますし、栄養も豊富です」
「ふむふむ」
そういえば、そんなことをお願いした気もする。
間違っても農場エリアにさせまいと、刈っても刈っても生えてくる牧草をお願いした記憶がある。
「というかですね、この牧草――栄養価がバグっています」
「バグっているの……?」
それはまた、ずいぶんと
「なんかもうすごい栄養なのです。五大栄養素とかがすごいです」
「すごいのか……」
「もはや五大栄養素を超えている可能性すらあります。二十大栄養素くらいあるのではないでしょうか」
「四倍も……」
五大栄養素って、そういうものではなかった気もするけど……。
「というわけで、他の食事を摂る必要もなかったりします。この草だけで生きていけます」
「なんとまぁ……」
それはすごいな、草だけで生きていけるとは……。
しかし、本当に大丈夫なのかね? さすがに栄養が偏っちゃう気もするけど……二十大栄養素ならば問題ないのだろうか。
「えっと、じゃあエサやりはいいとして、他には……あ、卵かな? 卵の回収?」
「卵ですか」
「うん、ニワトリが産んだ卵の回収とか」
「ふふふ……。ではマスター、こちらへ」
「ふむ?」
◇
何やら不敵な笑みを浮かべたナナさんに連れられて、僕達は一度柵の外へ出た。
そして、当初ナナさんからは秘密にされた小屋の前までやってきた。
その小屋は非常にシンプルな作りで、大きめの台に屋根を取り付けただけのような――というか、形状はそのまんま屋台だね。
見た目は屋台で、台の上には――卵が並んでいた。
「これは……?」
「いわゆる――無人販売所というやつですね」
「無人販売所……」
なるほど……。確かに台の隅っこには募金箱みたいな物が置かれている。ここにお金を入れて卵を買う仕組みなのか。
「……というか、この名前はなんなの?」
「はい? 何がですか? 何か問題がありますか?」
「そりゃああるでしょうよ……」
代金を入れる箱の近くには、卵の値段が書かれているのだが……何やらついでに卵の名前も書かれていたのだ。どうやらこの卵には名前があるらしい。
その名前が――
『セルジャン卵』
「……父の卵みたいじゃん」
「セルジャン様の卵であっているのでは?」
「だいぶ違うでしょ……」
確かに『父の牧場で採れた卵』ではあるけど、それを『父の卵』と呼ぶのはだいぶ
「だってこれじゃあ、『父が産んだ卵』っぽく見えちゃわない……?」
「考えすぎですよマスター」
「そうなのかなぁ……」
「そうですとも。実際、この卵はなかなかに売れているのです。そんなふうに考えていたら誰も買わないでしょう?」
「うーむ……」
じゃあやっぱりみんなはそんなふうに考えないのか……。
……でも、ナナさんはそう考えていたと思うんだよね。そんなことを考えながらこの名前を付けたはずだと僕は確信している。
「で、えぇと……つまり卵を回収して、ここに持ってきたらいいのかな?」
「――そこなのです」
「うん?」
「ニワトリは基本的に、先ほどのニワトリ小屋で卵を産みます。産卵箱という、ニワトリが卵を産みやすい環境を用意してあるのです」
「ほうほう。じゃあその箱から卵を回収して――」
「――そこなのです」
「おぉう」
さっきからなんなのよ。どこなのよ。
「回収する必要はありません」
「んん?」
ないの? ないってのは……え? どういうことだろう?
「ときにマスターは――ダンジョン内のゴミの話を覚えていますか? ダンジョンがゴミを回収している話です」
「え? 急に何? ダンジョンがゴミを……? えぇと確か……分別がどうのっていう話?」
確かにナナさんとそんな話をした記憶がある。ダンジョンがゴミを分別して回収しているとか、確かそんな話。
「仕組みとしてはそれと同じです。今度はゴミではなく卵。卵をダンジョンに一旦回収してもらって、それからここへ置いてもらっているのです」
「なんだって……?」
「というわけで、私達が卵を回収する必要はありません。ニワトリが
「それは、ずいぶんと手間が掛からなくてよさそうだけど……」
というより、だからこそナナさんがそう設定したんだろうけど……。面倒くさかったんだろうけど……。
「自動回収に自動陳列。すべて自動です。これこそが――セルジャンシステム」
「セルジャンシステム……」
なんかもう牧場関連のすべてにセルジャンの名前を付けていく勢いだな……。
「えっと……つまりさ、ニワトリ達は勝手に牧草を食べて成長して、それで卵を産んで、そして卵も勝手に回収されて陳列されて売られるの?」
「そうなります」
「じゃあ……僕達は何をすればいいの?」
もはや僕達がやるべき仕事が見当たらないのだけど、牧場の仕事とはいったい……。
「私達の仕事というと――こちらの回収でしょうか」
「…………」
そう言ってナナさんが手を置いたのは、無人販売所の料金箱。
そのお金を回収するだけらしい……。
ほぼすべてをダンジョンが勝手にやってくれて、僕達はお金を回収するだけ……。もはや不労所得である……。
「これこそが――セルジャンシステム」
すごいなぁセルジャンシステム……。
「さてさて、せっかくですし、マスターもひとつ食べてみてくださいよ」
「え? あー、卵か。そっか、そうだね、そうしようかな」
「では私がおごりましょう」
「あ、いいの? ありがとうナナさん」
「いえいえ」
ナナさんは販売所の卵をひとつ手に取り、それから料金箱にお金を投入した。
……まぁそのお金も、そのうち僕達が回収することになるらしいが。
「そして――是非ともマスターには食べ比べてもらいたいのです」
「食べ比べ?」
「まずはこちらのセルジャン卵」
「セルジャン卵……」
やっぱりその言い方はちょっとやめてほしいなぁど……。
「そしてもう一方は――私の卵」
「あー、ナナさんの卵か……」
「どちらが美味しいか、マスターに比べてほしいのです」
「えー……」
next chapter:ナナさんの卵
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます