第204話 『インファーナル・ヘヴィレイン』
ダンジョン拡張のことはひとまず置いといて、休憩しよう。
僕達以外に、ほぼ誰もいない3-4エリア。
一応救助ゴーレムがぼんやりと暇そうにしているけど、彼ら以外は誰もいない3-4エリアにて、僕とディアナちゃんはしばしの休息を取ることにした。
「はいどうぞ」
「ありがと」
僕はマジックバッグから大ネズミの皮を二枚取り出し、床に敷いた。
……なんだかんだ使用頻度が結構高い気がするなぁこの皮。
「あ、それじゃあちょっと火を
「うん」
ディアナちゃんに断ってから、僕はマジックバッグからミニコンロと木材を取り出した。
ミニコンロ――簡単にいえば鉄製の七輪だ。ジェレッドパパにお願いして作ってもらった物である。
このミニコンロに
木材に手をかざし、燃える炎をイメージしながら魔力を流す。
僕のイメージはすぐに具現化し、木材の表面には赤い炎が揺らめいている。
といっても、まだ木材自体に火は付いていない。木に着火するまで、僕は魔法で作った炎を操作し続ける。
「あ、燃えてきた燃えてきた」
「燃えてきたねぇ」
「最近、火が付くまでだいぶ早くなったんじゃない?」
「あー、確かにそうかも。ちょっと成長しているのかな」
いうまでもなく、これは『火魔法』の練習。
森の中は火気厳禁なため、『火魔法』は禁じられている。
しかしここなら何かに燃え移って火事になる心配もないので、ダンジョン内に限り、僕は『火魔法』の使用を許可してもらえたのだ。
そんなわけで僕はダンジョン内で休むとき、練習の為にミニコンロに火を付けてから休憩している。
冷静に考えると、地下で焚き火とか正気の
まぁたぶん大丈夫なんだろう。地下とはいえ、普通の地下じゃなくてダンジョンだし、たぶんきっと大丈夫。
「さて、お茶でも入れようかな。ディアナちゃんも飲むでしょ?」
「うん」
「じゃあちょっと待っていてね? 今準備するから」
僕はマジックバッグをあさり、水が入った水筒と
「今から魔道具でお湯を――どうかした?」
「え? うん……」
いそいそとお茶の準備を始めたところで、ディアナちゃんのなんともいえない表情が目に入った。
「前から思ってたんだけど、この火を使えばいいのに」
「あぁ……」
せっかく火が付いたミニコンロがあるのだから、この上でお湯を沸かしたらいいとディアナちゃんは考えたようだ。
「だけどこれでお湯を沸かすと、
「すす?」
「煤っていうのは……あれ? なんだっけ? えぇと……ごめん、僕もよくわからないや。とにかく煤ってのが付いて、鍋が黒くなっちゃうんだ」
「ふーん」
煤が正確にはなんだったかわからないけど、ただの焚き火に鍋をかけたら、どうしても煤が付く。
炭でも使ったらまだマシなんだろうけど、この世界で炭なんて見たことがない。
火気厳禁なので、やっぱり炭を燃やすことも禁止だし、そもそも炭を作るための炭焼きすら禁止だ。
そのために結局はIHの魔道具を使うことになるんだけど……ディアナちゃんの気持ちも少しわかる。
せっかくこうして火を焚いたというのに、その火は使わず魔道具でお湯を沸かしているのだから、なんとなくモヤモヤするのだろう。なんとなくモニョるのだろう。
僕自身ちょっとモニョる。ミニコンロで火を焚いた行為がまったくの無意味に感じてしまい、ちょっとだけモニョる。
「けどやっぱり洗うのも大変だしなぁ……」
「そっかー……。まぁいいや。とりあえず休憩して、休憩が終わったらまたボアから始めよう?」
「そうだね、そうしようか」
ディアナちゃんと一緒にダンジョンマラソンか。マラソンもなんだか久しぶりだ。
「アタシもだいぶ慣れてきたし、次からはもっと上手くやれると思う」
「そうなんだ?」
「うん。最初は結構怖かったけど、もう大丈夫」
「怖い?」
あぁ、そうか。射つ側のディアナちゃんも、やっぱり怖かったのか。
背を向けたまま自由に動く僕を避けて矢を通さなきゃいけないんだし、そりゃあ怖いか。
「頭とか射っちゃいそうで怖かったけど、たぶんもう大丈夫」
「そっか、じゃあ僕も頑張るよ。よろしくねディアナちゃん」
「うん」
ディアナちゃんは、『たぶん頭を射つことはない』らしい。
果たしてそれは、『たぶん』で済ませていいことなのだろうか?
