第273話 フリードリッヒ君とダンジョンメニュー


「『ダンジョンメニュー』」


 ナナさんとミコトさんを見送った後、僕は自室に戻ってからダンジョンメニューを開いた。

 これから送られてくる、ダンジョンメニューを用いたメッセージ――通称『Dメール』を、見逃さないようにしなければいけない。


「だけど目の前にずっと開きっぱなしってのは、ちょっときついな……」


 視界に入りっぱなしで、ずっと付いてくるのはなかなか鬱陶うっとうしい。

 ミコトさんへの村案内がいつ終わるかわからないので、数時間これが続くかもしれないのだ。これはちょっときつい。


「……これ、壁とかに貼れないかな」


 部屋の壁にでもペタッと固定できたらいいんだけど、さすがにそれは――――おおう。


「貼れたわ……。相変わらず、この世界のスキルは自由度が凄いな……」


 物は試しと、手で押し付けるようにダンジョンメニューを壁に当てたところ、しっかり固定できた。

 そこから視線を外しても視界の中にメニューは付いてこないし、視線を戻すとしっかり壁に固定されている。


「よしよし。それじゃあ『ダンジョンメニュー』。んー……『ダンジョンメニュー』」


 いつもはスマホサイズのメニューを使っているのだけど、離れていても見やすいように、もう少し大きめのメニューにしておきたい。

 というわけで一度メニューを開き直し、再度壁に固定した。縦横の長さが大体二メートルほどの、巨大ダンジョンメニューだ。


「何やらホームシアターっぽい雰囲気になったな……。これで映画でも見られたらいいのに」


 まぁそれはともかく、今回はダンジョン名の部分だけでいいんだよね。もうちょっと上手いこと調整できないかな……。



 ◇



 ダンジョン名だけを表示した、横長の巨大なメニューを壁に設置してみた。


「そんでもって、ダンジョン名に触れたら――うん、大丈夫そう」


 表示されたダンジョン名の部分に触れると、メニューが下方向ににゅっと伸びて、文字を打ち込むためのキーボードが出現した。

 もう一度ダンジョン名に触れると、キーボードが引っ込む。


「完璧だ。……というか、本当に自由度が高いな」


 メニューを出現させるときに頭の中でイメージしておけば、大体その通りのメニューが出現してくれる。

 今までは簡単なサイズ調整くらいしかしていなかったけど、まさかここまで自由にカスタマイズできるとは……。


 もしかして、前からできたのだろうか? それとも僕がダンジョンマスターとして成長した結果、できるようになったのだろうか?


「……さておき、とりあえずいい感じのメニューができたと思う。いいよね?」


「キー」


「そっかそっか」


 作業中、なんとなく大ネズミのフリードリッヒ君を召喚してみた。


 最近はナナさんに取られてしまうことも多いフリードリッヒ君だが、現在ナナさんはミコトさんの案内中。なので今日は僕がフリードリッヒ君を独占できる。

 このままでは僕よりナナさんに懐いてしまうのではないかと、ちょっとだけ心配していたのだ。この隙に友好度を稼げるだけ稼いでおこう。


「それじゃあ無事にメニューも設置できたことだし、何か別のことを――」


「キー」


「ん?」


 フリードリッヒ君に声を掛けられ、何事かと振り向くと――ダンジョン名が変更されていた。

 どうやらさっそくナナさんからDメールが届いたようだ。


 新たなダンジョン名は――


『ジスレア診療所制圧完了ダンジョン』


「制圧したのか……」


 たぶんジスレアさんへの挨拶が終わったってことなんだろうけど、制圧て……。

 まぁ一応『任務達成ご苦労』って返しておこうかな……。


 僕がそうメールを返すと――


『次はフルール工務店を押さえますダンジョン』


 すぐさまそんなメールが届いた。

 タイピング速いなナナさん……。とりあえず『健闘を祈る』とでも返しておこうか。


「さて、じゃあ次のメールを待ちつつ、何かしようかフリードリッヒ君」


「キー」


「あ、そうなの?」


 僕がフリードリッヒ君を遊びに誘ったところ、フリードリッヒ君はテーブルに出しっぱなしだった木工道具を見ながら――


『作業の途中だったのではないですか? 私がメニューを確認しておきますので、アレクシス様はそちらを進めてはどうでしょう?』


 ――てなことを言ってくれた。


 さすがは空気を読めるフリードリッヒ君だ。

 『キー』のたった一言に、一体どんだけの意味が詰め込まれているのかって疑問もちょっと湧いてきたけど、さすがである。


「キー」


「うーん。そこまで言うなら続けようかな……」


 それじゃあ僕は、制作途中だったコーラの缶を完成させようか。

 まぁ別に、これはそこまで熱心に取り組むような作業でもないのだけど……。


 それはそうと、僕がコーラの缶を作っている間、ずっとフリードリッヒ君にメールのチェックだけをさせるのも申し訳ない。

 フリードリッヒ君も何か他に、楽しめるものがあるといいのだけど……。



 ◇



「キー」


「おっと、ありがとうフリードリッヒ君」


 頑張ってフラフープを回しているフリードリッヒ君が、メールの受信を教えてくれた。


「えぇと、何々?」


『フルール工務店の無力化に成功しました次はジェレパパのホムセンを鎮圧しますダンジョン』


「なんか物々しいんだよな……」


 どうにも物騒な言い回しだが、とりあえずフルールさんへの挨拶が終わり、次はジェレッドパパのお店に向かうつもりらしい。


「それじゃあちょっと返信しようか。……うん? あ、そうか」


「キ?」


「んー、せっかく離れた場所から確認できるようにしたのに、返信するにはメニューに近付かなければいけないんだなって」


 それはちょっと残念な仕様だ。

 あるいは、ダンジョンメニューを分割できないかな? 時々ナナさんもメニューとキーボードを分割して使っているのを見るけど、あれが僕にもできないだろうか?

