第437話 アレク君は女好き


 結局、パーティ名を決めるのに三日ほど掛かった。

 連日スカーレットさんと深夜まで議論を重ね、ジスレアさんに呆れられたりもしたが、ようやくパーティ名も固まりかけてきた。――固まりかけてきたのだ!


 というわけで、厳密にはまだパーティ名が決まっていない状態ではあるが……おそらく明日か明後日くらいには決まるはず。

 そうしたら三人でギルドへ赴き、パーティを登録し、いよいよ冒険者としての活動が始まる。


 ――だがしかし、その前にもうひとつ、やっておきたいことがある。

 そのことを伝えるため、ジスレアさんとスカーレットさんに集まってもらい、僕は二人の前で口を開いた――


「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」


「……うん?」


「敵のことを知って、自分のことも知っていれば、百回戦っても負けないということです」


 前世で聞いたこの格言を、二人に説いてみた。


「なるほど。誰の言葉?」


「はい?」


「なかなか興味深い言葉だと思う。誰の言葉?」


「あ、えっと…………僕の言葉です」


 盗作! これ以上ないほどの――盗作!


 とっさになんて答えたらいいかわからなくて、つい僕の言葉ということにしてしまった……。

 えぇと、実際には誰だったかな? 孔子こうしか? 確か孔子だったか。申し訳ないな。孔子の人に申し訳ない……。


 まぁ振り返ってみると、今までさんざん木工作品等で盗作を繰り返してきた僕なわけで、いろいろと今更な感じはするけれど。


「とにかくですね、冒険者としての活動を始める前に、自分のことを知っておきたいと思ったわけです」


「それは……つまりどういうこと?」


「つまりは――鑑定です」


 鑑定だ。久々に鑑定して、自分のステータスを確認してこようと思う。

 最後に鑑定したのが旅行出発前のメイユ村なので、かれこれ三ヶ月以上前のこととなる。いやはや、本当に久々の鑑定である。


「そういうわけで、今日は教会に行こうと思います」


「そう。わかった。案内はいる?」


「あ、できたらお願いしてもいいですか? というか、ジスレアさんはこの町の教会に行ったことが?」


「ある。――たぶんあの教会は、アレク好みだと思う」


 うん? 僕好みの教会? それはいったい――


「以前覗いてみたのだけど、この町の教会には――可愛らしい修道女がいた」


「なんと! それは本当ですか!? …………まぁ僕としては、その辺りは別に気にしていませんけど」


「…………」


 教会に可愛らしい修道女さんがいると聞いて、ついつい浮かれてしまった。

 ジスレアさんやスカーレットさんがいる手前、慌てて取りつくろったのだけど……果たして間に合ったかどうか。


「アレク君は本当に女好きだなぁ」


「ぐぅ……」


 どうやら間に合っていなかったようだ……。スカーレットさんから、いわれのない疑いをかけられてしまった。


「ギルドにいたクリスティーナさんもそうだけど、アレク君はどれだけ自分の周りに美女をはべらせたいのか」


「いえ、別にそのようなことは……」


「私のような美女がいるというのに、まだ足りないと言う」


 そう言ってスカーレットさんは――金剛力士像のようなポーズをとった。


 ……うん? 金剛力士像?

 えっと、もしかしてそれは、スカーレットさんなりのセクシーポーズのつもりなのだろうか?


