第302話 世界旅行2


 たった二日で帰ってきた前回の世界旅行から五ヶ月。

 五ヶ月の時を経て――再び世界へと旅立つ日がやってきた。


「ありがとー。みんなありがとー」


 再び集まってくれたメイユ村とルクミーヌ村の住民達に、僕は笑顔で手を振っていた。


「今度こそ世界を見てくるよー。ありがとー。頑張ってくるよー」


 前回同様たくさんの村人が集まってくれた僕の送別会。盛大な拍手と歓声を受けつつ、僕は村の中を歩く。


 ……というか、なんでまた集まっているんだ。

 もういいじゃないか。前回あれだけ盛大にやったんだから、もういいだろう。どうしてこうなった。


 正直恥ずかしい。前回の世界旅行があんな結果に終わり、再出発ってだけでも恥ずかしいのに、またしても盛大な再送別会だ。結構な辱めだぞこれは……。


 とはいえ、僕を応援しようというみんなの気持ちは嬉しい。嬉しいといえば嬉しい。

 そもそも、あんなふうに二日で帰ってきてしまった僕を再び応援してくれるというのだから、そこは感謝しなければいけないだろう。


 というわけで、恥ずかしさに身悶えつつも、みんなに感謝しながら進んでいると――


「ありがとー。ありがとー……ハッ」


 ……レリーナちゃんがいる。


 前方に、レリーナちゃんの姿を発見した。

 とりあえず今回は簀巻すまきにはされていないようだ。普通に立っている。


「れ、レリーナちゃーん」


「お兄ちゃーん」


 僕が名前を呼びながら近付くと、レリーナちゃんは狂気をにじませた笑顔で僕を出迎えてくれた。


「き、来てくれたんだねレリーナちゃん」


「うん。約束だったから……」


「約束?」


「笑顔でお兄ちゃんを送り出すって約束」


「あ、そうか、その約束か」


 ……それであの笑顔だったんだ。

 離れ離れになる悲しみを、押し殺した笑顔だったわけだ。狂気の笑顔だなんて、うっかりひどいことを言ってしまった。


「お兄ちゃんも約束を守ってくれたから、私もちゃんと守らなきゃって……」


「そっか、ありがとうレリーナちゃん」


 僕が守った約束というのは、『夏になったらレリーナちゃんと船に乗る』というあれのことだろう。


 確か最初はそんな約束ではなかったと思うのだけど……レリーナちゃん独自の解釈により、最終的に『夏の間は船に乗るから、出発しない』という約束にすり替わっていた。

 そのため旅の再出発は、なんだかんだで秋にまでずれ込んでしまった。


 とはいえ、悪くはない。少し延期するだけで無事に出発できるのなら、悪くはない条件だと思う。むしろ破格の条件だ。


「いよいよ出発だねお兄ちゃん」


「そうだね、いよいよだ」


「気を付けてね」


「ありがとうレリーナちゃん。でも大丈夫だよ、ジス――大丈夫だよ」


『大丈夫だよ、ジスレアさんもいるから』――そう伝えようとしたところ、能面ーナちゃんが現れそうだったので、僕は慌てて口をつぐんだ。


「……そういえば、ジスレアさんはどこかな?」


「え? あぁ、今は僕の家にいるね。今回も挨拶が長くなりそうだったから、家で待機してもらっているんだ」


「そうなんだ」


 ぽつりとつぶやいてから、レリーナちゃんは僕の家がある方角をじっと見つめている。


 ……あれ? ひょっとして、今僕はとても軽率な発言をしてしまったかな?


「あの、レリーナちゃん?」


「うん」


「いや、あの、レリーナちゃんってば」


「うん」


 家の方を見たまま、僕の問いかけに生返事をするレリーナちゃん。


 ……なんだかとても不穏。



 ◇



 みんなへの挨拶が終わり、村の外に出てきた僕は、そこで幼馴染のジェレッド君と遭遇した。

 そして彼とも別れの挨拶を交わした後、ジスレアさんを呼んできてもらうようお願いした。


 前回の世界旅行でもあったやり取りだが、僕は今回もジェレッド君をスルーしてしまったようで、追いかけて来た彼に再びお願いすることとなった。


「そろそろ来るころかな?」


「キー」


 ジェレッド君を見送った後、僕は大ネズミのヘズラト君を召喚して、二人でジスレアさんを待っていた。

 たぶんそろそろ来てくれるだろう。何かのトラブルにでも巻き込まれていなければ、たぶんもうすぐ……。


 そこはかとない不安を覚えながら、ヘズラト君にくらを装着し、格好いい騎乗や下乗の仕方を練習していると――


「あ、ジスレアさん!」


 遠くから、ジスレアさんがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 よかったよかった。これで一安心。

 レリーナちゃんが不穏な動きを見せていて、少し心配していたのだけど、どうやら杞憂きゆうだったようだ。


 ジスレアさんは僕達のすぐ近くまでやってきて、軽く手を上げた。


「お待たせ」


「大丈夫でしたか?」


「何が?」


「……あ、いえ」


 ……まぁそうか。村の中を歩いてきただけなのに『大丈夫?』と聞かれても、そりゃあわけがわからないか。


 いやしかし、なんと返したものか。

 さすがに『レリーナちゃんに襲われませんでしたか?』とは聞きづらい。


「えぇと……村から出てくる途中、何かありませんでしたか?」


「人がたくさん集まっていて、応援された。確かに少し戸惑ったかもしれない」


「なるほど」


 ジスレアさんも僕と同じように、熱烈な応援を受けたらしい。

 ジスレアさんは笑顔で手を振って歓声に応えるタイプでもない気がするけど、どうやって歩いてきたんだろう? 一応手くらいは振り返したのかな?


「そうですか。ジスレアさんも応援を――」


「あと、レリーナに会った」


「おぅ……」


 やはりレリーナちゃんは……いや待て、まだわからない。会っただけならまだわからない。

 ひょっとすると、『お兄ちゃんを守ってあげて』的なお願いをされただけな可能性も――


「何故か隠密状態だった」


「…………」


 何故だ……。何をするつもりだったんだレリーナちゃん……。


「えっと……それでどうしたんですか?」


「ん? 私が話し掛けたら隠密状態を解いて、普通に応援されたけど」


「なるほど」


 何を企んでいたかはわからないけど、バレてしまったので諦めたらしい。


「というか、ジスレアさんもレリーナちゃんの隠密を見破ることができるんですね」


「あれくらいの隠密ならわかる。前と比べて進歩していたし努力しているみたいだけど、まだまだ」


「前?」


「私が一人旅から戻ってきたときも、何故か隠密状態のレリーナが村の外で出迎えてくれた」


「村の外で出迎え……? 隠密で……?」


 え、それって……。もしかして、ジスレアさんが村に帰ってこなければ、僕が再出発することもないとかって、そういう――


 いや、まさかね。まさかそんなことは……。うん。まさかね……。





 next chapter:VS大ネズミ10

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