第303話 VS大ネズミ10
大ネズミのヘズラト君に騎乗した僕は、ジスレアさんと共に村を出発した。
前回同様、出発前に軽くごたごたはしたものの、どうにかこうにか世界旅行に出発だ。
まだ見ぬ世界に向けて、僕達はゆっくりと歩き始めた――
「ちょっと速くなった」
「はい?」
「ヘズラトがちょっと速くなった」
「あぁはい、そうなんですよ。前回の世界旅行から五ヶ月、ヘズラト君も頑張ってくれまして」
努力の結果『素早さ』も上がり、『騎乗』スキルを取得できないまでも、できる限りの騎乗訓練を積んできたヘズラト君。
ジスレアさんの言う通り、前回の世界旅行時よりも移動スピードは上がっている。
まだまだゆっくりな歩みではあるものの、ヘズラト君は着実に進化しているのだ。
「確か前回の旅行時は『素早さ』4でしたかね。それが今回は、『素早さ』6のヘズラト君なんです」
そんなヘズラト君を称えるように、わしわしと首の辺りを撫でる。
「『素早さ』6か。聞いていいかな? 今レベルは?」
「キー」
「大丈夫だそうです。現在のレベルは3ですね」
「そうか。レベル3で『素早さ』6はすごい」
そう言って、ジスレアさんもヘズラト君をわしわしやり始めた。
「レベル3なら十分な速度。『素早さ』6とだけ聞くと遅く感じるけど、レベル3なら十分」
「…………」
「きっとヘズラトは、これからどんどん速くなる。『素早さ』6では、まだあまり速いとは言えないけれど、これからもっと成長していくはず」
「…………」
なんか『素早さ』6の僕が、遠回しにディスられてないか……?
いやまぁ、別にそんなつもりもないんだろうけど、なんだかな……。
「キー……?」
「あ、大丈夫だよヘズラト君。これからも頑張ってね」
なんとなくモニョっていたところ、それを察したヘズラト君が僕を気遣ってくれた。
いいんだヘズラト君。僕なんか気にしないで、これからもどんどん『素早さ』を伸ばしていっておくれ。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません。それで、これから最初に向かうのが――」
「カーク村」
カーク村。ここから北東にあるという人族の村だ。
前回はたどり着くことができなかった、人族の村なのである。
「そのカーク村ってのは、どのくらいで着くんでしょうか?」
「ん? んー……」
僕の問いかけに、しばし考え込むジスレアさん。
きっとヘズラト君の移動スピードを考えて計算しているのだろう。
「二週間くらいかな?」
「ほうほう。二週間ですか」
「一週間もしたら森が途切れると思う。そこからさらに一週間進めば、カーク村に着くはず」
「ほうほう。一週間で森が」
なるほど。そこまでがエルフ界か。森が途切れたその地点が、エルフ界の一番端っこなのだろう。
となると、その地点まではユグドラシルさんもワープできるのかな? なんだったら、そこまで付いてきてもらうのもありだったかもしれないね。
以前『わしも付いていこうか?』なんて言ってくれたユグドラシルさんだし、頼めば一緒に来てくれたはずだ。そこまで三人旅ってのも、面白かったかもしれない。
まぁすでに再出発してしまったわけで、今さらそんなことを考えても遅いか。
再出発のさらに再出発――再々出発なんて事態にでもならない限り、考えても意味がないことだ。
……考える意味はない。
前回同様ジスレアさんが弓を忘れていて、早々に帰還。そして再々出発なんて羽目にでもならない限りは、考える意味がないことだが――
「アレク」
「え……? な、なんですか……?」
「どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
……不穏なことを考えている
「それで、何かありましたか……?」
「モンスター」
「え? あぁ、そうでしたか」
なんだそうか。モンスターか。近くにモンスターが現れたらしい。
ではでは、僕も『索敵』スキルを用いて――
「えーと……あっちかな?」
「こっち」
「…………」
あんまり頼りにならない僕の『索敵』スキルレベル0を頼りに気配を探り、『あっちかな?』と思った右後方を指差したところ――ジスレアさんは左前方を指差した。
ここまで真逆だと、逆に面白い。
「もうちょっと近付こうか」
