第315話 いざ、かまくら


 『世界樹様の迷宮』6-1エリア――通称、雪エリア。


 第二回世界旅行出発の、少し前に実装した新規エリアである。


「おぉ、雪だ」


「雪ですねぇ」


「キー」


 エリアの扉を抜けると、そこは一面の銀世界。綺麗。とても綺麗。


 元々の予定で、今日はナナさんと一緒に、この雪エリアの視察をしたいと思っていたのだ。

 世界旅行中だったこともあって、こうして雪が降り積もっている6-1エリアに僕が訪れるのは、今日が初めてだったりする。


「……でも寒いね」


「それはそうですよ。雪が溶けたら元も子もないですから」


「まぁそっか。とりあえず厚着しよう」


 マジックバッグから衣類を引っ張り出し、着たり履いたりしていく。

 一応このエリアが寒いことはわかっていたので、防寒着は前もって準備しておいたのだ。着込もう着込もう。


「……ふむ」


「何?」


「いえ、ショートパンツはマスターのポリシーかと思っていました。常に膝小僧をアピールしていくスタイルかと」


「別にアピールしていたわけでは……」


 ポリシーでもないし、アピールもしていないので、普通に長ズボンを履いていく。

 さすがにここでは僕も短パンではいられない。膝小僧を出すことはできない。


「あ、フリードリッヒ君は? 大ネズミのフリードリッヒ君は大丈夫? 寒くない?」


「キー」


 大丈夫らしい。僕とナナさんは重ね着をして、もこもことした状態になってようやく暖かくなったわけだが――まぁフリードリッヒ君は、ある意味普段からもこもこだしな。


「それにしても、たくさん人がいるね」


「そうですね、ずいぶん増えました。……最初の頃なんて閑古鳥が鳴いていましたけれど」


「まぁ、それはね……」


 6-1実装直後、やはり二十歳未満の子供エルフは立ち入り禁止をくらったのだが、ナナさんは子供でないふりをして、このエリアの視察を行っていた。

 一応僕もダンジョンメニューで来場者数だけは確認していたのだけど――6-1エリアの人数は、増えるどころか減る一方であった。


 それも仕方がないことだろう。実装直後の6-1エリアは、広い大地と巨大な坂しかなかった。


 なんといっても――雪が降っていなかったのだ。


 そのせいで、『坂エリア』などと呼ばれもした。

 エリア自体は広いものの、あまりにもギミックがなさすぎるエリアなため、いつもなら一ヶ月は設けられる子供エルフ立ち入り禁止期間も、二週間で終わったほどだ。


 ――もちろんやろうと思えば、最初から雪を降らせることもできた。

 オールシーズン雪遊びやウィンタースポーツを楽しめるエリアにすることもできたのだけど、それはしなかった。


 このエリアも4-1湖エリアと同様に、季節の風物詩になってほしかったのだ。

 『夏は湖エリアで水遊びを楽しみ、冬は雪エリアで雪遊びを楽しむ』――そんなふうになってほしかったのだ。


「……うん。我ながら英断だった」


「はい?」


「雪が降る期間を、期間限定にして良かったなって」


「あぁ、確かにそうですね。夏にまで雪エリアの気温を下げて雪を降らせたら、湖エリアの集客にも響きそうですし」


「そうだよね。やっぱり夏は湖エリアで水遊びを楽しみ、冬は雪エリアで雪遊びを楽しむ。そんなふうになってほしかったから――」


「今は秋ですが?」


「…………」


 そういえばそうだったな……。なんだかうっかり季節感がおかしくなっていた……。


 確かに今の季節はまだ秋。大体秋の終わりから春の初めにかけて、このエリアには雪が降るように設定してある。

 さすがに冬限定の降雪設定だと、それはもう雪エリアじゃなくて、坂エリアになってしまうから……。


「うーん。今の設定はちょっと長すぎるかな? これだと、あんまり季節の風物詩にはならないよね?」


「来年からは、もう少し期間を狭めてみますか?」


「んー……。後で検討しよう」


 やっぱり冬限定にしてしまおうかねぇ。悩みどころだ。