 二つに分割して、壁にメニュー、手元にキーボードって配置にできたら、移動しなくて済むんだけど――


「キー」


「え? フリードリッヒ君が僕の代わりに入力してくれるの?」


 僕が面倒くさがっていろいろ考えていると、フリードリッヒ君がそんなことを提案してくれた。


「えっと、打てるの?」


「キー」


「へぇ? それじゃあ試しにお願いしてみようかな。……あれ? いや、そもそもフリードリッヒ君はメニューが見えるの?」


「キー」


「見えるんだ……」


 まぁそうか。今まで何度も僕にメールの受信を教えてくれたのだから、そりゃあ見えているのだろう。


 しかし、ダンジョンメニューは僕とナナさんにしか見えないものだと思っていたけど、フリードリッヒ君も見えるのか……。

 理屈はよくわからないけど、僕の召喚獣だからってことなんだろうか? だとすると、ミコトさんも見えるのかな?


「ふむ。それじゃあフリードリッヒ君…………おや?」


 フリードリッヒ君にメールの返信をお願いしようとしたところ、すでにメールの文面が変わっていた。


 新たに届いたメールによると――


『ジェレパパのホムセンからつまみ出されましたダンジョン』


「何をやっているんだナナさん……」


 確か『戦闘用の土』のときにもこんなことがあったな……。またつまみ出されたのか……。

 どうにもナナさんとジェレッドパパは相性が悪いようだ。しょっちゅう揉め事を起こす。


「……それじゃあフリードリッヒ君、『ドンマイドンマイ』って入力してくれるかな?」


「キー」


 僕がそう伝えると、フリードリッヒ君は回していたフラフープをいったん置いて、メニューの元へ向かった。

 そしてメニューに手を伸ばしてキーボードを出現させてから、ポチポチと文字を入力していく。


 ちゃんと打てるようだ。というか、本当に賢いなフリードリッヒ君……。


「ありがとうフリードリッヒ君」


「キー」


 フリードリッヒ君がメールを送ってすぐに、ナナさんからメールが届いた――


『ありがとうございますもう一度突撃しますダンジョン』


「……フリードリッヒ君、『今日はもうやめておこう』って入力してくれるかな?」


 なんだかナナさんは、僕のメールをおかしなふうに読み取ってしまったようなので、改めて一時撤退を進言しておこう……。


『了解しました次は教会へ向かいますダンジョン』


「ふむ。『切り替えて頑張ろう』で、お願いできるかな?」


「キー」


 そしてまた、ポチポチと入力するフリードリッヒ君。

 僕としてはメニューの分割でもしようかと思っていたのだけど……なんかフリードリッヒ君も楽しそうだし、このまま入力を続けてもらおうかな。


 そんなわけでフリードリッヒ君が返信すると、すぐに――


『ミコトお姉様を鑑定してもらいますかハテナダンジョン』


「鑑定……?」


 それは……どうしたもんかな? え、どうしよう。ちょっと悩むな……。


「フリードリッヒ君はどうしたらいいと思う?」


「キ!?」


 ちょっと驚いている。まぁ難しいよね。なかなか難しい判断を求めてしまった。


 いやしかし、どうするかな……。神とか召喚獣とか、鑑定でバレたりしないかな? ここでいきなりバレるのも、ちょっと困るのだけど……。

 とはいえ、ゆくゆくはミコトさんの鑑定も行っていきたい気持ちもあるし……。


「んー。『鑑定してもいいけど、一回みんなで相談したいかも』って送ってくれるかな?」


「キー」


 フリードリッヒ君にお願いして、ひとまずそんな感じのメールを送ってもらおう。

 何がどうバレるかもわかんないし、その前にみんなで相談しておきたい。


『了解しました鑑定は保留しますダンジョン』


「うんうん。いやー、それにしても今日はメールが活躍する日だね」


「キー」


「うん。今日はこんな感じで頑張っていこう。ナナさんとミコトさんにアドバイスを送りつつ、陰ながら二人を応援しようか」


「キー」


「そうだね、みんなで頑張ろう。…………うん?」


 僕とフリードリッヒ君がそんな決意を固めたその瞬間、ちょっと今の僕達では、どうにも解決できない問題が発生したらしい。


 新たにナナさんからメールが届いたのだけど、その内容が――


『レリーああああああああああああああああああああああああダンジョン』


「…………」


「…………」


 どうやらナナさんとミコトさんは、何かに出会ってしまい、なんらかの窮地きゅうちに陥ったらしい。

 差し迫った危機的状況を、どうにか伝えようとする文面が、壁に大きく表示された。


 いやしかしこれは、なんというか……。


「ホラーでしかないな……」


「キー……」





 next chapter:武器屋

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