 ……だいぶ間違っている。少なくともセクシーとは違う。勇ましくポーズを決めるスカーレットさんからは、むしろ力強さや勇猛さを感じさせる。

 まぁポーズひとつでそんなものを醸し出すスカーレットさんは、それはそれですごいような気もして、さすがは勇者スカーレットさんといった感想も抱いたけれど。


「さておき、とりあえず教会で鑑定をしてきます。ジスレアさん、教会までの道のりを――紙に書いていただけますか?」


「紙に?」


「はい。わざわざ案内してもらうのも申し訳ないですし、地図を書いていただけたら、それで十分です」


「…………うん。別にいいけど」


「ありがとうございます」



 ◇



 ジスレアさんに書いてもらった地図を手に、教会までやってきた。


「ふと気が付いたのだけど……こうして町の中を一人で歩くのは初めてだ」


 知らない町だし、怪しい人がいるかもしれないし、そもそも僕自身が怪しい仮面の人だったりするわけで、一応は一人歩きを避けていた。


 だというのに、今回はうっかり一人で出てきてしまった。

 ようやく修道女さんに――ではなく、教会で鑑定ができることに気持ちが舞い上がり、るんるん気分で外出してしまった。


「まぁいいや。ひとまず無事に到着だ。地図の通りなら――ここがラフトの町の教会」


 目の前の白い建物。周りの民家と比べると、一回り大きな造りで、壁には十字架が飾られているのが確認できる。

 うん。間違いない。ここが教会だ。


 何やらとても綺麗な字を書くジスレアさんだが、地図も綺麗でわかりやすかった。

 僕はジスレアさんに感謝しながら地図をしまい、そのまま歩を進め、教会の扉に手をかける。


「ごめんくださーい」


 挨拶をしながら中に入る。教会内は、入ってすぐに礼拝堂となっており、通路を挟んで長椅子が並んでいる。

 そして通路の先には祭壇さいだんが設置されていて…………おぉ?


 祭壇のさらに奥、像が立っている。女性の像だ。あれはいったい――


「あ、そうか! 創造神像か!」


 そうだそうだ。創造神像だ。この町の教会には、ディースさんの像がまつられているんだった。

 すっかり忘れていた。僕はその像を見学することも楽しみにしていたんだ。


 すぐさま駆け寄って眺めてみたい衝動に駆られたが、教会内ということもあり、僕は気持ち早歩きで――なんとなく僕の場合は全力で早歩きをしても問題ないんじゃないかと思いつつも、気持ち早歩きで通路を進み、祭壇までたどり着く。


 そして、間近で神像を目にしたわけだが――


「はー、これが創造神像……」


 高さは二メートルほどだろうか。ゆったりとした服を身にまとい、両手を水平に広げる女性の木像。両の瞳は閉じているが、それでも優しげで慈悲深い表情だと感じさせる。

 なるほど――神々しい。神々しい神像だ。


「……ふむ。僕が作る神像とは、若干おもむきが違うような気もする」


 教会の創造神像は、なんか普通に美術品っぽい雰囲気がある。あんまり美少女フィギュア感がない。

 ディースさんがモデルなだけあって、胸部の厚さはえらいことになっているのだが、それでもどうにかこうにかエロチシズムを抑え込み、神聖さを表現しようとする努力が伝わってくる。


「なるほどなぁ。神像ってのは、こういうものなのか……」


 この神像を見て思うのは――僕がカーク村の教会に寄贈きぞうしたディース神像のこと。


 やっぱり教会で祀るのだから、この神像のように、厳かで神々しいやつの方がよかったかもしれない。

 なんか普通にセクシーで扇情せんじょう的なディース神像を寄贈してしまった。良かれと思って寄贈したのだけれど、もしかしたらちょっと間違っていた可能性が……。


 といった感じで、いろいろと思案に暮れながら教会の創造神像を見学していると――


「おや、お客さんですか?」


「あ、こんにちは」


「はい。こんにち…………こんにちは」


 奥の部屋から、神父さんと思われるおじさんが現れた。

 挨拶に一瞬口ごもったのは、僕の仮面を見たからだろうか? それでもなんとか立て直し、しっかり『こんにちは』と挨拶を返してくれた。このおじさん、なかなかに良い人だ。


「……あれ?」


「どうかなさいましたか?」


「神父さん?」


「はい?」


「神父さん……」


 え、あれ? えっと、神父さんなの? 修道女さんは? ……あれぇ?



 ◇



「ただいま戻りました」


「おかえりアレク。鑑定はどうだった?」


「今日はできなかったので、明日また行ってこようかと思います」


「え? できなかった? 教会で鑑定できないとか、そんなことが……?」


「ええまぁ……」


 なにせ、おじさんが出てきてしまったもので……。

 なので仕方ないです。指名とか、そういうのもないらしいので――とりあえずお姉さんが出てきてくれるまで、連日通おうかと思います。





 next chapter:ラフトの町の修道女エルザ

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