第262話 服を買いに行く服がない
僕が召喚した大ネズミ君の名前は――
『ヘズラト・モモ・トラウィスティア・フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世』
――と、決まった。
みんなが挙げた名前候補を、すべて採用した形だ。
最初はとりあえず大ネズミ君本人に、『どれがいい?』と聞いてみたのだけど、空気の読める大ネズミ君は困ってしまった。空気が読めるがために、大層困ってしまったのだ。
そんなわけで結局は、すべての名前を混ぜ込む形になった。いわゆるナナ山田方式だ。
「じゃあお疲れ様、フリードリッヒ君」
「お疲れ、トラウィスティア」
「うむ。お疲れ、モモ」
「お疲れ様です、ヘズラト」
「キー」
みんな自分が付けた名前を好き勝手に呼んでいるな……。
「では――『送還:大ネズミ』」
「キー」
こうしてフリードリッヒ君は、元いたところへ送り返された。
まぁそれがどこだかは知らないけど、とりあえず送り返した。
「うむ。モモも帰ったことじゃし、わしも帰るとするかのう」
「あ、そうですか。今回もいろいろとありがとうございました。では、また」
「うむ、お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
そうして僕とユグドラシルさんは、いつものハイタッチと挨拶を交わした。
続いてナナさんやミコトさんとも『お疲れ様でしたー』『お疲れ様でしたー』と挨拶を交わした後、ユグドラシルさんも消えるように去っていった。
「さて、それじゃあ僕達も村に戻ろうか」
「そうしましょう。この後はあれですか? ミコト様の紹介ですか?」
「ん? うん、そうだね」
ユグドラシルさんの友達だと紹介する許可ももらったことだし、その通り村の人達に紹介して回りたい。
……とまぁ、そんなことを思っていたのだけれども。
「あの、ミコトさん」
「うん?」
「その服を、着替えることは可能ですか?」
「服?」
ミコトさんが今着ている巫女服は、この世界だとどうしても違和感がある。
できたらもう少し周囲に溶け込みやすい服に――TPOを考えた服装に着替えてもらいたい。
「そういえばマスターは、私のときも服を脱がせようとしましたね」
「その言い方はだいぶ
やっぱりミコトさんも、村の人達と打ち解けてもらいたいからね。そこら辺から歩み寄っていただけないだろうか。
「服か……。着替えるのは構わないけど……」
「けど?」
「着替える服がない」
「ふむ」
なんとなく、『服を買いに行く服がない』ってことわざを思い出した。
「本当は、その程度造作もないんだ。『神力』さえあれば、一瞬で服装を変えることも容易いのだけど……」
「神力? あ、そういえば最初に召喚したとき、チラッと言っていましたね」
歩きキノコに乱入されてそのままになってしまっていたが、確かにそんなことを言いかけていた気がする。
「うん……。神が神っぽいことをするには、神力が必要なんだ」
「神っぽいことを……。えぇと、僕はその神力とやらが、いまいちわからないのですが」
「この世界ふうにいえば、魔力みたいなものかな? アレク君も魔力を使って魔法やスキルを使うだろう? 私は神力を使って、神の奇跡を起こすんだ」
「ほうほう。……それで、その神力がないのでしょうか?」
「一応まるっきりないわけでもないんだ。わずかだけど多少は体に溜まっている。たぶんこれも、レベルアップしていけば総量が増えていくんじゃないかと思っているんだけど……」
そういう感じなのか、なるほどなぁ……。
じゃあミコトさんのレベルが上がっていけば、いつかは『――光よ』も、ちゃんと放てるようになるんだろうか? たぶんあれも、神力を使った何かだと思うから……。
「そういうわけで、今の私は新しい服を用意する奇跡すら起こせそうにない……」
「新しい服を用意する奇跡ですか……。それはまた、ずいぶんと安上がりな……」
「今の私は、そんな安上がりな奇跡すら起こせないダメな女神だ……」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
うっかり余計な一言を言ってしまった。ミコトさんが少しいじけている……。
「……あ、戻れば大丈夫なんですよね?」
「ん?」
「一旦天界に戻ったらどうでしょう? そこで着替えてもらって、それから再召喚したら新しい服に着替えられるのでは?」
「んー……。うん、一度試してみたいな。お願いしてもいいだろうか?」
「もちろんです。では――『送還:ミコト』」
僕は呪文を唱え、ミコトさんを天界に送り返した。
「それで…………もういいのかな? ほとんど時間が経っていないけど、再召喚しても大丈夫かな?」
「問題ないのでは? 先ほどもそうでしたが、時間とか自由自在でしょう」
自由自在か……。
「……お湯を入れたカップ麺をミコトさんに持ってもらって、送還と召喚を繰り返したら、一瞬で完成したカップ麺を持ってきてくれるのかな?」
「相変わらずマスターは、地味で微妙なことを考えますね……」
時間経過の実験として、なんとなく一番最初に連想してしまったんだ。
「まぁいいや、それじゃあ――『召喚:ミコト』」
僕が呪文を唱えると、ミコトさんが地面からにゅっと現れて――
「――我が名はミコト、契約により現界した。我の力が必要か?」
「あ、えっと……はい、よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
「……というか、もしかして早かったですか?」
再召喚したミコトさんは、送還前と同じ巫女服姿だった。
どうしたんだろう。さすがに早すぎたか? 服を選んだり着替えたりする時間がなかったか?
とりあえず、着替え中に呼び出してしまうなんてことがなくてよかった。……うん、よかった。
「いや、着替えたんだ。この辺りでは一般的な服に、ちゃんと着替えたのだけど……」
「あれ? そうなんですか?」
「どうも天界での変更は、召喚獣ミコトには反映されないらしい」
「召喚獣ミコト……」
まぁ、わかりやすいネーミングだとは思うが……。
「そういうわけで、着替えるならこっちで着替えなければいけないみたいだ。おそらく今着替えたら、次回以降もその服で現れると思う」
「なるほど……。じゃあ僕らがミコトさんの服を用意すれば大丈夫なんですかね?」
「うん、たぶん」
「そうですか、わかりました。ではこちらで用意しましょう」
「申し訳ない、苦労を掛ける」
「いえいえ」
ふーむ。ということはつまり、『天界の女神ミコト』と『召喚獣ミコト』はリンクしていないって感じなのかね?
じゃあやっぱり――カップ麺を一瞬で作ることもできないのかな?
むしろ逆に……例えば氷を持ってもらったまま送還して、数日後に召喚したとしても、氷は溶けていないままだったりするのだろうか? どうなんだろう? ちょっと気になる。
「あ、それとディースから伝言だ」
「ディースさんから? なんでしょう?」
「『ラタトスク』だそうだ?」
「ラタ……? はい?」
「トラウィスティア――大ネズミ君の名前に、ディースはラタトスクを提案するそうだ」
「はぁ……」
そうなんだ……。じゃあ一応、新たに付け加えるとしようか……。
えぇと、ではフリードリッヒ君のフルネームは――
『ヘズラト・モモ・ラタトスク・トラウィスティア・フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世』
――ということにしよう。あとでフリードリッヒ君にも伝えておかねば。
それにしても、フリードリッヒ君はずいぶん名前が長くなってしまったな……。
なんとなくだけど、これからもどんどん長くなっていく予感がする……。
next chapter:キノコのソテー
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