第233話 秘密
「シャバの空気はうまいぜ」
一歩家の外に踏み出した瞬間、ついついそんな言葉が僕の口から漏れ出てしまった。
ようやく一ヶ月の
木工で暇を潰せる僕でも結構な苦痛だったのだ。きっとジェレッド君辺りは、相当な地獄を味わっていたことだろう。
そのジェレッド君とは明日会う予定だ。
久々の再会を喜んだり、謹慎中の苦労を話し合ったり、一ヶ月前の話をしたりしよう。
二人で『いやあワイルドボアは強敵でしたね』などと、思い出話に花を咲かせるんだ。
そして今日は――レリーナちゃんと会う予定だ。
「一ヶ月ぶりにレリーナちゃんと再会……大丈夫かな」
幼馴染のレリーナちゃんと、ここまで長い期間顔を合わせなかったことはない。
少し不安だ。今現在レリーナちゃんが、いったいどんな状態になっているのか……。
どうも情報によると、なかなか荒れていたらしいが……。
ちなみにそのレリーナちゃん情報は、ディアナちゃんが教えてくれたものだ。
今回のワイルドボア戦に関わっておらず自宅謹慎処分も受けていないディアナちゃんは、
退屈な謹慎期間において、ディアナちゃんは一服の清涼剤的な活躍をみせてくれた。
そしてディアナちゃんは僕の家へ寄ったあと、いつものようにレリーナちゃんのお家に泊まっていく。
――そこでレリーナちゃんを、散々
今日も僕と会ったとか、今日は僕とどんなことをしたとかを、楽しそうにレリーナちゃんに伝えてから帰るとのことだ。
……すごいなディアナちゃん。もう真正面から喧嘩売っているよね。
すごいと思うし、なんだかちょっと尊敬すら覚えるけど、正直やめてほしい。本当にやめてほしい。
というかレリーナちゃんが荒れていたのは、ディアナちゃんが原因なんじゃないだろうか……?
「……まぁ済んだことは仕方がない。とりあえずレリーナちゃんは、朝一番で僕の家に来るって話だけど――ん?」
あぁ、あれかな? 遠くから誰かがこちらへ向かってきている。
……というかダッシュだ。誰かがダッシュでこちらへ向かってきている。
「おにーちゃーん! おにーちゃーん!」
「おぉう……」
やはりレリーナちゃんだ。何やら大声で『お兄ちゃん』と叫びながら全力疾走している。
少し恥ずかしいので、やめてもらいたい気もする。
……いや、だけどあそこまで赤裸々に親愛を表現してくれているんだし、きっと喜ぶべきなんだろう。
とりあえず僕もレリーナちゃんに手でも振ろうか。
「レリーナちゃーん」
「おにーちゃーん!」
「レリーナちゃーん」
「おにーちゃーん!」
案外感動の再会っぽくなっている気もする。
「レリーナちゃー……あれ? え? ちょ、ま――」
「おにーちゃーん!」
「――ふぐッ」
◇
ひどい目に
レリーナちゃんは全くスピードを
「ごめんね、お兄ちゃん……」
「ううん。いいんだよ」
「お兄ちゃんと久しぶりに会えて、ちょっと我を忘れちゃったの……」
「そうか。じゃあしょうがないよ」
さすがのレリーナちゃんも少ししょげているようだ。
まぁ、あれだけ強烈なタックルを浴びせたらねぇ……。
さて、こうして久しぶりにレリーナちゃんと再会したわけだが、ひとつだけ気を付けなければいけないことがある。
あ、うん。出会い頭にタックルを決められることも警戒すべき事案だったのかもしれないけれど、それ以外だ。タックル以外で、ひとつ注意事項がある。
それは――僕の旅についてだ。
エルフの
だがしかし、そのことをレリーナちゃんに知られてはいけない。
もしも世界旅行のことをレリーナちゃんが知ったら、きっとレリーナちゃんは僕に付いてこようとするだろう。それは少しまずい。
まぁ僕としてはレリーナちゃんと一緒に旅をすること自体は構わないのだけど……少し別の問題があるのだ。
僕が森を出て世界旅行へ出発するのは、『十五歳未満でワイルドボアを倒したエルフは、世界を旅しなければいけない』という掟に
そうでもなければ、森を出られない。本来子供エルフは、エルフの森を出てはいけないのだ。
なので、当然レリーナちゃんは僕の旅に付いてくることはできない。
ならばレリーナちゃんはどうするか。
おそらくきっと――ワイルドボア討伐に動くだろう。
そして、自分も森を出る権利を勝ち取ろうとするだろう。
さすがにそれは止めなければいけない。あまりに危険すぎる。
……いや、なんとなくレリーナちゃんなら、どうにかこうにかワイルドボアを倒してしまいそうな気もするけど、さすがに危険だからね。レリーナちゃんにそんな危険なことはさせられない。
というわけで、僕の世界旅行のことは秘密だ。レリーナちゃんに知られてはならない。
この秘密を、どうにか隠し通さなければ――
「ねぇ、お兄ちゃん」
「うん?」
「何を隠しているの?」
「…………」
えぇ……。なんで……?
