第338話 乙女心とアレクらしさ


 どうにか無事にディアナちゃんと仲直りができた。

 というわけで、ディアナちゃんにもいろいろ話を聞いてもらおうかと考えていたところ――


「ところでさ、お土産はパンだけなの?」


「え……?」


 まるでナナさんのようなことをディアナちゃんが言い出した。

 ディアナちゃんも、お土産を貪欲に求めるタイプの人なのか……。


「ペナントはないの?」


「……はい?」


「ペナント」


「え、なんでペナントのことを……ナナさん?」


 もしやナナさんか? ナナさんがペナントのことをディアナちゃんにバラしてしまったのか?


「なんか部屋の壁に貼ってあった。聞いたらアレクから貰ったお土産だって」


「あ、ナナさんペナント貼ってくれたんだ……」


 あんなにいらないと言っていたのに、一応は壁に飾ってくれたらしい。

 なんというツンデレっぷりだナナさん。ほっこりしてしまうじゃないか。


「あれはもうないの?」


「あー、うん。あれはワンセットしか作らなかったから……」


「えー。ないのか」


「ごめんねディアナちゃん……」


 ナナさんがペナントを部屋に飾ってくれたのは嬉しいけど、他の人に存在がバレてしまったのは、あんまりよろしくない事態だな。

 やっぱりこうやって、みんなが羨ましがる結果になってしまったか。どうやらペナントは、案外喜ばれるお土産だったらしい。


「それじゃあ次回旅に出たときには、ディアナちゃんの分も作ってくるよ。ごめんね、ディアナちゃんがそんなに欲しがってくれるとは思わなかったんだ」


「欲しがる?」


「ん?」


「んー。アレクが一人にだけプレゼントってことなら羨ましい気もするけど、実際にペナントを欲しいかっていったら、たぶんそうでもない」


「そうなんだ……」


 複雑な乙女心だな……。

 つまり結局ディアナちゃん的に、ペナントはあんまり羨ましい物ではないのか……。


「というか、次の旅って結構先なんでしょ?」


「あ、うん。どうもそうなりそうな雰囲気なんだよね。それもナナさんから聞いたの?」


「ナナとかレリーナから、いろいろ聞いた」


「あれ? レリーナちゃんからも?」


「ここに来る前、レリーナの家に寄ってきたから」


「そうなんだ?」


 相変わらず、仲が悪いようで仲の良い二人だなぁ。


 ちなみにだが、レリーナちゃんとは旅から戻ってきたその日に会った。

 いったいどこで聞き付けたのか、僕が自宅に戻ってすぐに、レリーナちゃんの方から会いにきてくれたのだ。


 今回僕は二ヶ月旅をしてきたわけだが、これほど長い間レリーナちゃんと離れ離れになったことは、今までなかった。

 ……そのため久々に再会したレリーナちゃんは、相当な興奮状態だった。大層たかぶっていて、大層荒ぶっていた。


「アレクが旅していたときのことも、レリーナからいろいろ聞いたよ?」


「へー、レリーナちゃんは何か言っていた?」


「メス犬がどうのって言ってた」


「…………」


 軽く尋ねてみたところ、とんでもない言葉が返ってきた。メス犬て……。


「本当に、アレクはすぐ新しい女を作る」


「……え? いや、待って。ちょっと待って。違う、なんかおかしい」


 それは違うでしょ。それはおかしいでしょ。

 おそらくだが、レリーナちゃんとディアナちゃんが言っているのはケイトさんのことだと思う。

 ラフトの町で門番をしていたケイトさんのことを、メス犬だの新しい女だの言っているのだ。


「いやけど、特に深い関わり合いがあったわけじゃないよ? なんだったら、町に入れてもらえなくて追い出されただけの関係だよ?」


「ふーん? そうなの?」


「そうだよ。僕は別に、ケイトさんとはそんな……」


「……なるほど」


「う、うん……」


 何が『なるほど』なんだろう……。なんか含みのある『なるほど』だった気がする……。


 というか、レリーナちゃんもなんでそんなふうに思ったのか。しかも何故かその場では指摘しないという……。

 わからない。乙女心がわからない……。



 ◇



「はい、ディアナちゃん」


「ありがとアレク」


 旅の話がどうにか一段落したところで、僕はディアナちゃんのためにハーブティーを入れてきた。

 ミリアムスペシャル755である。バージョン755のミリアムスペシャルだ。


 ふと最近、『なんかバージョンアップのペースは一定っぽいし、この間隔を計算すれば母の年齢を割り出すこともできるのでは?』なんてことを思ったりもした。


 とはいえ、別にそこまで母の年齢を知りたがっているわけでもないし、なんか怒られそうで怖いから計算はしない。