「まぁいいや。それは後で考えるとして、今はこのエリアを楽しもう。僕らも童心どうしんに帰って、雪遊びを楽しもうじゃないか」


「童心に?」


「帰ろう。童心に」


「帰るも何も、年齢で言ったら私は現役で童心なのですが」


「現役て。いや、それを言ったら僕もそうだけど――」


「マスターは違くないですか? マスターは実年齢おっさんじゃないですか」


「ヘイ」


 なんて言いようだナナさん。

 僕だってまだ現役だろう。僕はまだ十六歳なんだ。決して四十三歳だったりはしない。前世の年齢と合わせてはいけない。


「そして年齢的にフリードリッヒ君は、童心を得る前ですね」


「キー」


「……なんだか童心ってものが、よくわからなくなってきた」


 現在、生後八ヶ月のフリードリッヒ君。確かに年齢からすると、童心とかそういうレベルじゃないけれど……。


「とにかくさ、何かしようよ」


「はぁ、とりあえず雪合戦でもしますか?」


「それは…………やめておこう」


 フルボッコにされる未来しか見えない。


「ではどうします? 雪だるまか、かまくらでも作りますか?」


「ふむ、いいね。それはいい。個人的には、かまくらを作ってみたいかな」


 かまくらいいね。作って入ってみたい。狭い空間で、ぼんやりしてみたい。


「わかりました。では、かまくら作りに挑んでみましょう」


「そうしよう。……まぁ、わざわざ自分で作らなくてもいいような気もするけど」


 辺りには、無数の雪だるまやかまくらが建造されている。


 在宅中のかまくらもあるが、留守中のかまくらも多い。

 そのうちのひとつを借りて、勝手に入居してしまえばいいんじゃないかって気がしないでもない……。


「どうも村の皆さんが、せっせと作っているようでして」


「そうなんだ……」


 確かに今も雪玉を転がしている人や、雪山を作ったり掘ったりしている人がちらほら見える。

 一体何が、彼らをそこまで駆り立てるのか……。


「とはいえ、こういうのは自分で作るから楽しいのですよ。私達も自作しましょう」


「確かにそうかもねぇ……。それじゃあ作ろうか」


「そうしましょう。頑張って作りましょう」


「うん。頑張ろう」


「――いざ、かまくら」


「お、おう」



 ◇



 これからいよいよかまくら作り。

 僕ら三人は、エリア入り口から少し離れた場所に位置取った。


「それで、どうやって作ればいいんだろう?」


「お任せください。作り方は私が知っています。村の人に聞きました」


「ほうほう。それじゃあよろしく頼むよ。最初は何をすればいいのかな?」


「まずは――何か嵩張かさばる物を持っていますか?」


「嵩張る物……?」


 そんなことを急に言われても……。いやまぁ、いっぱい持っているけど。


「浮き輪とかあるよ?」


「嵩張って苦労していましたね……」


 嵩張る物と聞かれると、まず浮き輪を連想する体になってしまった。


「そうじゃなければ木材とかいっぱいあるかな。これも結構嵩張るね」


「普段から木材を……。いえ、マスターらしいです。ではその木材を、ここに並べていただけますか?」


「ふむ? どのくらい?」


「三人入れるかまくらですからね、それなりの量が必要かもしれません。――あ、並べ方はそこまで正確でなくとも構いませんよ?」


「ふむふむ」


 というわけでナナさんの指示に従い、マジックバッグから木材を取り出して並べていく。


「そして、この上に雪を積み上げます。シャベルとかありますか? かまくら作りもあるかと思って、私は前もって用意していましたが」


「シャベル? んー……。あぁ、あるね。なんか入っていた」


 マジックバッグをあさったところ、なんか普通に入っていた。

 我ながら、いろんな物を適当に放り込んでいるマジックバッグだこと。


「じゃあそうだな――僕とナナさんが適当にシャベルで雪を積んでいくから、フリードリッヒ君は形を整えていってくれるかな?」


「キー」


「よし。それじゃあ作業を開始しよう」


「――いざ、かまくら」


