第438話 ラフトの町の修道女エルザ
「ごめんくださーい」
というわけで、今日も町の教会へとやってきた。
なんと今日で――五日目だ。五日連続で礼拝している僕である。
それというのも、例の修道女さんに会えないのだ。可愛いと噂の修道女さんに、未だ出会えていない。出てくるのは神父のおじさんばっかりだ。
初日から昨日までで、僕に対応してくれた教会の人は――おじさん、おじさん、お婆さん、おじさんというローテーションであった。
仕方がないので、教会に訪れては創造神像を眺めて、おじさんやお婆さんと軽く世間話をして、一応お
そろそろお姉さんが来てくれないものか……。もしくは、お姉さんの出勤日を教えてくれないものか。あるいは、教会に『チェンジ』のシステムを導入してくれないか……。
ジスレアさんやスカーレットさんからは、『アレクは毎日何をしているの……?』と、軽く不信感を抱かれる状況で、さらにはこのままでは教会の人達にも不審がられてしまうかもしれない。
というか、普通に考えて五日連続で現れる仮面男は、もうそれだけでかなりの不審者だ。
僕としても、いい加減焦れったいし……そろそろ不安にもなってきた。
僕が感じる不安。それは――
「本当に、美人修道女さんはいるのだろうか……」
ここまで会えないとなると、その存在すら疑わしくなってくる。
そもそもの発端は、『この町の教会には、可愛らしい修道女がいた』というジスレアさんの情報からだった。その言葉を頼りに、僕は今まで美人修道女さんを探していたわけだが……。
少し気になるのが――三日目に現れたお婆さんの存在だ。
もしやジスレアさんは、このお婆さんのことを可愛らしい修道女と言ったのではあるまいか。
何十年も前にこの町へ寄ったとき、このお婆さんを見て『可愛らしい修道女』と思ったのではなかろうか……。
こんな仮面の不審者にも丁寧に接してくれた、優しくて親切なお婆さんではあったが……さすがにあのお婆さんを可愛らしい修道女として見るには、僕は若すぎる。
できたら修道女さんも、もうちょっと若めな人だと嬉しいのだけど……。
「どうしたもんか。このまま美人修道女さんの幻影を追いかける日々が続くのだろうか……」
教会の人に聞くか、ジスレアさんに再度確認したらいいのかもしれないけれど、それもなんかねぇ……。
そんなことを思いながら、とりあえず今日も創造神像を拝んでこようかと、礼拝堂の通路を進んでいたところ――
「ファッ!?」
いた! いたぞ! 可愛らしい修道女さんがいた!
礼拝堂の端っこで、
立てた箒の
僕は慌てて駆け寄り――
「お、お金を! お布施を受け取ってください!!」
「え……。何……?」
◇
……自分でもビックリしたわ。いきなり何を言い出すのか僕は。
ずっと待ち望んでいた修道女さんの登場で、我を忘れてしまったらしい。そして思わず口をついて出た言葉が、『お金を受け取ってください!』であった。正直自分でもどうかと思う。むしろちょっと引く。
いったいいつから僕はこうなってしまったのか……。
思わず叫んだ言葉ってことはさ……つまり僕の本心なわけでしょ? 『お金を受け取ってほしい』ってのが僕の本心で、偽らざる僕の願いなわけだ。
そして実際に女性へお金を渡すことができると、喜びやら快感やらに打ち震える。それが僕の生態で、もはや僕の性癖となってしまっている……。
だいぶやばい。改めて考えると、だいぶやばい人だ。
というか、そうなると僕は初対面の相手にいきなり己の歪んだ性癖をぶちまけたことになるわけで、そこもだいぶ反省した方がいい。
「どうかした?」
「あ、えっと、すみませんでした。初対面だというのに、いきなり変なことを言ってしまいました」
「気にしてないわ。仮面を付けた変質者が変なことを言うのは当然でしょう?」
わりと毒吐くなこの修道女さん……。
でもまぁ、仮面のことを抜きにしても、変質者と呼ばれるに値する人間だと今まさに認識できたばかりなわけで、そう言われても仕方がない気もする。
「その、いつも教会へはお布施を渡していまして、今日も渡そうと思ったんです。そうしたところ、いつもの神父さんではなかったもので、ちょっと戸惑ってしまい……」
とりあえずそういうことにしてみた。毎回お布施を渡していたのは事実だし、何も自ら自分の変態性を暴露することもあるまい。
「そう。いつもの冴えないおっさんかと思いきや、私が出てきて驚いたのね?」
「えぇと……」
神父さんにまで毒を吐く……。
「あなたが驚くのも仕方がないわ。私は可愛いから」
「はぁ」
ちなみにだが、僕が言ったわけじゃない。ジスレアさんも『可愛らしい修道女』と言っていたし、その意見には僕も同意するけれど、その評価を直接本人に伝えたわけじゃない。勝手に自分から『可愛らしい修道女』を自称しだしたのだ。でも許せる。なにせ可愛いから。
……しかしながら、ちょっと気になることがある。この修道女さんは、『可愛らしい』という形容詞が似合うだけあって、見た目もかなり若い。
ひょっとしたら、僕より若いんじゃないかなって――――あ、いや、それはまずい。さすがに十八歳未満はいろいろとまずい。
「ひとまず自己紹介しましょうか。私はエルザ。ここの修道女ね」
「エルザさんですか」
「呼び捨てでいいわよ? 見たところ、たぶん私はあなたより年し――」
「待ってください。やめましょう。年齢の話はやめましょうよ」
「そう……? いえ、別にいいのだけど……」
教えないでほしい。僕に年齢を教えるのはやめてほしい。
後々、『十八歳未満だとは知らなかった』という言い訳ができなくなってしまう。
「それで、呼び方。あと、敬語もやめてほしいのだけど?」
「さすがにそれはちょっと……」
「なんでよ……。ならせめて、『エルザちゃん』でお願い。さん付けで敬語は、なんだかくすぐったいわ」
「そうですか……。では、エルザちゃんと呼ばせてもらいます」
とりあえず敬語だ。敬語は大事。
敬語を使うことで、『まさか年下だとは思わなかった。十八歳未満だなんて思いもしなかった』というアピールになるはず。
さて、そんなエルザちゃんだが――外見のことで、もうひとつ気になることがある。あるいは、若い外見よりも気になることがある。
それがエルザちゃんの背中に見える――
ラフトの町には様々な人種の人達が生活していて、ケモ耳や尻尾を生やした獣人族も多く見られる。
だがエルザちゃんの翼と尻尾は、そういった獣人族の人達とも、若干違うように見えるのだ。
「もしかしてエルザちゃんは、人族ではないのでしょうか?」
「そうね。私は人族ではなくて、獣人族でもないわ」
「となると……」
「私は魔族。――サキュバスなの」
サキュバス……。そうか、魔族だとは予想できたけど、サキュバスの人だったか……。
ふーむ。サキュバス。サキュバスかぁ……。
next chapter:エロいことを考えたでしょ?
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