第323話 入村!
「この中が?」
「一応そうなるな」
「ほうほう」
目の前にある三十センチほどの木の
つまりは――この柵の中がカーク村というわけだ。
「入り口とかは決まっていないんですか?」
「ん? あぁ、えーと、確かどっかが開くようにはなっていたと思うが、どこだったか……」
まぁ三十センチだしな。普段はわざわざ入り口を通ったりしないか。
「じゃあ、そのまま普通にまたげばいいんですかね?」
「そうだな」
「そうですか。ではでは、失礼して……」
ヘズラト君から降りた僕は、木の柵をまたぎ、内側に入った。
「――入村」
「お、おう」
なんとなく入村を宣言した。
「感無量です」
「そ、そうか……」
いやはや、これはもう感慨深いどころではない、感慨無量だ。
長かった。ここまで本当に長かった。
最初にカーク村を目指して旅立ったあの日から、もう半年以上の月日が流れてしまった。
何度も何度も失敗し、四回目のチャレンジで、ようやくカーク村にたどり着いた。なんとも辛く険しい道のりであった。
「じゃあ私も――入村」
「その掛け声は、エルフの決まりか何かなのか……?」
続いてジスレアさんも柵をまたぎ、入村した。
それからカークおじさんも普通に入村し、後はヘズラト君だけなのだが……。
残念ながら、ヘズラト君とはここでお別れだ……。
ヘズラト君は入村できない。柵を越えることもなく、ここでお別れ……。
柵の向こうで、ヘズラト君が寂しそうに――しているわけでもないが、さすがにここでお別れは、ちょっと物悲しい気持ちになる。
「あの、カークおじさん」
「うん?」
「一歩だけでいいので、ヘズラト君も入っちゃダメですかね? 記念として、一歩だけ」
「あー、そうだな。とりあえず周りに人もいないし、少しくらいならいいんじゃないか?」
「ありがとうございます」
「それじゃあヘズラト君」
「キー」
ヘズラト君も柵をまたいで――入村。これでみんな入村だ。
「キー」
「いやいや、こちらこそありがとう」
「キー」
「うん。そしたらまた呼ぶから。またねヘズラト君。――『送還:大ネズミ』」
「キー……」
僕はヘズラト君と言葉を交わし、抱擁を交わしてから送還した。
ありがとうヘズラト君。またそのうちよろしく。
「はー。『召喚』スキルってのは、こんな感じなのか」
「そうですね。こんな感じで召喚したり送還したりします」
「なるほどなぁ」
「せっかくですし、召喚シーンも見てもらいたいところではありますが……たった今送還したばかりですので」
「送還したばかりだと、召喚できないのか?」
「そんなこともないのですが、感動的なお別れをしたばかりなので、今呼び出したらヘズラト君も決まりが悪いのではないかと」
「そんな理由か……。確かに召喚するところも少し見たくはあるが、別に構わないさ」
そもそも、そこまで大仰なシーンでもないのだけどね。
とはいえ、カークおじさんも少し気になるようなので、カーク村を出発する際には召喚シーンも見てもらおうか。
「さて、それじゃあ村を案内するか」
「はい。よろしくお願いします」
無事に入村を果たし、いよいよこれからカーク村探索。人族の村を初体験だ。
「……といっても、カーク村は見ての通り田舎でな。大して案内するような場所もないんだが」
まぁねぇ。実際に村の中へ入ってみたわけだが、なかなかに牧歌的で素朴な風景が広がっている。
ぽつぽつと家が見えて畑が見えて、そんな感じの村だ。
「そういうわけで、どこへ案内したものか……」
「そこはまぁ、普通に案内してくれたらいいですよ。僕も別に、何か特別なものを望んでいるわけではないですし」
「そう言ってくれると助かる」
いくら案内してくれるといっても、存在しないものまで案内することはできないだろう。だから普通に、村にあるものを案内してくれたらいい。
「とりあえずはそうですね、美味しいごはん屋さんと、設備の充実した旅館、お土産屋さんなんかを――」
「どれもない」
「ない?」
「ない」
ないらしい。
ないかー。そっかー。
◇
牧歌的だ。牧歌的でのんびりとした村である。
村の中心へ向かって三人で歩いているけれど、ほとんど風景も変わらんね。
「まぁ僕達の村だって、あんまり都会ではないですけどね」
「そうなのか?」
「食事を出すお店も、泊まれるところも特にありませんでした」
「ほー」
メイユ村も、結構な田舎だからねぇ……。
まぁそれでも最近は、ちょこちょこ新しい村人が増えてきている。過疎化の一途をたどるメイユ村ではなさそうで、一安心。
もしかしたら、近くにダンジョンができた影響とかもあるのかね? そのせいか、何やら他から移り住んでくるエルフ達がいるのだ。
村長である父が移住エルフ達に、『私が村長です』的な挨拶をしているのを時々見かける。
「ですがカーク村も、もう少し栄えていてもよさそうなものですが」
「うん? どういうことだ?」
「人界とエルフ界は、ちゃんと交流があるそうですし、その境界に近いカーク村ならば、もっと賑わっていてもおかしくないですよね?」
そんな気がする。普通はそういうもんじゃないの?
