第357話 アレクハウス


 何はともあれ、レベルアップしたことをナナさんに報告した。

 いきなりオムレツを食べさせられたり、鈍亀だのクソザコナメクジだのののしられたりもしたけれど、とりあえずナナさんにレベルアップを報告した。


「それで、他にも報告があるんだ」


「他に報告ですか?」


 レベルアップのこと以外で、ナナさんには報告したいこと――あるいは、相談したいことがあったりする。


「実はね、もうすぐ完成するんだ――僕の別荘が」


「ほほう?」


 今年の春頃から建築作業を進めていた僕の別荘が、いよいよ完成間近なのである。


「あ、それとついでに名前を付けてみたよ?」


「名前? 別荘に名前ですか? ……毎度のことながら、マスターは何かに名付けるのが好きですね」


「ふむ」


 まぁそうかな。武器やら木工シリーズやら、毎度なんらかの名前を付けているっけか。


「それで、別荘にはどんな名前を?」


「じゃあ発表しよう。今回僕が森エリアに建てた別荘、その名も――」


「その名も……?」


「――アレクシクハッス」


「え、なんて?」


「…………」


 すげぇ噛んだ。


 本当は、『アレクシスハウス』と言いたかった。

 しかし『シスハウス』の部分が微妙に難しくて、噛んでしまった。


「四苦八苦ですか?」


「違う」


 確かに近い言葉は発したような気もする。

 だけど違う。誰が自分の別荘に、『アレク四苦八苦』なんて名前を付けたがるというのか。


「別荘の名前は――アレクハウスだね」


「……なんかさっきのと違いませんか?」


「気のせいだよナナさん」


 『アレクシスハウス』は難しくて、これ以降も噛みそうな予感がした。

 なのでもう予定変更で名称変更だ。『アレクハウス』と呼ぶことにする。


「まぁ名前はともかく、いよいよ完成ですか。おめでとうございますマスター」


「ありがとうナナさん。そういえばナナさんは、何度か見学に来てくれたね」


「見学もしましたし、間取りも見させていただきました。なかなか住みやすそうなお家だと思います。広さも十分ですし」


「むしろあれだと広すぎるような気もするけどね」


 間取りとしては、2LDKかな? 一人暮らしで2LDKって考えると、ちょっと広すぎて持て余しそう。


「一応想定としては、リビングと僕の部屋と、ゲストルームって感じで考えているけど」


「ゲストルームですか」


「うん、まぁ誰か遊びに来るかもしれないし」


 そんなことを思って、空き部屋をひとつ用意してみた。


「ゲストルーム……。たったひとつのゲストルームを巡って――ついに正妻戦争が勃発してしまうのですね」


「…………」


 そんなものが勃発されても困る。


 というか、アレクハウスは別荘なわけで……別荘に正妻っていないんじゃないかな。

 別荘にいるのは、むしろ愛人とかそういう……。


「……とりあえずただのゲストルームだからさ、ナナさんも使っていいからね?」


「なんと、私にも戦えと?」


「ただのゲストルームだってば……」


 ただのゲストルームなので、普通にゲストとして泊まっていってほしい。


「まぁ試しに泊まってみたい気もします」


「うん。気兼ねなく泊まっていって」


 正直ゲストルームって迷ったんだよね。いらんかなとも思ったけど、一応作ってみた感じ。

 もしもこれで本当にいらんかったら、それはそれで悲しい。というわけでナナさんにも、どんどん利用してもらいたい。


「それで、実際に今はどのような状況なのでしょう? 先日見た限りでは、ほぼほぼ完成しているようにも思えましたが」


「そうだね。屋根も壁も出来ているし、中もほとんど完成しているよ。照明の魔道具も埋め込んだし、お風呂もトイレも出来ている」


「ほうほう。……おや? ということは、もうスライムがいるのですか?」


「もう穴に住んでいるね」


 スラりんと名付けたスライムに住んでもらっている。

 そういえば基礎工事の途中で、スライム用の穴を作るって作業もあったな。なかなかにファンタジー世界らしい建築作業だった。そこはかとなく興味深い部分だったね。


「となると、他は何が出来ていないのですか?」


「そうだねぇ。ほとんど出来ているのだけど――」


「ステレオのスピーカーの位置でも決まっていないのですか?」


「うん? スピーカー?」


