第208話 ビキニ


 ユグドラシルさんが、逆さにした木製のカップを積み上げては重ね、積み上げては重ねを繰り返している。


「ふわー……」


「それでアレク――アレク?」


 素早くカップを積み上げてから、再びひとつに重ねる。その動作を繰り返している。

 積んでは重ね、積んでは重ねを、何度も素早く繰り返している……。


「ふわー……え? あ、すみません。ちょっと見入っちゃって」


「うむ」


 現在ユグドラシルさんがしているのは、『カップスタッキング』という遊びだ。


 逆さに重ねられたカップを、手で持ち上げてピラミッド状に積み上げる。それからピラミッドを崩し、再びカップを重ねる。そんな遊びだ。


 三つのカップを使った二段のピラミッドや、六つのカップを使った三段のピラミッドを、素早く組み上げては消してを、ユグドラシルさんが繰り返している。


 コンマ何秒かでピラミッドを作り上げるそのスピードに、思わず見入ってしまった。突然目の前に現れては消えるピラミッドに、心を奪われていた。


「凄いですねユグドラシルさん。なんだかずっと見ていられます」


「うむ。見るがよい」


「はい。ありがとうございます」


 ユグドラシルさんは少し自慢げに答えながら、今度は十個のカップで四段のピラミッドを一瞬で組み上げ、一瞬で消した。

 喋りながら続けられるのも何気にすごい。


「お主が作ったこのカップもなかなかのものじゃ。よく出来ておる」


「ありがとうございます。実は結構苦労しました」


 ユグドラシルさんが使っているカップは、ただの木製カップではない。

 この遊びのために僕が作った――木工シリーズ第四十六弾『カップスタッキング用カップ』である。


「確か、『ニス塗布』じゃったか?」


「はい。ほとんど『ニス塗布』で作った物ですね」


 前世の記憶だと、プラスチックのカップが使われていたこのゲーム。なので僕も、プラカップを目指して作ってみた。

 なるべく軽く、なるべく薄くを目指した結果。最終的にはほとんど『ニス塗布』で作ることになった。


 いってみれば、木くずを『ニス塗布』でくっつけただけの代物だ。

 かんなで木を削ったときに出るかんなくず。このフィルム状のかんなくずをカップの形になるように切り分け、『ニス塗布』でくっつけて作った。


「ニスか……その割にはあんまりペタペタしとらんのう。むしろサラサラしとるが?」


「まぁ、その辺りは自由に変えられるので」


「すごいのう『ニス塗布』」


 カップ同士がペタペタくっついたらダメなので、そんな質感のニスにしてみた。

 我ながら、これはもうニスじゃないんじゃないかと思わなくもない。


「あと、カップの底に穴が空いとるようじゃが?」


「空気が抜けないと、素早くカップを重ねることができないので」


「なるほどのう」


 重ねるときのことを考えて、カップの底に穴を空けてみた。


 当然この穴のせいで、何か飲み物を注いでも、全て穴から流れ落ちる。

 それはもうカップじゃないんじゃないかと、少し思わなくもない。


 とにかくそんなわけで、これらカップスタッキング用カップを、計十二個ほど作ってみた。

 そこそこ苦労しながら工夫を重ね、同じ形状で同じサイズのカップを十二個だ。


 そしてユグドラシルさんに提供してみたのだが、なかなか楽しんでもらっているようだ。

 僕としてもユグドラシルさんの華麗なカップさばきを見ることができて、とても満足である。


「あ、それで僕に何か言い掛けていませんでしたか?」


「うむ。ダンジョンのことじゃ。ダンジョンの4-1じゃが、まだ子供は入れんのか?」


「ええ、そうですね。どうにも巨大フィールドタイプのエリアは、チェックに時間がかかるみたいで……」


 僕とナナさんが4-1エリアを作製してから、すでに一ヶ月の月日が流れた。

 しかしながら、未だ子供エルフは立ち入り禁止である。


 毎度のことながら、出来てすぐには入れない新エリア。今は大人エルフが安全確認をしている。

 毎度のことながら、ディアナちゃんが『ずるいずるいー』と愚痴っている。


「まぁそれは最初から予想していましたし、別にいいんですけど……」


「どうかしたのか?」


「どうにも難しい問題が発生しているようでして……」


「ふむ?」


 僕はまだ入れないので、人から聞いた話なのだけど、大人エルフやナナさんの話を聞く限り――

