第384話 モモちゃんとかけっこ


 なんやかんやあって、大ネズミのフリードリッヒ君が天界から帰ってきた。

 一週間ぶりの再会。久しぶりの再会で、感動の再会だったと思う。


 ――ただ、この『一週間ぶり』というのは、あくまで僕の時間感覚である。

 天界と下界では時間の流れが異なっているため、フリードリッヒ君からすると『一週間ぶり』ではない。


 僕が天界で十日間過ごしたときも、下界では一瞬の出来事だった。

 ほんの一瞬でも十日以上……。だとすると、僕が下界で一週間過ごしている間、天界のフリードリッヒ君はどれだけの月日を過ごしていたのか……。

 どれだけ過ごし、どれだけ経験を積み、どれだけ強くなったのか……。


 なんてことを、ついつい考えてしまいそうになるが――実際にはそんなこともなかったりする。

 事実、現在のフリードリッヒ君のステータスは――



 名前:リンゴ

 種族:大ネズミ 年齢:1

 職業:大ネズミ見習い

 レベル:7(↑2)


 筋力値 5(↑1)

 魔力値 2(↑1)

 生命力 3(↑1)

 器用さ 4(↑1)

 素早さ 10(↑2)


 スキル

 大ネズミLv1 剣Lv1


 スキルアーツ

 エアスラッシュ(剣Lv1)



 ――こんな感じだ。

 天界へ行く前と後で、何も変わっていない。


 話によると、僕が下界に戻った瞬間に、ディースさんが時間の流れを下界と合わせたらしい。

 そのため僕が帰還した後のフリードリッヒ君の天界滞在時間もまた、ほぼ一週間だったそうだ。

 ……というか、そうでなければ僕もフリードリッヒ君を天界に放置なんてしない。すぐに呼び戻していただろう。


 ということで、僕は下界で一週間、フリードリッヒ君も天界で約一週間。結局やっぱり僕達は一週間ぶりの再会だったわけだ。

 逆に言えば、一週間ぶりの再会であれだけの感動シーンを演出できたのだから、むしろ僕達の絆はとてもとても深いのだと再確認できた気がする。なんかそんな気がする。


 ――そして、そんな固い絆で結ばれた僕とフリードリッヒ君は、久しぶりに背中へ乗せてもらい、一緒に『世界樹様の迷宮』までやってきた。

 とりあえずの目的としてはアレクルームの清掃だ。ミコトさんへ部屋を引き渡す前に、最後の清掃をしようと思っている。


 そのためにアレクハウスがある2-1森エリアまで、僕達はダンジョンを進んできたわけだが――


「んー、ちょっと待っていてね。もう少しだから」


「キー」


 僕は地面に木のくいを打ち込んでいた。

 場所は、エリア同士を繋ぐ扉のすぐ隣だ。1-4エリアへ繋がる2-1エリアの扉、そのすぐ隣にコンコンと杭を打ち込んでいた。


「――おぉ?」


「あれ?」


「おっすー。何してんの?」


「やぁディアナちゃん」


 ディアナちゃんだ。作業中、エリアの扉からディアナちゃんが現れた。そして、いつものフランクな挨拶が飛んできた。


 いやはや、すごい偶然。…………偶然?


「偶然だから。本当に偶然。アタシはアレクの跡をこっそり付けたりとかしないから。アタシはそんなやばい奴じゃないから」


「あ、うん」


 なんかもう僕の心を読んだかのような発言だけど、とりあえず本当に偶然なのだそうだ。

 というか、それだとまるで僕の跡を付けるやばい人がいるかのような物言いなのだけど?


