第459話 念願の薬草


「いい加減、薬草の説明を始めるぞ?」


「はい、よろしくお願いします」


 クリスティーナ先生の薬草講座。ありがたく拝聴しよう。


 ……ふむ。ついさっきも同じことを考えていた気がする。

 しかし実際には、ありがたく拝聴するどころか邪魔しかしなかった……。今度こそ、しっかりありがたく拝聴させてもらおう。


「さっきも話した通り、薬草には二種類ある」


「怪我用の薬草と、魔力用の薬草ですね?」


「そうだ。まずは怪我用の薬草からいくか。基本的に『薬草』って言ったら、これのことだな」


「ほうほう」


「まぁ薬草の中にも良い物とそうでもない物があるんだが、種類としては一種類。姿形は一緒だ」


 そういえば、僕のダンジョンの救助ゴーレム君に生えている薬草は、かなり良い薬草だとナナさんに聞いた記憶がある。それでも確かに見た目は一緒だった気がする。


「んじゃ実際に探してみるか。薬草モドキを見付けたくらいだし、大体の特徴はわかってんだろ?」


「そうですね。昨日はこの原っぱで、本物の薬草と見比べながら探していました」


 そして、うっかり薬草モドキの方を採取してしまったわけだが……。


「なぁなぁクリスティーナさん。それで結局この原っぱに、本物の薬草は生えているのだろうか?」


「ん? んー、あぁ、あるな。そこそこ生えている」


 スカーレットさんからの質問を受け、辺りをざっと見渡してから、クリスティーナさんはそう答えた。

 ふむ。運悪く僕らが不正解を引いてしまっただけで、ちゃんと生えていることは生えているのか。


「生えてる?」


「生えてるな」


「ふぅん? じゃあ例えば――これとか?」


 スカーレットさんは原っぱにしゃがみ込み、草を一本引き抜いた。

 そしてその草をクリスティーナさんに提示した。


「どうだろう? これは本物の薬草なんじゃないかな? そんな確信がある」


「それはただの草だ」


「…………」


 そう言われてしまう可能性は高かっただろうに、何故先走ってしまったのか……。

 確信とはなんだったのか。その確信はどこから湧いてきたのか……。


 いや、もしかしたらこの物怖じしない性格こそが、勇者の勇者たる所以ゆえんなのかもしれないが……。それにしたって、あまりにも蛮勇……。


 ――あ、いかん。スカーレットさんがぷるぷるしている。恥ずかしさや悔しさからだろう。ぷるぷると震えている。

 ついでにジスレアさんもぷるぷるしている。こっちは笑いをこらえてのぷるぷるだろう。


「――クリスティーナさん、やはりこれも薬草モドキなのですね?」


「だな。薬草モドキだ」


「あまりに本物と似ているため、そんな名前で呼ばれている薬草モドキ。――なるほどなるほど、これでは間違えてしまうのも仕方ない。そうですね? そうですよねクリスティーナさん」


