第223話 綺麗だね


「というわけで、今から僕は『光るパラライズアロー』の試し射ちをするつもりなんだよ――ジェレッド君」


「おう」


「ジェレッド君は、是非とも僕の勇姿を見守っていてほしい」


「勇姿? あー、まぁ見てるよ」


 『光るパラライズアロー』の試射をしようと訓練場へ向かう道中で、僕はジェレッド君を発見した。

 なので、とりあえず声を掛けて訓練場まで一緒に付いてきてもらった。


「それにしてもジェレッド君――久々じゃない?」


「は? あぁ、またか……」


「結構久々……うん? いや、そうでもないかな?」


「そうでもねぇよ」


 相変わらず、何故か久々に会った感じがするジェレッド君。

 ただ今回は、そこまでご無沙汰ぶさたって感じでもないかな? 案外早めに再会できた印象がある。


「それはさておき、今回ジェレッド君にはお願いがひとつあるんだ」


「お願い?」


「これから僕は『光るパラライズアロー』を初めて射つんだけど……良い感じで盛り上げてほしい」


「はぁ? 盛り上げる……?」


 良い感じで盛り上げてほしい。というか――褒めてほしい。

 僕が放った『光るパラライズアロー』を、褒め称えてほしい。


「おそらくだけど、『光るパラライズアロー』は結構微妙なスキルアーツだと思うんだ」


「うん? まだ一発も射ってないんだからわかんないだろ?」


「わかるよ……。『パラライズアロー』はまだしも、『ヒカリゴケ』だもの……」


 なにせ『ヒカリゴケ』だ。融合したアーツが『ヒカリゴケ』な以上、有用な攻撃スキルアーツにはならないと踏んでいる。


 一応今でも『ヒカリゴケ』の訓練っぽいことはしている。時々部屋にこけを生やして、観察なんかもしている。

 だがしかし、未だに『ヒカリゴケ』の有用性を見いだせていないのが現状だ。光る苔が生えるだけのスキルアーツ。それが『ヒカリゴケ』だ。


「僕の予想だと、『パラライズアロー』がちょっと光るだけだと思う」


「ちょっと光る『パラライズアロー』か。……それは、なんの意味があるんだ?」


「あ、それ! それだよジェレッド君!」


「は? な、何がだよ」


「僕としては、その言葉が聞きたくないんだ。そう言ってほしくないんだ」


 まぁ、正直僕も同じことを思うんだろうけど……そうはっきりと口に出してはいけない。


「なんといっても初めての複合スキルアーツだからさ、例えアレな性能であったとしても、『微妙』とか『何の意味があんの?』とは思いたくないんだ」


「そうか……」


「むしろ逆に、褒めてほしいんだ」


「褒めるったって……なんて言えばいいんだ?」


「え? えーと、『綺麗だね』とか」


 実際にそれを言われて嬉しいのかといえば、ちょっとわかんないけど……。


「とにかく、そんな感じでお願いしたいんだよジェレッド君」


「面倒くせぇな……まぁわかったよ」


「ありがとうジェレッド君」


 面倒くせぇ親友のお願いを、快く引き受けてくれたジェレッド君に感謝だ。

 これで僕は心置きなく試射に挑める。


「それじゃあ早速射ってみるね?」


「おう。頑張れよ」


 ジェレッド君の応援を受けて、僕は準備に入った。


 まずは標的のチェックだ。最近はめっきり使われることもなくなった米俵型のまとをチェックして、問題がないことを確認してから的との距離をとった。

 的から五十メートルほど離れて、マジックバッグから弓と矢を取り出す。


「いくよ、ジェレッド君」


「おう」


 弓に矢をつがえ、弦を引き、狙いを定め、いざ――


「『光るパラライズアロー』!」


 とりあえず『強く光れ』なんて念じつつ、僕は『光るパラライズアロー』を放った。


「あれ?」


 ――光ってない。


 なんでだ? 矢が光っていない。

 発動に失敗したのか? いや、だけど魔力を消費する感覚はあった。


 僕の困惑をよそに、矢は米俵を目指して飛んでいく。

 そして結局、矢は光を放つことなく米俵に突き刺さった。


「あれぇ?」


「光らなかったな」


「おかしいな。スキルアーツが発動した感覚はあったんだけど……」