「どうせなら良い音で聴きたいですよね」


 なんの話だナナさん。


「スピーカーじゃない。というか、スピーカーなんてこの世界にはないよナナさん」


「そうですか。では、今は何を?」


「今は…………あ、でも似たようなものかな。今はベッドとか棚とかタンスとかを作っている」


 そんな感じで、家具やインテリアに取り掛かっている。

 スピーカーではないが、作業としては似たようなものか。


「おや? それはもう住居の建築とは別の部分ではないですか? その辺りの家具を用意するのは、家が完成した後のことでは?」


「……だからまぁ、実はほぼ完成してるんだよね」


「はい?」


 実はすでに完成したと言っても過言ではないアレクハウス。しかし諸事情によって、完成を先延ばしにしている。

 本当は完成しているけど、まだ完成していないことにしている状態だ。


「実はねナナさん。ひとつ忘れていたことがあるんだ」


「忘れていたことですか……?」


「――もちだよ」


「は? 餅?」


「餅をくことを忘れていたんだ」


 餅。家を建てるときは、お餅を撒く。

 そのことを、僕はすっかり忘れていたのだ。この世界に転生して十七年、もはやすっかりこの世界の文化に慣れ親しんだエルフの僕は、日本の文化を忘れてしまっていた。


 ……いやまぁ、もう転生したしエルフだし、忘れてもいいような気がしないでもないけれど。


「あぁ、そういえばありますね、上棟式じょうとうしきでしたっけ? ……え、やるのですか?」


「やっておいた方がいいかなって」


「そうですか……。いえ、マスターがどうしてもと言うのなら、私は止めませんが……」


 『どうしてもしたいのか?』と聞かれると、別に『どうしても』ってほどではない。

 とはいえ家を建てることとかあんまりないだろうし、一応はやっておこうかなっていう……。


「あ、ですが上棟式は、家の骨組みが完成したタイミングでやるものだったと記憶していますが?」


「忘れてて」


「……それはまた」


 うっかり忘れたまま作業を進めて、そのうちに家がほぼ完成してしまったのだ。


「もうどうやったって骨組みの段階は終わっちゃったから、家が完成した段階でやろうかなって」


「しかしそれだと、上棟式ではなくなってしまう気もしますが……?」


「それはもう仕方がない」


「…………」


 本来の趣旨とは違うものになってしまうけど、もはや仕方ない。

 完成記念式典的な感じで執り行おうかと考えている。


「まぁ、ある意味わかりやすくていいんじゃない? 完成したお祝いって感じでやれば、みんなすんなり受け入れてくれそうだし」


「完成したお祝いですか。……それで実際にはもう完成しているのに、完成していないふうを装っているのですね?」


「実はそうなんだよね」


 完成記念式典の準備がまだなので、家を完成させられないのだ。

 家具等、細々とした物を作りながら、時間稼ぎをしている状態だ。


「とまぁ、そんな感じなんだけど、ナナさんはどう思う?」


「どう思うと聞かれましても……。とりあえず一点、気になったことを伺っても?」


「何かな?」


「餅がないですけど」


「ふむ」


 そこか。さすがはナナさん、そこに気が付くとは。


 確かにこの世界には餅がない。

 米もないし、餅もない。


「だからまぁ、パンかな」


「パン……」


 ないのだから仕方がない。餅の代わりにパンを撒こう。

 餅がないなら、パンを撒けばいいじゃない。


「もうだいぶ上棟式から遠く離れてしまいましたね……」


「やっぱり異世界だからね、いろいろ仕方がないよ」


「はぁ……」


「あとはどうかな? あとは何が必要かな?」


「あとですか? あとは確か……小銭を撒く風習があったと思いますが」


 あぁそうか、そういえばそうだったかな? 餅と小銭だったか。


「それじゃあパンと小銭だね。アレクハウスの屋根から、パンと小銭を撒こう」


「パンと金をばら撒くのですか?」


「ん、そうね。そんな感じで」


「なるほど――いつもマスターがやっていることですね?」


「…………」


 それは……。いや、まぁ、そうなのかな……。





 next chapter:合鍵あいかぎ

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