「あ、ああ、まぁそうかな」


 ぷるぷるしているジスレアさんの姿を隠しながら、僕は必死にスカーレットさんをフォローした。

 これ以上パーティがバラバラになるのも、これ以上クリスティーナ先生の薬草講座を妨害するのも避けねばならん。


「ついでに本物も抜いてみるか。それじゃあ――アレク、これ」


「これですか?」


「引き抜いてみろ」


「ほうほう、わかりました」


 クリスティーナさんの指示に従い、僕は薬草と思われる草の根本を掴み、引き抜いた。

 おぉ。するりと抜けた。ほとんど力を込める必要もなかった。


「これが本物の薬草ですか?」


「だな」


「そうですか、これが……」


 僕は薬草を高々と掲げ――


「念願の薬草を手に入れました!」


「お、おう。なんだ急に……。そこまでか……」


 ここまでずいぶんグダったからなぁ。数々の失敗を乗り越え、ようやく手に入れた念願の薬草。

 僕もついつい歓喜の台詞を叫んでしまった。このあと奪われないように気を付けないと。


「なんかよくわかんねぇけど、よかったな」


「ありがとうございますクリスティーナさん」


 まぁ『これが薬草だから抜いてみろ』と、一から十まで指示されて採取した薬草で、ここまで誇っていいのかって話ではあるが……。

 そうはいっても初めて自分で採取した薬草には違いない。少しは喜んでいいはずだ。そうだろう。きっとそのはず。


「なぁなぁクリスティーナさん。私も本物を引き抜きたいのだが」


「ん。じゃあ――これだな。こいつが本物だ」


「ほうほう。では失礼して」


 スカーレットさんの要望に応え、クリスティーナさんは新たな薬草を探し出してくれた。

 スカーレットさんはその薬草を嬉しそうに引き抜き――僕と同じように高々と掲げた。


「ふふふ。これで私も薬草の採取に成功したわけだ」


「おめでとうございますスカーレットさん」


「ありがとうアレク君」


 ちょっとだけ、『あ、すまん。それもただの草だった』と言われる展開を期待してしまった僕がいた。


「それじゃあジスレアとヘズラトも、一度引き抜いとくか」


「うん」


「キー」


 続いてクリスティーナさんはジスレアさんとヘズラト君にも本物の薬草を伝え、二人も薬草を引き抜いた。


 それからクリスティーナさんは、最初にスカーレットさんが引き抜いて、その後に打ち捨てられた薬草モドキを拾い上げ――


「んで、こっちが薬草モドキな」


「なるほど……。確かに根が違いますね。ひと目でわかるほどに違う」


 見比べてみると、はっきりわかる。

 細くて短い本物の薬草の根に対し、薬草モドキの根は長く、密度も濃い。


「そこが一番簡単な見分け方だな。薬草っぽい草を見付けたら、とりあえず引き抜いてみて、根が短かったら本物だ」


「ふむふむ」


「抜いた瞬間にわかるんじゃねぇかな。全員、本物の薬草は簡単に引き抜けたと思う」


「確かにそうでした」


 非常に明解な判別方法だ。これはいい。とてもわかりやすい。


「……あれ? でもクリスティーナさんは、引き抜く前から本物とモドキを見分けていましたよね?」


「あー、まぁ他にも微妙な違いがいくつかあってな。葉っぱの筋――葉脈とかいったっけか? それの違いとか」


「ふむ」


 そう言われ、本物とモドキを見比べてみるが……よくわからんな。


「あとは、葉っぱがくきを抱くように生えているところとか」


「ふむ」


 ……よくわからん。


「それから、本物は葉っぱに小さな黒点がポツポツついているかな」


「んん?」


「裏から透かしてみるとわかる」


「えーと……あぁ、確かに」


 言われた通りに葉っぱの裏をじっくり観察したら、発見することができた。

 とはいえ、これをするくらいなら引き抜いちゃった方が早そうではあるが……。


 うーむ。現状では実際に抜いてみないと判別するのは難しそうだ。根以外の見た目では判断がつかない。


「……ふと思ったのですが」


「ん?」


「薬草モドキの方は、食べるとどうなるんでしょう?」


 根っこという明確な判断基準があるため、おそらく間違うこともなさそうだが、ちょいと気になった。

 どうなるの? やっぱりニラとスイセンみたいな関係で、薬草モドキは食べると体に害があるの?


「別にどうもなんねぇな」


「あれ? そうなんですか?」


「毒もないし、なんだったら一応は食えるもんらしいぞ? 別に美味くもねぇけどな」


「ほうほう」


 この言い回し、あるいは食べたことがあるのだろうか?

 さすがはクリスティーナ先生。薬草に対して詳しくて、薬草モドキに対しての造詣ぞうけいも深いようだ。

 そんな先生曰く、とりあえず薬草モドキに害はなく、むしろ食べられるらしい。スイセンよりもだいぶ良心的である。


 ……それにしても、結構謎の植物よね。本物の薬草と薬草モドキ。

 僕が思うに、本物の薬草は――ディースさんが作ったのだと予想している。こんな植物――食べるだけでなんでも回復するファンタジーな植物、おそらくはディースさんだろう。ディースさんが作ったのだと考えるのが自然。


 ――では、薬草モドキはなんなのか。

 薬草に酷似している薬草モドキ。これはなんなのだろう。……偶然か? 偶然たまたま似た植物が自生しただけか?


 もしかすると、こちらもディースさんが作ったんじゃないかな?

 ただ薬草を生やすだけってのも味気ないと考え、ちょっとしたジョークで作った薬草モドキ。――だから毒もなくて、一応は食べられる草だったりするんじゃない?


 そんな予想を僕は立ててみたのだけど――


「どうかしたか?」


「あ、えっと、少し考え事をしていまして、やっぱりこの薬草は神様が作った物なのかと――」


「そうだな。エルフの神様――世界樹様だな」


「……はい?」


 ユグドラシルさん……? ディースさんのことを言ったつもりが、なんか唐突にユグドラシルさんが出てきた。

 え、何? どういうこと? ユグドラシルさんがなんだって?


「あん? もしかしてエルフのくせに知らねぇのか? 薬草は世界樹様が作った物なんだろ?」


「……そうなんですか?」


 無駄に長々と語っていた僕の予想とは、まったく違う事実がクリスティーナさんより伝えられた……。

 前提としていた『とりあえず本物の薬草はディースさん説』もくつがえされてしまった……。


 何もかも初耳だ。ユグドラシルさんが薬草を……?

 僕が戸惑いながら同じエルフ族のジスレアさんを見ると――


「薬草は、世界樹様が作って世界に広めた」


「うん、私もそう聞いたことがある。知らなかったのかアレク君」


「キー」


 ジスレアさんどころか、スカーレットさんとヘズラト君にもそう言われてしまった。

 僕よりだいぶ年上のジスレアさんとスカーレットさんならまだしも、ヘズラト君まで知っていたのか……。それは常識なのか……。


 ……なるほど、確かに理解はできる。

 なんせ世界樹様だしな。そういう植物との親和性は非常に高そう。エルフ族どころか、人族ですら納得してしまうほどの説得力。


 じゃあ、そうなのかな? やっぱりユグドラシルさんが?

 どうなんだろう……。わかんないけど、とりあえずできないこともない? 世界樹ユグドラシルさんなら、そんな植物を生み出すことも可能か?

 だがしかし、やはり創造神ディースさん説も捨てがたいところで……。


 なんかエルフ族も人族も信じているのに、ユグドラシルさん本人と相当親しい僕だけが疑っている状態になっているな……。

 でもなぁ。実際に確認したら、困った顔をしながら『わしではないのじゃ……』って項垂うなだれるユグドラシルさんも想像できてしまうのよね……。





 next chapter:VS大ネズミ11

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