「お、おう」



 ◇



 僕達は苦労の末、二メートル近い高さの雪山を作り上げた。


「結構疲れたね……」


「普通に労働した感がありますね」


「キー」


 普通に疲れた。普通に重労働。

 でもまぁ、雪山は良い感じで作れたんじゃないかな? 高さも十分だし、形もフリードリッヒ君が綺麗に整えてくれた。

 うん、良い雪山だ。きっとこの良い雪山は、良いかまくらになってくれるはずだ。


「それで、次はどうするのかな?」


「待ちます」


「待つ?」


「固まるのを待ちます。大体二時間くらいですかね」


「え……」


 そうなのか、ここで待ちなのか……。二時間の待ち……。

 大変だなぁ、かまくら作り……。


「――いざ、かまくら」


「さっきから、なんなのそれは」



 ◇



 雪だるまを作ったり、雪合戦でフルボッコにされたりしながら時間をつぶした。

 なんだかんだで存分に雪を楽しんでいる気もする。


 そうこうしている間に、二時間が経過した。ダンジョンメニューで確認していたので、正確な時間である。


「雪はしっかり固まったようですね。ではこの雪山に、上から木の枝を差し込んでいきます」


「木の枝?」


「三十センチほどでしょうか。木の枝を差します。ちなみに、そのためにエリア内にいくつか木を生やしました」


「そういえばそこそこ生えているね。最初はなかったと思ったけど」


「雪だるまにも枝は使うので、どうせなら生やしてしまおうかと」


「なるほど……」


 枝を用意するならば、むしろ木を生やしてしまおうという発想。実にダンジョンマスターらしい。

 何やらちょっと感銘を受けながら、ぷすぷすと枝を差していく。


「そして次に、固まった雪山を掘り進めていきます」


「よしきた」


 ナナさんがシャベルで入り口の輪郭りんかくを描いたので、それを目安に掘り進めていく。

 雪山を崩してしまわないように、慎重に慎重に。


「おっと、この木材は回収していいんだね?」


「お願いします」


 掘っていたら、一番最初に埋めた木材が出てきた。これを回収したら、中に空洞ができるわけだ。

 僕は発掘した木材を、ひょいひょいマジックバッグに回収していく。わざわざ外に出す必要がないのは楽でいい。


「お、今度は枝が見えたよ?」


「ではそこまでですね」


 さらに掘り進めると、上から差した枝が見えた。

 差した枝の長さは三十センチ。つまりこれで、壁の厚さも三十センチになったわけだ。


 このように枝を頼りに掘り続け、内部を完成させていき、最後に枝を抜けば――


「完成です」


「おー」


「無事完成しましたね。お疲れ様です」


「いやー、ようやくか。結構大変だったね。ナナさんもフリードリッヒ君も、お疲れ様」


 いやはや、結構な時間が掛かってしまった。

 軽い気持ちで『かまくらを作りたい』とか言っちゃったけど、実際に作るのはとても大変だった。


 でも、楽しかったね。大変だったけど楽しかった。

 三人で協力して、立派なかまくらを作り上げることができた。こうして眺めていると、何やら達成感も湧いてくる。


「よしよし。それじゃあ早速入居しよう」


 僕達三人は、わくわくしながら完成したばかりのかまくらへ入っていく。

 さぁさぁ、中は一体どんな素敵空間なのかな?


 いや、まぁ今までずっと中で作業していたわけで、中の様子は全部わかっているのだけど……。

 それでも作業のために入るのと、完成したかまくらに入るのとでは、やっぱり違うものなんじゃないかなって。なんとなくそんなことを思ったり……。


 ……まぁいいや。とりあえず入ろう。

 とりあえず入って、かまくらの狭い空間で、ぼんやりのんびり過ごそうじゃないか。


 ではでは――


「いざ、かまくら」


「いざ、かまくら」


「キー」





 next chapter:真・Dメール

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