え、まさか口に出したりしていないよね?
確かに僕は独り言が多い少年ではあるけれど、いきなり本人を前にして、『絶対に隠さなければ』などと口走ってはいないよね?
「と、突然どうしたのかなレリーナちゃん?」
「なんだかお兄ちゃんが、隠し事をしている気がしたから」
「そうなんだ……」
よくわからないけど、なんとなく感じ取ったらしい……。
なんだろう。表情とかかな……? 僕の父も結構顔に出やすいタイプなんだけど、もしかして僕もそうなのかな? 顔に出ちゃったのかな?
……ちなみに現在のレリーナちゃんは、全く表情が読めない。無表情で僕をじっと見ている。
「えぇと、僕はレリーナちゃんに隠し事なんて……」
「…………」
「――それより、久しぶりだねレリーナちゃん。一ヶ月ぶりだよ。こんなに長くレリーナちゃんと会わないなんて初めてだから、なんだか僕はずっとソワソワしちゃっていたんだ」
「え、あ、お兄ちゃんも? 私もそうなの!」
「そっかそっか。こうして無事に再会できてよかったよ」
「うん!」
よしよし、誤魔化せた誤魔化せた。
「あ、そういえばお兄ちゃん。お誕生日おめでとう」
「あぁ、ありがとうレリーナちゃん」
今回の謹慎期間中に僕は誕生日を迎え、十五歳になった。
そう考えると、タイミングとしてはギリギリだったな。あと一ヶ月だったんだ。ワイルドボアを倒すのがあと一ヶ月遅ければ、僕の世界旅行もなかった。
レリーナちゃんも、あと数ヶ月で誕生日を迎えて十五歳になる。少なくともそれまでは、僕の世界旅行のことを隠し通さなければならない。
「本当なら、私もお兄ちゃんの誕生日をその日にお祝いしたかったんだけど……」
「二人とも外出禁止だったからね、仕方ないよ」
「だいぶ遅れちゃったけど、十五歳の誕生日おめでとうお兄ちゃん」
「うん。ありがとうレリーナちゃ――レリーナちゃん?」
なんだかレリーナちゃんが、また無表情で僕をじっと見ている。
「どうしたの……?」
「『十五歳』って言葉に、お兄ちゃんが変な反応を示した気がする」
「…………」
反応しちゃったのか……。
そんなに僕はわかりやすいのだろうか? どうなんだろう。レリーナちゃんが異常なだけな気もするけど……。
「えぇと、僕は別に『十五歳』って言葉に、何か思い入れがあるわけでもないけれど……」
「…………」
「――それより、お誕生日会にレリーナちゃんが来られなかったのは残念だったよ。父や母もお祝いしてくれたけど、やっぱりレリーナちゃんがいないと寂しかったんだ」
「え、やっぱり? やっぱりそうだったの?」
「そうだとも。そりゃあやっぱり寂しいよ」
「そっかー」
よしよし、誤魔化せた誤魔化せた。
「それもこれも、全部ワイルドボアのせいだよ」
「そうだねぇ。あれがなかったら僕達の外出禁止もなかったし、レリーナちゃんだって――レリーナちゃん?」
レリーナちゃんが、また無表情で僕を見ている……。
「『ワイルドボア』って言葉に、お兄ちゃんが変な反応を示した気がする」
「…………」
「『十五歳』と『ワイルドボア』って言葉に何か……。何かが隠されている……?」
「…………」
どうしよう。なんかもうすぐバレてしまいそうな予感がする。
next chapter:『パワーアタック』
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