「ん? あ、モモじゃん」


「キー」


「うぃーうぃー」


「キー、キー」


 隣に佇んでいた大ネズミのフリードリッヒ君――改め、大ネズミのモモちゃんを発見したディアナちゃんが、モモちゃんをかいぐりかいぐりし始めた。


 ……それにしても、今日は名前の変わりっぷりが激しいな。

 天界ではラタトスクと呼ばれていただろうし、それからトラウィスティア、リンゴ、フリードリッヒ、モモと変わっていった。結構な改名頻度だ。


「なんかモモ久しぶりじゃない? 最近見なかった気がする」


「あー……。まぁ僕のレベル上げにずっと付き合ってもらっていたから、それで休暇を取ってもらったとか、そんな感じで」


「ふーん?」


 そんなバケーション的な感覚で天界を楽しんでくれていたらよいのだけど、実際どうだったんだろうねぇ。


「んで、アレクは何してんの?」


「あ、これ? うん。これからモモちゃんと――かけっこをしようと思っていたんだ」


「かけっこ……?」


 かけっこだ。モモちゃんとかけっこ。


 ――それというのも、ミコトさんから提案があったのだ。

 レベル5アップボーナスでどれだけ『素早さ』が伸びたのか、鑑定以外の方法で知ることができないかと悩んでいた僕だが――それならモモちゃんとかけっこをしたらどうかと提案されたのである。


 そういった理由もあって、今日モモちゃんには教会へ行ってもらい、『素早さ』を確認してきてもらった。

 その結果、モモちゃんの『素早さ』は10。――それに対し、レベルアップする前の僕の『素早さ』は6。


 つまりレベルアップで上昇した『素早さ』が3以下ならば、かけっこで僕はモモちゃんには勝てない。4ならば、モモちゃんと引き分け。5以上ならば、モモちゃんに勝てる。


 レリーナちゃんの見立てでは、1しか上がっていなかったとのことなので、それだとやっぱり僕はモモちゃんに勝てないはずだが……。


「えっと、それでアレクは何を作ってんの?」


「うん。これはね――スターティングブロック」


「スターティングブロック?」


「通称、スタブロ」


「スタブロ……?」


 スタブロである。

 地面に打ち込んだ杭へ、しっかり嵌まるように中をくり抜いた三角形の木製ブロックを被せた。

 軽く横から足でつついてみるが……とりあえず大丈夫そうかな。ちゃんと固定されていて、動くこともなさそう。


「これで完成」


「え、なんなん?」


「スタートの瞬間、これを蹴るようにして進めば、勢いよく発進できるんだ」


「へー……」


 こいつを用いて、モモちゃんとのかけっこに挑もうという作戦である。


「それでここ――この扉の横からスタートして、あっちの扉がゴールだね」


「ふーん? 結構短い距離なんだ?」


 巨大フィールドタイプの扉と扉は、五十メートルほど離れている。というわけで五十メートル走だ。

 タイムを測ってみてもいいかと思ったのだけど、それはやめておいた。……実際に自分のタイムを数字で見ちゃうと、愕然がくぜんとする結果が待っていそうだったので。


「あ、どうする? ディアナちゃんも一緒にかけっこする?」


「ん? んー……アタシはいいや」


「そう? あー、でも女の子はそういうものなのかな。レリーナちゃんも一緒にかけっこした記憶とかあんまりないし」


 幼いころから、レリーナちゃんとはおままごととかお人形遊びの方が多かった気がする。


「というか、もうアタシもかけっこするような歳じゃないし」


「なるほど」


 今からかけっこをするという一歳年上の僕に対して、その発言はどうなのだディアナちゃん。


 さておき、もうかけっこをする歳じゃないか……。確かにそうかもね。かけっこもおままごともお人形遊びも、もう卒業してなきゃおかしい年頃か。

 僕とか未だにおままごととお人形遊び――お遊戯会と人形作りをやっていたりするけど、それらは別物だと思いたいな……。


「まぁそうだよね。僕も昔はジェレッド君と一緒にかけっこをしていた気がするけど、いつからかしなくなったしね」


「あー……。それはまぁ、そうだろうね」


「うん?」


 それはなんだろう? どういう理由から納得したのだろう?

 『二人とも成長して、だんだんやらなくなった』以外の、何かしらの含みを感じたのだけれど?





 next chapter:ただがむしゃらに速く動けばいいってものでもなくて、テクニックが重要なんだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る