 というか、なんでナナさんは入れるんだろう? ずるくない? ナナさんまだ二歳なのに……。


 ……まぁいいや。とりあえず話を聞く限り、みんな結構楽しんでくれているらしい。

 釣りをしたり泳いだりと、4-1エリアを思い思いにエンジョイしてくれているようだ。


 エンジョイしてくれてはいるようなのだが――


「やっぱり女性は、泳いだりはできないらしいです」


「まぁ、それは……」


 男性エルフの皆さんは、下は普段着、上は裸で、ばっしゃばっしゃと泳いでいるらしい。

 しかし、女性エルフはそうもいかない。


 なかなかにしっかりした貞操ていそう観念かんねんをお持ちの女性エルフの皆様方は、人前で肌を晒すことに抵抗があるらしい。

 当然脱ぐわけにもいかないし、服を着たまま泳いだとしても、それはそれでセクシーな感じになってしまう。


「せっかくなので、僕としては女性陣にも楽しんでもらいたいのですが……」


「ふーむ。そうは言ってものう……」


「一応、僕なりに対策は考えたんです」


「ほう?」


 この一ヶ月で、僕なりにいろいろと考えて行動してきたのだ。


「ここはひとつ――水着を作ろうかと思いまして」


「水着?」


 とりあえず水着を作ればいいと思った。水泳用に作られた水着なら、恥ずかしくないと思った。なんかそう思った。


「泳ぐときに着る衣服ですね。前世ではそういう物があったんですよ」


「ほー。水着か」


「それでジェレッドパパさんと協力して、水着作りに乗り出しました」


「ジェレッドパパ――確か武器屋の店主じゃな?」


「そうです」


 ……いや、よく考えたらそうではない。『ジェレッドパパ』なんて名前じゃないんだけど……まぁいいか。


「武器屋の店主と作ったのか?」


「モンスター素材を使ったので、ジェレッドパパさんが適任かなと」


 ジェレッドパパは、防具作りもお手の物だ。

 モンスターの素材を使った服を作るのなら、頼むのはジェレッドパパだろう。


「それで作り始めて――というか作ったんですよね」


「ん? もう完成したのか?」


「ええはい。完成したんですけど……」


「けど?」


「ジェレッドパパさんに……ドン引きされました」


 僕としては普通に女性用の水着を作ったつもりだったのだけど、ジェレッドパパからすると扇情せんじょう的すぎる衣服だったらしい。

 どうにもデザインが最先端すぎたらしい。時代を先取りしすぎたらしい。


 作り始めたときからジェレッドパパはドン引きしていたけど、完成してもやっぱりドン引きされてしまった。


「ドン引き……。どんな物を作ったのじゃ、お主は?」


「普通の水着だと思ったんですけどね……」


「今あるのか?」


「え? まぁありますけど」


 ジェレッドパパに『こんなもん持ってられっかよ……。引き取ってくれよ……』と言われてしまったので、僕が保管している。


「ふむ。ちょっと見てみたい」


「え」


「見せてくれんか?」


「別にいいですけど……」


 ユグドラシルさんにそこまで言われたら、披露ひろうせざるを得ない。


 だけど大丈夫かな。やっぱり引かれる気しかしないんだけど……。

 ジェレッドパパみたいに、『こいつやべぇ』みたいな目で見られる気しかしないんだけど……。


 ちょっと不安になりながら、部屋に置いてあったマジックバッグの元へ向かう。

 そして僕はマジックバッグをあさり――あざやかな緑色のビキニセットを取り出した。


「これなんですけど……」


「うん? それか?」


「はい。えっと……こっちが上で、こっちが下です」


「あ、え……?」


 どうやら見ただけでは、ビキニがどういうものか理解できなかったらしい。

 とりあえず上に着る物と下に履く物だと、手に持って説明してみた。


「これが、女性用の水着なんですけど……」


「ぅぁ」


 ユグドラシルさんは小さなうめき声を上げて、カップスタッキングのカップを取り落した。

 カップのピラミッドが、カラカラと音を立てながら崩れていく。


 やっぱりじゃないか……。やっぱりドン引きじゃないか……。





 next chapter:ブーメランパンツ

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