第240話 髪とひげ、後日談


 大ネズミの複製はできず、蘇生できるのは一体のみだった。


 右手と左手に一本ずつひげをもって蘇生薬に浸けたが、蘇生したのは右だけ。左はひげのままで変化がなかった。


 ちなみに――そのときは復活しなかった左のひげだが、右の大ネズミを倒したところで薬の効果が発動して、こっそり復活していた。


 うっかりだ。僕もナナさんもうっかりしていた。どうやら僕達が合掌やら埋葬の話やらをしている後ろで、もこもこと蘇生中だったらしい。

 ふと気配を感じて振り返ると、何やら大きな肉塊がもぞもぞとうごめいていたのだから、それはそれは驚いた……。


 とにかくそういうわけで、やはり一体までしか蘇生できないことを、改めて認識した僕なのだけど――


「魂とか、そういう話なのかなって」


「ふむ」


「以前ディースさんもミコトさんも、魂がどうのこうの言っていたので、もしかしたらその辺りが関係しているのかなって」


「なるほどのう」


 いつものようにユグドラシルさんがふらりと遊びに来たので、今回の実験について話していた。


 一体までしか蘇生できない理由や仕組みを考えていたのだけど……もしかしたら、魂なんて概念が関係しているんじゃないだろうか?


 もうずいぶん前のことで記憶も結構あやふやだが――ミコトさんから『魂は浄化してリサイクルしている』とか、ディースさんから『胎児に魂を吹き込んだ』なんて話を聞いた気がする。

 これらの話からすると、どうやら魂がないと生物は生きていけなくて、それでいて魂は貴重で大事らしい。


「蘇生薬は、魂をどうにかする薬なのかなって。魂を体に戻す薬なのかなって」


 つまり蘇生薬とは――死んじゃった生物の魂を回収して体に戻し、その際に体の再生もする薬。


 だから蘇生できるのは一体までなんだ。

 一体目が魂を使っているのなら、まさかその魂を抜き取ることもできないだろう。だから二体目の際には、薬の効果が発動しない。


「――なんてことを考えてみたんですが、ユグドラシルさんはどう思います?」


「知らん」


「…………」


 知らんらしい。まぁ、知らんのならしかたない……。


 ……というか、ちゃんと聞いていてくれたのだろうか?

 今現在ユグドラシルさんは、お手玉をしている。たくさんのお手玉をぽいぽいぽいぽい上に投げてはキャッチしているのだけど……そっちに全神経を使っている気がする。


 どうもユグドラシルさんは、僕のスピリチュアルなお話よりも、お手玉の方が好きらしい……。


「まぁ、お主の言う理屈は納得できる気がする。実際そうかもしれんのう」


「え? あ、はい」


 あぁ、一応ちゃんと聞いててくれたのか。


「今度ディースに聞いてみたらどうじゃ?」


「あー、どうですかね。蘇生薬はチートルーレットの景品なので、教えてくれないかもしれません」


「ふむ?」


「なんか景品のことは詳しく教えてくれないんですよ。『試行錯誤しこうさくごすべし』とか言われちゃって」


 毎回そんなことを言って、説明してくれないのだ。


 いやけど、実際に回復薬セット関連はすっごい試行錯誤しているよね。何度も何度も実験に実験を重ねている。

 ……まぁそれでいて、ほとんど実験でしか使ってないけど。


「さておきじゃ、同じ人間が大勢増えんことがわかってよかったじゃろ」


「そうですね。それは確かに」


「特にお主なんぞが何人も増えたら、いろいろと恐ろしいことになりそうじゃ」


「僕が何人も?」


 あぁ、それは考えていなかったな。ジェレッド君の量産化しか話題に挙がらなかった。


 まぁ僕が増えても、別にそんな恐ろしいことなんて――あ、でもユグドラシルさんには普段から何かと迷惑をかけているか。

 その迷惑が何倍にも増えてしまうのかもしれないのだ……。それは確かにユグドラシルさん的には恐ろしいことだろう。


「なるほど。僕自身が増えることは考えていなかったですね。ジェレッド君を増やすことしか考えていませんでした」


「何故ジェレッドを増やす……」


「いえ、本当に増やそうとしていたわけではないのですが……」


 それに、僕よりもむしろナナさんがそんな計画を企てていたわけで……。


「――あぁ、そういえば」


「はい?」


 ユグドラシルさんがお手玉を上へ射出するのを止め、全てのお手玉をキャッチしてから一旦テーブルへ置いた。


「ジェレッドの髪を、無事に回収したのじゃな?」


「ええはい。回収しました」


「うむ。――お疲れ様でしたー」


「お疲れ様でしたー」


 ハイタッチを交わす僕とユグドラシルさん。

 これがしたかったのか。そういえば、いつも回収し終わった後にやっていたっけか。


 ちなみにこの『お疲れ様でしたー』は、僕とユグドラシルさんの別れ際の挨拶になっていたりもする。


「まぁ無事に回収できたのはよかったのですが、実はちょっとうっかりしていまして……」


「うん?」


「もちろんジェレッド君の髪も回収したかったのですが――フルールさんの髪も回収したかったんですよね」


「フルール?」


 家族外の五枠は――ユグドラシルさん、レリーナちゃん、ディアナちゃん、ジスレアさん、ローデットさん。この五人だ。


 僕としては、美人建築士にして美人大工職人のフルールさんの髪も回収しておきたかった。

 だがしかし、五枠だ。五枠しかなかったのだ。なので僕は、断腸の思いでフルールさんの髪回収を保留した過去がある。


「正直ジェレッド君より、フルールさんの髪の毛の方が欲しかったです」


「あんまり女の髪の毛を欲しい欲しい言うな……。怖いわ……」


 いやー、失敗したな。あと一枠追加なら間違いなくフルールさんだろうに。いったい僕は何をやっているのやら……。


「というか、それなら行けばいいじゃろ、フルールの髪回収に……」


「でも一枠追加したばっかりだからダメだって、ナナさんが」


「あやつはどういう権限をもっておるのじゃ……」


「来年の春頃には、また一枠追加してくれるそうなので、それまで待とうかと思います」


「どういう仕組みなのじゃ……」


 なんか一年で一枠増やしてくれるそうなので、来年まで待とう。


 来年の春――またお花見の季節になったら、髪を回収しにいこう。

 とりあえず来年はフルールさんで……再来年はどうしようかな? お世話になっているレリーナパパとかジェレッドパパとかかな?


 いや、ここはやっぱり隣村の美人村長さんか? そうだな。それでいこう。

 うん。そんな感じで、毎年頑張って集めていこう。





 next chapter:二代目等身大ユグドラシル神像

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