第365話 ミコトさんの衣食住


 とりあえず――地球は大丈夫っぽい。

 今後二年ほどは地球滅亡の危機もないし、知り合いの女神様が代わりに見守ってくれるので、地球は大丈夫なのだそうだ。


「それに、これまでの流れからいってアレク君の旅は……たぶん二年も掛からないだろうし」


「ええまぁ……」


 恐る恐るといった感じで、申し訳なさそうに語られたミコトさんの予想だけど、なかなかに厳しい意見だね……。まぁ、その点に関して僕は何も言い返せない……。


「それでその間、私もしっかり鍛える予定だ」


「鍛える?」


「やっぱり今のままじゃあダメだと思うんだ。アレク君の召喚獣としてこの地に降りた以上、私もアレク君の役に立ちたい。私も活躍したい」


「あ、そうなんですね……。ええはい、お気持ちは嬉しいです」


 うん。気持ちは嬉しい。ミコトさんに、そこまで召喚獣としての自覚をもたれても少し戸惑ってしまう部分はあるが、その気持ちは嬉しい。


「召喚獣として、今は大ネズミのトラウィスティアに負けている状態だ。完敗といってもいい」


「完敗ですか……」


「レベルでも負けているし、私はまだスキルアーツも取得できていない。それに引き換え、トラウィスティアは大活躍だ。世界旅行でもアレク君の役に立っている」


 確かにトラウィスティアさんには助けられている。

 旅の間もずっと助けられていたし、ここ最近のダンジョンマラソンでも、おんぶに抱っこだ。


「さすがに少し悔しい。追い付きたいところだけど……世界旅行で私の召喚機会がなくなると、また引き離されてしまう」


「そうですね……。今のレベル差も、世界旅行の影響でしょうし」


「もちろんライバルの成長は私も望むところではあるが、このままでは永遠にトラウィスティアに勝てない」


 おぉ……。ミコトさんは、トラウィスティアさんをライバルだと完全に認めているのか……。

 『神』と『大ネズミ』ということで、おそらく種族のレア度的にはミコトさんの圧勝だと思うのだけど、それにはおごらず、真摯に現状と向き合うミコトさん。なんだか少し立派に見える。


「でも、そこまで無理をして鍛えなくてもいいんじゃないかって、僕としてはそんなことを考えてしまうのですが……」


「ん? あぁ、ありがとうアレク君。でも大丈夫だ。なんだかんだ言って、ここでの生活を楽しみたいって気持ちもあるんだ」


「あ、そうなんですか。それなら良かったです」


 そう言ってもらえると助かる。無理をしていないというなら、それに越したことはないし――そもそもミコトさんのこの状況は、僕のチートルーレットで起こったことだ。

 チートルーレットで天界から引っ張り出すことになってしまったわけで、それでも楽しんでくれているというのなら、僕としてもありがたいし助かる。


「そういうことでしたら、僕もミコトさんを召喚し続けることに異論はないです」


「そうか、ありがとうアレク君」


「いえいえ、とんでもない。……とはいえ、やはりいくつか問題があるかと」


「うん?」


「下界でずっと生活するのならば、必要なものがありますよね? いわゆる――衣食住です」


 衣食住――衣服と食事と住居。生活には、それらが必要。


 まぁ衣服と食事はなんとかなるだろう。

 ――金で解決すればいい。衣服も食事も、お金で買えばいいだけだ。そのお金は僕が出す。だから大丈夫。


 そうなると、問題は住居だ。

 こっちはどうしたものか。もしもメイユ村に宿泊施設でもあったならば、僕がお金を出すだけで解決なんだけど、残念ながらこの村にそんな施設はないし……。


「いろいろ考えたんだけど、私は――」


「建てますか?」


「え?」


「ふむ。やっぱりメイユ村ですかね。メイユ村に家を――ミコトハウスを建てますか?」


「えー……?」


「あぁ、安心してください。建築費は僕が持ちます」


 宿がないなら、家を建てればいい。

 この際、ミコトハウスを建ててしまおう。


 しかし出発まで一ヶ月しかないからな。さすがに一ヶ月で家は建たない。

 とりあえず今から大急ぎで作業を始めて、世界旅行出発後はフルールさんに後を任せる形になってしまうか。ミコトハウス完成までは、僕の実家で居候かな?


