第483話 セルジャン牧場


 ナナさんと一緒に、ダンジョンまでやってきた。


「んー、こうしてダンジョンに来るのも久しぶりだ」


「六ヶ月ぶりですか」


「そうなるねぇ」


 旅から戻ってきて以降、初めてのダンジョンなのである。


「ようやくマスターもその気になったのですね」


「ん? その気?」


「『これからは僕も牧場を手伝うよ!』などと言っておきながら、一向にその気配を見せなかったもので、いったいどうしたのかと思っていました」


 ……何やらとげがあるなナナさん。


「えぇと、もちろん僕も手伝いたい気持ちはあったんだけどさ、なんというか旅の疲れが――」


「そういえばそんなことを言っていましたね。村の女性陣に一通りちょっかいを掛けた後、『なんかさー、旅の疲れが溜まってるんだよねー。なにせ六ヶ月だからー、六ヶ月だからー』などと抜かしながらベッドでゴロゴロし始めて、その後来訪されたユグドラシル様と三日三晩ちちくりあっていましたね」


「ちちくりあうって……」


「我がマスターながら、どうしようもない俗物ぞくぶつだと再確認しました」


 すごい。ナナさんからの棘がすごい。


「ごめんて、ナナさん」


「いえいえ、別に責めているわけではないのですよ?」


「そうかなぁ……」


 ネチネチとチクチクと責められた印象しかなかったけれど……。


「これからは頑張るからさ。本当の本当に頑張るから、まずは牧場の案内をしておくれよ」


「仕方ないですねぇ。わかりました。これからは心を入れ替えて励んでください」


「お、おう」


 やっぱ普通に責められてない?


「と言っても、実はあまりやることもないので、そこまで気合いを入れて挑むものでもないのですが」


「ふむ?」


 なんか父もそんなことを言っていたね。結構暇っぽい感じだった。だからこそ兼業畜産農家として働けるという話だったが。


「では行きましょうか。扉を抜けると、そこは牧場です」


「あ、うん。牧場エリア自体が始めてだしね、楽しみだ」


 そんな会話を交わしながら、僕達はダンジョンを進む。

 そして7-1エリアへの扉を抜けると、そこは――


「おー。すごいね。見渡す限りの大草原」


「そうでしょう、そうでしょう」


 一面に緑が広がっていて、風でそよそよと揺れている。

 いいねー。なんだか気持ちがいいエリアだね。


「牧場エリアらしく、草原です。……まぁ、むしろ草原しかなかったエリアですが」


「結局何が必要なのか、よくわからないまま始めちゃったしねぇ」


 草原と、あとは川と池。それだけを揃え、あとは誰かどうにかしてくれってな感じで、牧場エリアは作成してしまった。

 ……そして結局、父がどうにかすることになってしまった牧場エリアだが、果たして今はどうなっているのか。


「それで肝心の家畜は――ニワトリはどこにいるのかな?」


「あちらです。あちらが『セルジャン牧場』となっております」


「セル――え?」


「セルジャン牧場です」


「セルジャン牧場……」


 初めて聞いた。そんな名前なのか……。


「どうかしましたか?」


「どうかしたっていうか……すごい名前だね」


「そうですか? お祖父様――セルジャン様が営む牧場なのですから、セルジャン牧場で間違いないのでは?」


「それはそうかもしれないけど……」


「もしや、牧場で駆け回るセルジャン様の大群を想像しましたか?」


「そこまでの想像はしていないよ……」


 だけど、うっかりそんな想像をしちゃいそうな名前だから戸惑ったんだ。

 ……というか、ナナさんに言われて想像しちゃったじゃないか。


「ちなみにその名前、誰が付けたの?」


「私です」


「…………」


 ……まぁそんな気はした。

 父が自ら進んで付けるような名前ではないと思った。


「牧場にもきちんと名称を付けた方が良いのではないかと私から進言しまして、その際『セルジャン牧場』の名前を提案しました」


「父はそれに同意したの……?」


「説得しました」


「…………」


 ……たぶんちょっと揉めただろうな。

 で、結局押し切られる形で父が折れたんだろう。なんかそんな画が想像できる。


「では行きましょう。セルジャン牧場はすぐそこです」


「うん……」


 いろいろと思うところはあるけれど、ひとまず二人でセルジャン牧場とやらを目指して歩き始める。


「というか――あれだよね? あのさく


「そうですね。あの柵の中がセルジャン牧場となります」


 実は7-1エリアに入った時点で、すでに柵は見えていた。

 入り口からだいぶ近いみたいだ。楽でいい。


「それであの柵は、フルールさんにお願いしたんだよね?」


「そうです。マスターに指示された通り、『アレク資金』を使用させていただきました」


「そっかそっか、ありがとうナナさん」


『アレク資金』――何やら大層な名前だが、元はミコトさんに渡そうとしていた仕送りのことだ。


 僕が旅に出ている間の仕送りとして、お金を入れた袋を二十四袋ほど用意してみたのだけど――さすがに多すぎると、ナナさんに額を調整されてしまった。

 そこで余った袋を、もしものときに備えて保管してもらっていたのだ。その袋の名前を、ナナさんは『アレク資金』と名付けたそうだ。

 どうにもナナさんは、いろんなものに妙な名前を付けたがる。……そのあたり、僕にちょっと似ている。


 さておき、僕がお願いした通りナナさんは柵の費用をアレク資金から出してくれたらしい。

 うむうむ、満足だ。直接フルールさんに渡せなかったのは残念だけど、僕からフルールさんにお金を渡したことには変わりない。というわけで個人的にはそこそこ満足。


「それで、柵はいいんだけど……」


「どうされました?」


「柵の前に、何やら建築物が――」


「おっと」


「えぇ?」


 小さな小屋っぽいものが、柵の前に建っているのが見えた。あれはいったいなんなのか。

 そのことをナナさんに尋ねようとしたところ――ナナさんはシュバっと動き、僕の視界を遮ろうと建築物の前に立ちはだかった。


「どうしたのよ?」


「まぁまぁまぁ、今は気にしないでください」


「そうなの……? まぁそう言うなら見ないけど……」


 たぶんナナさん的に、いろいろと披露したい施設の順番とかがあるのだろう。

 よくわからないけど、ナナさんに考えがあるのならそれに従うさ。別に無理やり見ようとはしないよ。


 というわけで建築物から目を逸らし、少し距離をとりつつ柵へ近付く。


「で、これが牧場の柵か。さすがはフルールさんだね、立派な柵だ」


「そうですね。高さとしては六十センチほどでしょうか」


「なるほど」


 ……何気にカーク村の柵よりも高い。というか、普通に倍の高さがある。


「それで、この扉が入り口かな。……ん? これは? これは見てもいいの?」


「ああ、そちらは大丈夫です。どうぞご覧になってください」


「ふむふむ」


 入口の右側に、何やら大きな看板が立っていた。

 何が書かれているのか確認してみると――


『セルジャン牧場』


「……なるほど」


「私が立てました」


 父に逃げ道を与えないつもりだろうか……。





 next chapter:アダムとイヴ

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