「カーク村もメイユ村も、人界やエルフ界の中心地からは離れた辺境の村。だからまぁ、そんなもん」
「そうだなぁ……」
「そうですか……」
ジスレアさん曰く、そんなもんらしい。そんなわけで、牧歌的らしい。
いやしかし、辺境の村て……。
「まぁそれはさておき……見られていますね」
「そりゃあな……」
僕達がのんびり村の中を歩いていると、ちらほらとカーク村住人の姿が見え始めた。
美男美女しかいないエルフの村とは違い、普通のおじさんおばさんが歩いている様は、なかなかに新鮮だったりする。
というより、むしろ安心感やら親近感を覚えるほどだ。
……だがしかし、そんな僕の感情とは裏腹に、道行く人達は不思議そうに僕達を見つめてくる。
「エルフが珍しいんですかね?」
「そういうことじゃないだろ……」
やっぱりそうか、そういうことじゃないか……。
主にみんなが見ているのは――僕だ。そりゃあエルフも珍しいのだろうけど……それよりも覆面男が怪しいのだろう。
「そういえば、なんて説明したらいいんだ?」
「はい? 何をですか?」
「なんで覆面をかぶっているのか聞かれたら、俺はなんて答えたらいいんだ?」
「あー」
それは、どうしようかな……。
普通に『彼はイケメンすぎるので』と答えてもらう? ……いや、それはちょっと微妙か。そんなことを言ったら、むしろ覆面の中身を知りたがる人も出てくるだろう。
「んー……。『寒がりなので』とか?」
「……まぁ、暖かそうではある」
「もしくは、『シャイなので』とか?」
「それはかなりのシャイだな……。まぁそんなところか。わかった。そう答えておく」
「よろしくお願いします」
むしろそんなシャイな人間が、こうも人目を引く格好をするのかという疑問はあるが、とりあえずそんな感じでいってみよう。
「それで、これからどこへ行く?」
「そうですねぇ……」
ぶらぶらと村の風景を眺めながら進んできたが、そろそろ目的地を決めて移動しよう。
さてさて、どこがいいかな。
「ふーむ。ひとまずは――教会ですかね。教会に行ってみたいです。あとは、木材を売っているところとか見てみたいです」
「教会と材木屋? なんだかよくわからない組み合わせだな」
そう言われると、確かにそうかもしれない。とはいえ、どちらも僕とは関わりの深い施設だ。ここは是非 見ておきたい。
「――カークおじさん」
「ん?」
僕が希望した目的地を聞いて、首をひねっているカークおじさんに、ジスレアさんが声を掛けた。
ちなみにだが、このようにジスレアさんもカークおじさんのことを、『カークおじさん』と呼ぶ。
なんだかカークおじさんに申し訳ない気がしないでもない。
「教会と材木屋、そこにいるのは女性?」
「……え?」
「若い女性だったりする?」
「いや、違うが……。教会はお爺さんだし、材木屋は普通のおっさんだ」
「そう……」
教会にはカークお爺さん。材木屋は普通のカークおっさんがいるらしい。
「アレク、残念ながらそういうことみたいだけど……」
「……違いますよ?」
別に僕は、カーク村のキャバクラを覗こうと思ったわけではない。そんな思いから、教会と材木屋を求めたわけではない。
ただまぁ……確かにちょっとがっかりしてしまった僕がいることは、否定できないけれども。
next chapter:ディース教
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