第209話 ブーメランパンツ
「まさか、これをわしに着ろということか……?」
緑色のビキニを手に取ったユグドラシルさんが、ぷるぷる震えながらおかしなことを言い出した。
「前々からお主はスケベじゃと思っていたが、まさかこれほどとは……」
「えぇ……」
いつの間にか僕は、ユグドラシルさんにビキニの着用を
「待ってください。大丈夫です、着なくて大丈夫です」
「そうか。うむ、さすがにこれを着るのはちょっと……」
「そもそも僕は、ユグドラシルさんにそれを着てほしいだなんて言っていないです」
「む……? そういえばそうじゃったか?」
「そうですよ。それを着ているところを見たいだなんて、僕は一言も――」
「……そこまで言われると、なんか腹が立つのう」
「えぇ……」
どうやら発言に
ユグドラシルさんがとても嫌がっている様子だったので、着なくても大丈夫だと伝えたかっただけなのだけど……。
「すみません。えっと……じゃあ、着ますか?」
「いや、それは着んが……」
「そうですか……。えぇと、それは残念です」
「うむ」
残念と伝えたら、ユグドラシルさんの機嫌がちょっと直った。
最初からそう言ったらよかったな。女性への配慮やら気遣いやらが欠けていた。
とはいえ、ユグドラシルさん幼女だからねぇ……。幼女に対して『ビキニ姿が見たい』は、少し言いづらい。
まぁユグドラシルさんは見た目の年齢を変えられるって話だし、大人バージョンのビキニユグドラシルさんだったら、それはちょっと見たかったかも――
「あ」
「ん?」
「……もしかして、ここなのか?」
「何がじゃ?」
ずいぶん前の話だけど、僕はユグドラシルさんに――
『普段は幼いバージョンで過ごしていただき、いざという場面のみ大人バージョンに変身してもらって、
――なんてことを伝えた。
今思えば、ずいぶんとアホなお願いだった気もするけど、優しいユグドラシルさんはこのお願いを聞き入れてくれて、今もこうして幼いバージョンで過ごしている。
普段は幼いバージョンで過ごしているユグドラシルさんが、大人バージョンに変身する場面――ここなんじゃないか?
今この場面こそ、大人バージョンに変身するにふさわしい場面なんじゃないか?
なんだかんだユグドラシルさんは、僕に甘いところがある。というか結構甘々だ。
一生懸命お願いしたら、大人ビキニドラシルさんが見られる気がする……。
「アレク? どうかしたか?」
「え? えっと、えー、あー…………いえ、なんでもないです」
「ふむ?」
お願いできなかった……。勇気が足りなかった……。
再びドン引きされそうだったし、もうそれは普通にスケベなお願いな気がして、頼むことができなかった……。
もしもそんなお願いをしたら、『前々から、お主はスケベじゃと思っていた』との発言を、否定できなくなってしまう。
……というか、『前々から』ってどういうことだろうか?
「とりあえず僕はスケベではないので、無理に着てもらおうとは思っていません。安心してください」
「わしからすると、こんな物を作り上げた時点でスケベなんじゃが……」
手に持ったビキニをびよんびよん伸ばしながら、そんなことをつぶやくユグドラシルさん。
「とんでもないのう。もはや
「紐ですか……」
さすがにそこまで細くはないし、そこまで過激でもないと思うんだけど……やっぱりそれは、元地球人的な感覚なんだろうね。
「名前をビキニといいまして、前世だと結構普通のデザインだったりするんですけどね」
「なんと……」
「実際ナナさんも、デザインは褒めてくれました」
「なんとまぁ……」
前世の感覚をもっているナナさんも、デザイン的には悪くない出来だと褒めてくれた。
「お主の前世は恐ろしいのう……。それで、このビキニとやらをどうするのじゃ?」
「どうする、とは?」
「誰かに着させるのじゃろ?」
「んー……。確かにそのつもりで作ったんですけど、誰も着てくれませんよね」
ドン引きされて、スケベ扱いされてしまうし。
「ふむ。ナナは着んのか?」
「痴女にはなりたくないそうです」
「痴女……」
ビキニを持ち帰ってナナさんに意見を求めたところ、『デザインは悪くないと思いますが、この世界でそれを着けるのは痴女しかいません』――そう言われた。
「個人的には好みだそうですが、この世界的には痴女だそうです」
「そうじゃなぁ……」
そうまで言われたら、ナナさんにも勧めづらい。
それに僕としても、たぶんナナさんがこのビキニを着ても嬉しくない。
ビキニナナさんを見てもいやらしくは感じないだろうし、むしろ『ちょっと肌を出しすぎなんじゃないか?』などと、眉をひそめてしまいそうだ。
「とにかくそんなわけでして、ジェレッドパパさんやナナさんの反応――あとユグドラシルさんの反応を見るに、ビキニを世に出すのは早すぎるかなと」
「さすがにこれはのう」
「やっぱりこの世界にもないんですよね?」
「ビキニがか? 初めて見たわこんな物」
そうか、ないか……。
「そういう防具とかもないんですかね?」
「……は?」
「いえ、そういうビキニっぽいアーマーとか、ないんですかね?」
「何を言っておるのかわからん」
「えっと、見た目はビキニそっくりで、腕とかお腹とか太ももは露出しているアーマーなんですけど……」
「あるわけないじゃろ」
ないのか……。
ユグドラシルさんが知らないくらいだから、やっぱりないのか。
僕からしても謎でしかないあのアーマー。もしもこの世界にあるのなら、理由とか理屈とか聞きたかったのだけど。
「ときにアレクよ」
「はい?」
「これは女性用水着なのじゃろ?」
「はい」
「男性用水着はないのか?」
「男性用ですか……」
まぁ、あるにはある。
ビキニの後で男性用水着も作ったので、あるにはある。
「一応ありますけど」
「ん? あるのか? 今も?」
「まぁ、はい。今あります」
男性用水着も、ジェレッドパパと一緒に作った。
しかし完成後、ジェレッドパパは無言で僕に男性用水着を押し付けてきた。
そんなわけで、そっちの水着も僕が保管している。
「ふむ。そっちも見てみたい」
「はぁ……」
「正直ちょっと怖いが、確認してみたい。見せてくれんか?」
「別にいいですけど……」
ユグドラシルさんにそこまで言われたら、
とはいえ、これから先の未来が予想できすぎてつらい。どう考えてもドン引きされる未来しか見えない。
気が進まないまま、足取り重くマジックバッグの元へ向かう。
そして僕はマジックバッグをあさり――
「これなんですけど……」
「うん? ……んん?」
「えっと、まぁ普通にこれを
「あ、え……?」
やはりひと目ではブーメランパンツが理解できない様子のユグドラシルさん。
……なにせブーメランだからなぁ。
「これが、男性用の水着なんですけど……」
「ぅぁ」
ユグドラシルさんは小さなうめき声を上げて、手に持っていたビキニを取り落した。
ビキニの上下が、パサリとカップスタッキング用カップに落ちる……。
うん。まぁ、予想はしていた……。
next chapter:無限ブーメランパンツ地獄
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