「い、いや、待ってくれアレク君。家はいい、大丈夫だ」


「え、でも……」


 せっかくのチャンスなのに……。


「私が欲しいのはミコトハウスではなくて――アレクハウスに住む許可だ」


「はい? アレクハウスに?」


「この部屋を貸してほしいんだ」


「この部屋? アレクルームをですか?」


「そんな名前だったかな……? えぇと、ではアレク君が旅をしている間、アレクルームを貸してほしいんだ」


「ふむ……」


 確かに僕が旅をしている間、アレクルームは使われることのない部屋だ。貸すのは構わないけど……。


「でもそれだと、村じゃなくてダンジョンに住むわけですよね? それは少し大変じゃないですか?」


「そうかな? なんとかなるような気もするけど……」


「なりますか……? 食事とか大変なのでは?」


「ダンジョンで魔物を狩って、そのお肉を食べていけばいいんじゃないかな」


 なんというサバイバル生活……。

 お野菜が……明らかにビタミンが足りなそうな生活だ……。


「というか、最悪食べなくても大丈夫だから」


「え? あ、そういえばそうでしたっけ?」


 そういえば、召喚獣は食事をとらなくても動けるんだったか。

 ミコトさんは普段から普通にごはんを食べていたので、すっかり忘れていた。


「でもまぁ、普通に食べていくつもりではあるけど」


「……なるほど」


 食べなくても大丈夫だけど、やっぱり普通に食べていくつもりらしい。まぁ、その方が健康的な感じはするかな。


「少し時間をかければメイユ村も往復できるし、そこで衣類や食料を購入するさ」


「ふーむ」


 話を聞いていると、案外普通に生活できそうな気もする。

 ……やっぱり少し不便そうではあるけど。


「森の移動は大丈夫なんですよね?」


「ああ、それは問題ない。なにせ私には、アレク君に貰った二つのプレゼントがあるから」


 プレゼント? 僕からのプレゼントと言うと――


「世界樹の槌と、『ダンジョンメニュー』だ」


 そう発言したミコトさんの眼前には――半透明のダンジョンメニューが出現した。


 というわけで、実はミコトさんもダンジョンメニューを開くことができる。

 僕やナナさんと共通の、『世界樹様の迷宮』のダンジョンメニューだ。


「不思議ですよね。前は出なかったのに」


「そうだね。でも以前から、メニューの操作自体はできただろう?」


 確かにミコトさんもトラウィスティアさんも、以前からメニューを見ることはできたし、操作することもできた。トラウィスティアさんにDメールの代筆を頼んだこともあったはずだ。

 というか、それができたこと自体、不思議ではあったのだけど……。


「あるいはアレク君の『召喚』スキルの熟練度が上がったとか、召喚獣との絆が深くなったからとか、そういった理由でもあるのかな」


「そうなんですかねぇ」


「まぁとにかく、これのおかげで道に迷うこともない。森の中でも安心だ」


「マップ機能ですか」


 『世界樹様の迷宮』は、メイユ村とルクミーヌ村の中間に位置しており、森のど真ん中にある。

 森歩きというエルフの特性を持たないミコトさんやナナさんは、移動が少し大変なのだ。


 そこで活躍するのが、ダンジョンメニューのマップ機能。

 ダンジョンメニューには、ダンジョン周辺のマップや自分の位置も表示してくれる機能がある。これを見ながら移動すれば、森の中でも迷わないって寸法だ。


「それから、この槌だ」


 そう言って、ミコトさんはわざわざ自分のマジックバッグから世界樹の槌を取り出した。


「これがあれば、この辺りのモンスターなんて簡単にほふれる」


「はぁ……」


 現在ミコトさんのレベルは6。

 レベル的に、本来ならばメイユ村とダンジョンの往復は厳しい。それを可能とさせているのは、ミコトさんの言う通り世界樹の槌があるからだろう。


「期待してくれアレク君。私はこの槌とともに、どんどん強くなる。そして強いアーツも手に入れる」


「あ、はい。期待しますし応援します。頑張ってください」


「ありがとう。任せてくれ」


 世界樹の槌を力強く握りしめ、良い笑顔を返すミコトさん。


 うん、まぁミコトさんも楽しそうだし、それなら別にいいんだけどね……。

 ただ、僕が世界樹の槌をプレゼントしたことで――もっといえば、僕の『槌』スキルなんてものを継承けいしょうしたがために、ミコトさんが脳筋女神になってしまったような気もして、なんだか少しだけモニョモニョする……。





 next chapter:ホーク(はと

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