「そうなのか? けど光ってなかったぜ?」


「なんでだろう? ひょっとして『パラライズアロー』だけ出ちゃったのかな? もしかしたらそん――あ」


「ん? あ……」


 米俵の、矢が突き刺さった部分に――もさっと光る苔が生えた。


 あぁ、そういう感じなんだ……。当たるとヒカリゴケが生える矢なんだ……。

 どうやらローデットさんが言っていた、『パワーエクスプロージョン』と似た系統らしい。着弾地点で発動する弓のスキルアーツのようだ。


 いやしかしこれは……。


「…………」


「えっと……綺麗だな」


「……ありがとうジェレッド君」


 ……危ないところだった。

 予め褒めてくれるように伝えておかなければ、やはり微妙なスキルアーツだったと認識してしまうところだった。ありがとうジェレッド君。


「とりあえず、近付いて見てみようか」


「そうだな」


 気を取り直して、矢が刺さった米俵まで二人で近付いてみる。


「んー。ヒカリゴケだねぇ」


「そうだなぁ」


 近くで見てみても、やっぱり普通のヒカリゴケが生えているだけだ。

 『強く光れ』と念じたせいか、そこそこ強めの光を放っている。


 うーむ……。まぁ矢尻の部分からヒカリゴケが発生したとなると、案外恐ろしい攻撃なのかもしれないけれど……。


「なぁアレク」


「ん?」


「さっきの矢は、麻痺効果があったんだよな?」


「え? あぁうん。たぶん」


 米俵は麻痺とかしないので正確にはわからないけれど、たぶんあったはずだ。

 『パラライズアロー』の複合スキルアーツなのだから、その効果がなければおかしい。


「もしかして――この苔にも麻痺効果があるんじゃないか?」


「え……?」


 この苔にも、麻痺効果?

 ただのヒカリゴケに見えるけれど、実際にはパラライズヒカリゴケだった……?


 それは……なんだかあり得そうな話じゃないか?

 麻痺効果のある苔を体に張り付かせて、相手の行動を継続的に封じる――なんだかありそうじゃない?


「もしかしたら、そうなのかもしれない……。だとしたら、結構強いスキルアーツなのかも」


「だろ? ちょっと触ってみろよ」


「え……触るの?」


「触ってみなきゃわかんないだろ?」


「それはそうだけど……」


 えぇ……。触るのか……。

 麻痺しちゃうかもしれない苔を、自ら触るのか……。


「なんだ? 怖いのか?」


「怖いよ」


「怖いのか……。しょうがねぇな、じゃあ俺が触るよ」


「え?」


 いや、それはさすがに……。

 さすがに申し訳ないし、情けなさすぎる。いくら怖いからって、ジェレッド君にやらせるのは違うだろう。


「よし、それじゃあ……」


「――い、いや、ジェレッド君がやることないよ。それなら僕が自分でやるよ」


「そうか? 大丈夫か?」


「大丈夫」


「わかった。頑張れよアレク」


「うん。ありがとうジェレッド君」


 というわけで、結局僕がやることになった。


 ……なんだろう。前世のテレビでよく見た流れな気がする。こんなやりとりを得意とする芸人さんが、いたような気がする。いや、まぁいいんだけどさ。


「それじゃあ触ってみるね」


「強く握ったりするなよ? 軽く触る感じな?」


「うん」


 握ったまま麻痺しちゃったら大変だ。ジェレッド君の言う通り、指先が軽く触れる程度で――


「てい」


「……どうだ?」


「んんー? てい」


「ど、どうだ?」


 二度ほどヒカリゴケをつついてみたところ――


「ただのヒカリゴケだね」


「…………」


 指で突いても、何も感じなかった。これはただのヒカリゴケだ。


「痛くもかゆくもない……」


「そうか……」


「ほら、こんな感じで……」


 がっしりとヒカリゴケを握っても、残念ながら何も感じない。

 とりあえずむしりとって、何の変哲もないヒカリゴケをジェレッド君にも見せてみた。


「えっと……綺麗だな」


「……ありがとうジェレッド君」





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