 大体一年に二回のペースで更新されているような気もするけど、気付かないことにする。


「ところでディアナちゃん」


「んー?」


 気を取り直して、ミリスペをふーふーしていたディアナちゃんに話しかける。


「実はね――僕に新しい称号が付与されたんだ」


「え? あ、へー、称号? 凄いじゃん。おめでとう」


「ありがとうディアナちゃん」


「でもそれ、言っていいの?」


「んー。うん、まぁ」


 ちょっとディアナちゃんにも聞きたいことがあったので、まぁ構わない。


「なんて称号?」


「うん。エルフの……」


「エルフの?」


「えぇと、エルフの……」


 ……これ結構恥ずかしいな。自分で言っちゃうのは恥ずかしい。

 自分で自分のことを『エルフの至宝』などと宣言するのは、相当な恥じらいがある。


「どしたんよ」


「あ、うん……。え、エルフの至宝っていう称号がね……」


「あー」


 意を決して伝えてみたところ、『あー』だそうだ。『あー』という感想だそうだ。


「もしかして、ディアナちゃんも聞いたことがある?」


「うん。なんかそう名乗っているって」


「名乗ってないよ!?」


 僕じゃない! 僕が言い出したわけじゃない! 僕は何も知らなかった!


「そうだっけ? まぁ名乗っているとか呼ばれているとか、そんなことを前に聞いたかな」


「そうなんだ……。いや、本当に僕からは名乗ってないけどね……」


 やはりディアナちゃんも知っていたらしい。

 ……それならディアナちゃんも教えてくれたらよかったのになぁ。


「ディアナちゃんはいつから知ってた?」


「えー? わかんないな。アレクと会う前だったと思う。お母さんに教えてもらった気がする」


「そうなんだ、会う前から……」


「んで初めて会って、『おー、これが至宝かー』って思った」


「そう……」


「んでいろんな人に、『至宝と会った』って話した気がする」


「…………」


 口コミである。こうやって口コミで、僕の二つ名は広まっていったのだろう……。


「そうなんだよねぇ……。だんだんその呼び方がエルフ界でも広まって、そこそこ有名になった結果、称号化したみたいなんだ」


「へー」


 ローデットさんは、そんなふうに予想していた。

 どうやらアレクブラシの存在も、その二つ名を広める要因になったんじゃないかって話だったけど……。


「なんだろうね。僕はこれからどうしたらいいんだろう」


「ん? 何が?」


「なんかもう、公式にエルフの宝認定されちゃった感じでしょ? 行動とかにも気を付けた方がいいのかなって……」


 なにせ宝だ。エルフの宝なのだ。

 これから僕はエルフの至宝として、エルフ族の名を汚さぬよう気を付けて行動しなければいけないのではないだろうか。


「あんま気にしなくていいんじゃない?」


「そうかなぁ」


「結局顔が良いからそんな名前が付いたんでしょ? 行動とか関係なくない?」


「…………」


 なんか顔がいいだけって言われた感がある……。

 もうちょっと言い方はなかったものだろうかディアナちゃん……。


「気にすることないでしょ。どんな称号があったって、アレクはアレクなんだから」


「僕は僕……?」


「アレクはアレク。変に無理しないで、アレクらしく生きればいいよ」


「あ、うん……。そうだよね。ありがとうディアナちゃん」


「うい」


 ディアナちゃんが、とても良いことを言ってくれた気がする。温かい言葉だ。ありがたい。そういう言葉を待っていた。


「ところで、なんか能力とかないの?」


「あぁ、称号の効果? いや、今のところはわかんないなぁ」


 称号の効果って、よくわかんないことが多いよね。

 『剣聖と賢者の息子』とかも、いろいろ推察してはみたものの、未だ確証はなかったりするし。


「もしかしたら、さらに顔がよくなったりするのかな?」


「さらに……?」


 イケメンだから取得した称号。だとすれば、さらにイケメンっぷりがブーストされたり……?


「エルフの村でも覆面が必要になるかもねー」


「えぇ……」


 さすがにそれは困る……。もはや呪いじゃないか。呪いの称号だ……。


「もしもそうなったら、ずっと覆面を付けて生活しなきゃなのかな……」


「まぁ、それもまたアレクらしい」


「…………」


 それもアレクらしいのか……。わからない。アレクらしさってなんだ……。





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