……いや、信じよう。ディアナちゃんを信じて頑張ろう。こういうのはきっと信頼が大事なんだ。
それに、こうみえてディアナちゃんは、戦闘に関して天性のセンスをもっていたりする。
おそらくディアナちゃんは――十年に一人の
……いや、もうちょっと伸ばそうかな? エルフ界で『十年に一人』は、あんまりすごそうに聞こえないから。
おそらくディアナちゃんは――百年に一人の逸材。
そんな逸材のディアナちゃんが大丈夫と言っているんだから、その言葉を信じて頑張ろう。
「次からは、位置取りも考えて射とうと思う」
「位置取り?」
「モンスターとアレクとアタシが、一直線に並ばないように位置取りする」
「一直線? ああ、なるほど」
射線をずらすわけか。それなら万が一にも矢が僕に当たることはない。
なるほどなるほど。さすが百年に一人の逸材だ。
……正直その位置取りは、最初からしてほしかったところだけど――いや、言うまい。それは言うまい。
ディアナちゃんは僕の訓練に付き合ってくれて、かつ改善提案してくれたんだ。文句なんて言うべきじゃない。感謝しかない。
「あと、スキルアーツも使っていこうと思う」
「え……」
さらにスキルアーツまで使っていくのか。さすが逸材。
「だけどディアナちゃんのスキルアーツって、あれだよね? 矢が上で分裂して降ってくるやつ」
「うん」
「『インファーナル・ヘヴィレイン』とかいう、あの技?」
「うん」
百年に一人の逸材であるディアナちゃんは、スキルアーツも優秀だ。
彼女が所持する弓のスキルアーツ『インファーナル・ヘヴィレイン』は、上に向けて放った矢が空中で分裂し、雨のように降り注ぐスキルアーツである。
名前も効果も、とても格好良い技なのである。
当然僕は何度も見たことがあるスキルアーツなんだけど……正直羨ましい。正直モニョる。
というか、ちょっとおかしいよね。あんなのレベル1のスキルアーツじゃないと思うんだ。
レベル1って、もっとシンプルなものであるべきじゃない? ジェレッド君なんて、『パワーアロー』だよ?
そもそも名前からしておかしい。『インファーナル・ヘヴィレイン』は、レベル1に付けていい名前じゃないと思う。『インファーナル』とか、未だになんのことかわからないし……。
レベル1なんだから、名前もシンプルなものであるべきじゃない? ジェレッド君は『パワーアロー』なんだよ?
「アレク? どしたの?」
「なんというか……。『インファーナル・ヘヴィレイン』って、格好良いよね……」
「え? あー、うん。ありがと」
「うん……」
……別に僕は、自分の『パラライズアロー』に不満があるわけじゃないんだ。とても気に入っているし、優秀な技だと思っている。
とはいえ、『インファーナル・ヘヴィレイン』と比べてしまうと、どうしても……。
どうしても名前で負けている気がする。その技名は羨ましい。僕もそんな技名を叫んでみたい……。
「あれ? というかアーツ使っていくの?」
「うん」
あ、そうなんだ、使うんだ……。
あれって射線とか関係ない技な気がするんだけど……。
大丈夫かな……。僕もインファーナルな重い雨に打たれやしないか、ちょっと心配……。
next chapter:木工シリーズ第三十弾『ギター』
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