第385話 ただがむしゃらに速く動けばいいってものでもなくて、テクニックが重要なんだ
さてさて、いよいよこれからかけっこだ。
僕と大ネズミのモモちゃんによる五十メートル走が行われるわけだが――
「ちょっとディアナちゃんにお願いしていいかな?」
「んー?」
「できたら、スタートの掛け声を頼みたいんだ」
「掛け声?」
ディアナちゃんは競争に参加しないということなので、それならスターターをやってくれないだろうか? スタートの合図を出してほしいんだ。
「掛け声って、なんて言えばいいの?」
「『よーい、ドン』で……あ、
「ふーん? 一回手を? うん、いいけど」
「ありがとうディアナちゃん」
言葉で言うよりも拍手の方が、なんかそれっぽくスタートを切れそうな気がする。
あるいは『よーい』の部分も、『オン・ユア・マーク――セッ』の方が、もっとそれっぽくなりそうだけど……まぁ今回はいいや。
「ん、じゃあバッグも持ってたげる」
「そう? ありがとう」
「モモも」
「キー」
僕達のマジックバッグをディアナちゃんが預かってくれた。
少し軽くなった肩を回しながら、僕達はディアナちゃんにお礼を言った。
「……けどさ、勝負したところでアレク勝てなくない? モモどんどん速くなってるし」
「ふむ」
「ちょっともう厳しいでしょ。もっと早くに、モモがまだ遅いうちに勝負したらよかったのに。これから先は差がついていく一方だし」
「ふむ」
これから先、僕が速くなるって可能性を完全に排除している点について少しばかり思うところはあるけれど……確かにディアナちゃんの言うこともわかる。
レリーナちゃんの見立て通り、僕の『素早さ』が7ならば、『素早さ』10のモモちゃんに勝てるはずもないだろう。それはまぁその通り。
しかし、とはいえだ――
「案外いい勝負になるんじゃないかって思ったりもする」
「そうなの?」
「僕が思うに、例え短い距離の競争だとしても、速く走るためには――技術がいるんじゃないかな?」
技術。腕の振りや、足の運び、重心の移動。速く走るには、そういったひとつひとつの要素が大事で、それらは全部技術が必要。
いくら『素早さ』が高いからといって、めちゃくちゃなフォームでドタバタと走ったら、きっと良いタイムは出ないだろう。高い『素早さ』も活かしきれないはずだ。
つまり僕が何を言いたいかというと――
「ただがむしゃらに速く動けばいいってものでもなくて、テクニックが重要なんだ。そんなふうに僕は思って…………うん?」
「ん?」
「……あ、違くて。いや、その、変な意味じゃなくて」
「変な意味?」
「えぇとえぇと……ごめん。なんでもない」
「さっきから何言ってんの?」
「…………」
いや本当にね……。本当に何を言っているんだ僕は……。
「……うん。とにかくさ、僕の高い『器用さ』を活かして、それでどうにかモモちゃんに対抗できないかなって、そんなことを考えているのよ」
「ほーん。『器用さ』でねぇ」
技術。テクニック。『器用さ』。
例え『素早さ』で劣っていようが、『器用さ』で補える部分はあるはずだ。
とりあえず『器用さ』ではモモちゃんにだいぶ勝っている僕だ。レベルアップ前の時点で十倍近く差があった。それでなんとかならんだろうか。
「というわけで、そろそろ始めよう。ちょっと準備するね」
「うい」
ディアナちゃんに待ってもらって、僕はスタートの準備に入った。
地面に手と
それから前もって引いておいたスタートラインに両手の指を合わせ、スタンバイ完了だ。
「その体勢から走るの……?」
「うん」
「……まぁいいや。じゃあ合図するけど、モモも準備はいい?」
「キー」
さぁいよいよスタートだ。いつものようにモモちゃんには、手を抜かず、気を遣わず、全力で来てもらうようお願いしておいた。ガチンコの五十メートル走、開幕である。
僕は一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、ディアナちゃんの声に集中する。
「それじゃいくよー。よーい…………ふふ」
僕が腰を上げてクラウチングスタートの姿勢をとると、そのポーズが面白かったのか、ディアナちゃんがちょっと笑った。
危うくその笑い声に反応して飛び出しそうになったぞ……。
さておき、どうにかフライングの危機にも耐えた僕は、ディアナちゃんの拍手を待って――
『――パン!』
「ぬん……!」
ディアナちゃんの拍手が聞こえた瞬間、僕は両足に力を込め、スタブロを蹴り、弾丸のように飛び出した。
……たぶん弾丸だ。そのくらいの勢いはあったと信じたい。
「キー!」
「おー」
隣でモモちゃんも駆け出したのを感じる。そしてのんきなディアナちゃんの声。
ひとまずスタート時点では僕にリードがある。
やはりスタブロの効果は絶大だ。高い『器用さ』もあって、見事なスタートを切れた気がする。
よしよし、やはり『器用さ』だな。『器用さ』でゴリ押しするんだ。この後も正しいフォームで正確に走れば、きっとモモちゃんにも勝てるはず。
……まぁ改めて考えると、これだと『素早さ』検証とかそういう話ではなくなって、本来の目的からは離れてしまった気もする。
「キー」
「ぬー」
「おー、競ってる競ってる」
うん、いいんじゃないか? とりあえず今のところいい感じだ。ディアナちゃんの言う通り、わりと接戦な雰囲気だ。
もしかしたら、ここが森エリアだということも影響しているのだろうか?
エルフは森でプラス特性が付くからな。地形効果がちょっと出ているかもしれない。
ふむ……。スタブロでスタートダッシュに、『器用さ』に、森特性に……。ますますもって『素早さ』検証とは関係がなくなってきたな。むしろ自分に有利なシチュエーションに引き込んで、なりふり構わず勝ちに行った雰囲気すら出てきた。
「キー!」
「ぬぅ……!?」
「およ?」
……あ、ダメだ。じわじわモモちゃんに離されている。
やっぱりダメか。勝てないか。とりあえず『素早さ』9以下は確定な感じか? 結局『素早さ』7くらいなのか?
くそう。結果的にとはいえ、いろいろ画策して貪欲に勝利を目指したというのに……。それでも『素早さ』の壁には勝てないのか……。
「がんばれー。アレクー、がんばれー」
心が挫けそうになった僕を、ディアナちゃんが応援してくれている。
ありがたい。ディアナちゃんのその気持ちは、素直に嬉しい。
その声援に応え、最後まで全力で頑張りたい。
ってなことを、思わなくもないのだけど……。
「いけいけー。アレクもモモも、がんばれー」
――平然と並走してくるのは、どうしたものか。
僕とモモちゃんとディアナちゃんの――三人分のマジックバッグを担いだ状態で、笑顔で声援を送りながらピッタリ横を並走してくるディアナちゃん。
そんな余裕しゃくしゃくなディアナちゃんを見ると、やっぱりなんだか心が挫けそうになる。
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