「そうですね」
ジスレアさんの誘導に従って移動すると、ようやく僕の『索敵』スキルもしっかりとした反応を示した。
というか、モンスターの姿も見えた。
「大ネズミですね」
「うん」
大ネズミだ。野生の大ネズミが現れた。
ふーむ。同じ大ネズミではあるものの、こうして眺めていると、やはり野生の大ネズミとヘズラト君は全然違うように見える。
ヘズラト君には、もっと知性や品位を感じられる。なんというか、気品があるのよ気品が。
清潔感とかもある。毛とかも
というわけで、なんとなくヘズラト君をもふもふしていると、『え、急にどうされました?』とこちらを振り返ってきたが、そのままもふもふする。
そんなヘズラト君。一応は同種族なわけで、やっぱり大ネズミと戦うのは抵抗があるのかなと思っていたのだが――特に問題はないらしい。
普通に自ら大ネズミを討伐するし、僕が大ネズミを討伐しても、これといって反応を示さない。
「じゃあアレク」
「わかりました」
僕はヘズラト君から降りて、マジックバッグから弓を取り出し、戦闘の準備を始めた。
村にいた頃からそうなのだけど、ジスレアさんと出かけたとき、戦闘はもっぱら僕の役目だ。ジスレアさんは殆ど手を出さない。修行なのだそうだ。
……この点だけだな。唯一この点が、ジスレアさんとの『修行』で、修行っぽい部分だった。
さておき、今回もジスレアさんは手は出さないそうなので、僕がサクッと討伐を――
「あ……」
「うん?」
「ときにジスレアさん。ひとつお願いがありまして…………できたら今回は、ジスレアさんに討伐をお願いできないでしょうか」
「私が?」
「あの大ネズミは、世界旅行において初めて遭遇したモンスターです。記念すべき――と言うのが正しいかはわかりませんが、とりあえず初めてのモンスターです」
そういえば前回は一度も敵と会わなかった。
まぁ一日にも満たない世界旅行だったので、そんなこともあるかな。
「記念すべき初モンスターとの初戦闘は、是非ジスレアさんにお願いしたいと思いまして」
「うん……? それならアレクが戦った方がいいんじゃない?」
「いえいえ、ここは是非ジスレアさんに。記念なので是非」
「そう……? うん、別にいいけど……」
いまいち説得力のない僕の説得ではあったけど、ジスレアさんは応じてくれるようだ。
よしよし……。それじゃあこの機会に――こっそり確認しておこう。
ジスレアさんがちゃんと『世界樹の弓』を持ってきたかどうか、こっそり確認しておこう。
前回は弓を忘れたことに大層落ち込んで、数ヶ月の準備を重ねることとなったジスレアさん。
そんなジスレアさんに対し、『今回はちゃんと弓を持ってきました?』なんてことを正面から尋ねたら、ジスレアさんは
であるならば、あえて正面からは聞かず、こっそりと確認しておこうじゃないか。
「ではジスレアさん、お願いします」
「うん。それじゃあ――」
僕の言葉に頷いたジスレアさんは、大ネズミに手のひらを向け――
「あっ。――できたら弓で! 弓矢で倒していただけると!」
「ん?」
「ここはエルフらしく、バシッと矢を射っていただけたら……」
「別にいいけど……」
ジスレアさんが魔法を使う素振りを見せたので、僕は慌てて静止し、弓での討伐を依頼した。
多少困惑しつつも僕の願いを聞き入れてくれたジスレアさんは、大ネズミに向けていた手を引っ込め、その手を自分のマジックバッグに差し入れた。
そして、矢を一本取り出し――
「じゃあいくね」
「はい。……ん? あれ?」
矢だけ? 弓は?
戸惑う僕を他所に、矢尻の部分をつまむように持ったジスレアさんは、手首のスナップを利かせ――――矢を大ネズミに投げつけた。
「えぇ……」
「ふふ。どう?」
「いや、すごいっちゃすごいですけど……」
ジスレアさんが投擲した矢は一直線に突き進み、そのまま見事大ネズミを射抜いた。
すごいっちゃすごいし、妙に格好よかった。面白いものを見せてもらったジスレアさんには感謝したい気分だ。
いやけど……弓は?
世界樹の弓はどうなの? ちゃんと持ってきてくれたの? そこだけが確認したかったのだけど……。
next chapter:ジスレアさんの水
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