第425話 ラフトの町の冒険者クリスティーナ2
一生懸命すがったら、もうしばらく居てくれることになった。
やはりこの冒険者さん、悪い人ではなさそうだ。――というか、良い人っぽい。
うん。良い人だよね。僕が『お金を払いますから、もう少しだけ』と提案しても、『別に金はいいわ……』と遠慮されてしまったほどだ。とても良い人。
こんなに良い人で、しかも美人さん。むしろ僕としては、ますますお金を払いたくなってしまうのだけど――
さておき、とりあえず一緒に居てくれるとのことで、僕と冒険者さんは隣に並んで椅子に座った。
「あ、まずは自己紹介しましょうよ。名前がわからないと話しづらいです」
「ああ、別にいいけどよ……なんだか最初の様子とはずいぶん違うなぁお前」
まぁねぇ……。ギルドに着いてからというもの、受付嬢さんはいないし、ジスレアさんとスカーレットさんには置いていかれるしで、どうにも楽しい展開ではなかった。
その後は怖いテンプレに見舞われるんじゃないかと一人でぷるぷる震えていたのだけど――捨てる神あれば拾う神ありだ。
こうして幸運にも美人さんと知り合うことができて、否が応でもテンションが上がってしまっている。
「まぁまぁ、とにかく自己紹介です。僕はアレクって言います」
「ふーん。アレクか」
「はい。遠くから旅をしてきて、昨日この町に着いたところなんです」
「へぇ? 旅? 遠くから?」
「そうですね。もうかれこれ三ヶ月ほど旅をしています」
……うん。嘘は言っていない。
そのうち二ヶ月はカークおじさん宅で居候だったけど、一応は三ヶ月の旅と言っても間違いではないはず。そのはず。
「それで、お姉さんは? お姉さんのお名前はなんでしょう?」
「お姉さんってほど、お上品なもんでもねぇけど……アタシの名前はクリスティーナ。この町で冒険者をやっている」
「クリスティーナさんですか」
ほうほう。なんだかお上品な名前だ。
目鼻立ちがはっきりした、長い黒髪の美女クリスティーナさん。口調や物腰はワイルドだけど、名前はなんだかお上品。
なるほど。つまりは――ギャップ萌えだ。
たぶんギャップ萌えってやつだろう。知らんけど。
「素敵なお名前ですね」
「そうかぁ? 自分の名前ながら、ちょっと可愛すぎる名前なんじゃねぇかっていつも思うわ」
ギャップ萌え。ギャップ萌えですよクリスティーナさん。
「まぁアタシの名前なんかよりさ、アレクは旅をしてきたってことらしいけど――」
「ええはい、旅をしてきましたが?」
「なんでだ?」
「はい? なんで?」
「アレクはまだ若いだろ? なんで旅なんか――つうか、実際いくつなんだ?」
「歳ですか? 今、十八歳です」
「はーん。十八。まぁ確かに子供と言えるような、そうでもねぇような」
そうなのよ。そんな微妙なお年頃なのよ。
「それで、なんで十八歳が旅なんかしてんだ?」
「あー、それはですねぇ……。いろいろと複雑な理由がありまして……」
「なんか悪ぃことでもして追い出されたか? 顔隠してんのは、それが理由だったりすんのか?」
「違いますよ……」
なんでいきなり逃亡犯扱い……。
確かに半ば強制的に始まった旅ではあるけど、別に追い出されたわけでもないし、悪いこともしてない。
「
「掟?」
「若くて優秀な子は旅に出るべしっていう、そんな掟があるんです」
「……他に誰かいなかったのか?」
どういう意味か。
そのセリフからは、『もうちょっと他に誰かいなかったのかよ。よりにもよってアレクかよ……』みたいな印象を受けたのだけど、いったいどういうことか。
そもそもクリスティーナさんとは会ったばかりだというのに、なんでもうすでにちょっとダメな子扱いをされてしまっているのか……。
「別に僕も自分が優秀だとは思っていませんけどね……。とにかくそういう掟があって、旅をすることになったんです」
「ふーん……。それはあれか? 村の掟なのか?」
「エルフの掟らしいですよ?」
「へぇ? そうなのか、エルフってそんな掟が…………あん? エルフ? アレクはエルフなのか?」
「あぁはい。エルフです」
おっと、そういえば伝えていなかった。この世界のエルフは耳も長くないし、自分から言わないとわからないか。
あるいはエルフらしいイケメンフェイスでも
「ってことは、アレクは顔がいいのか?」
「はぁ、顔ですか。それは、どうなんですかね……」
「その仮面の下は、えらい整った顔だったりすんのか?」
「えぇと、僕としてはなんとも……」
やはりクリスティーナさんも、エルフと言えば美男美女ってイメージがあるらしい。
まぁ実際僕もそうなんだけどさ。クリスティーナさんの言う通り、結構なイケメンではあるのよ。
とはいえ、その問いに『そうです。イケメンです』とは答えづらい。毎度のことながら、やっぱりどうしても
「おうおう、なんだよ、ちょっと見せてみろよ」
「え? あ、ちょ」
「へいへい、どうなんだよ」
「やめ、やめてください」
僕の素顔を暴こうと、クリスティーナさんがこちらへ手を伸ばしてきた。
と言っても、クリスティーナさんも本気で仮面を引っ剥がそうという感じでもなく、僕をからかうような雰囲気だ。軽くふざけつつ、僕のほっぺたをツンツンしてきたりする。
「うりうり」
「あぁ、そんな、そんな」
髪をわしわしされたり、ほっぺをむにむにされてしまう僕。
いかん、どうしたものか。これは困った。
美人なお姉さんにもてあそばれて――何やら妙な興奮を覚えてしまう。
困ったな。一応口では『やめてください』と言ってみたものの、やめてほしいとは欠片も思っていない僕がいる。
「うぅ、わかりました。――お金を払います」
「なんでだよ……。悪かったよ。別にただの冗談で、そんな無理やり素顔を見ようとはしねぇよ……」
あ、違うのに。そうじゃないのに……。
むしろ感謝を伝えたかったのに。むしろ僕としては、お金を払いたくなるほどの喜びを覚えていたというのに……。
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