第201話 『ヒカリゴケ』
慈悲深いディアナちゃんが、新しい女を作ることを許してくれたところで、僕は一旦席を外した。
そして、台所でミリアムスペシャル750を入れる。
バージョン番号を聞いたのが少し前のことなので、もしかしたら現在ではさらにバージョンアップされているかもしれないけれど、とりあえず前聞いたときは750だった。
というわけでミリアムスペシャル750を二人分入れてから、自室に戻ってきた。
「お待たせディアナちゃん」
「うん」
「あ、ごめん。それどかしてくれるかな」
うっかりテーブルに、ヒカリゴケの生えた木剣を載せたままだった。
「ん」
「ありがとうディアナちゃん」
苔むした木剣をディアナちゃんがどかしてくれたので、ミリアムスペシャル750をテーブルに置いた。
「はいどうぞ」
「ありがとアレク」
……というか、
苔むした剣が置かれていたテーブルに、そのままミリアムスペシャル750を置いてしまった。
まぁ生やしたばかりの苔だし、案外綺麗な苔なのかもしれないけど……。
「でさ、アレク」
「ん?」
「これのこと聞かせてよ? これは聞いてもいいんでしょ?」
苔むした剣を指で
ふむ……。『ダンジョン』スキルについては話せないけど、『ヒカリゴケ』は別にいいかな。こっちはもう喋っちゃったしね。
「さっきも言った通り、ヒカリゴケを自由に生やすことができるスキルアーツなんだ」
「うん」
「見ててね? ――『ヒカリゴケ』」
「うわ……」
僕は呪文を唱え、自分の体にヒカリゴケを生やしてみた。
ボンヤリとした光を放つ僕を見て、ディアナちゃんが驚いている。
というか、若干引いている気がするのは気のせいだろうか?
「とりあえずこんな感じで」
「そっか……」
「ディアナちゃんも生やしてみる?」
「え? あ、うーん…………いいや」
「そう……」
かなり迷った様子を見せたディアナちゃんだけど、最終的には遠慮されてしまった。
「生やすこともできるし、消すこともできるんだ。――『ヒカリゴケ』」
僕が再び呪文を唱えると、体中にモサモサと生えていたヒカリゴケが、一瞬で全て消え去った。
「こんな感じだね。どうかなディアナちゃん?」
「どうかなって聞かれても」
うん。まぁ困るだろうな。
僕もそうだった。初めてこのスキルアーツを使ったとき、『なんだこれは、これをどうしろって言うんだ』――そんな気持ちになった。
とはいえ、せっかく手に入れたスキルアーツだ。いろいろと試してみるべきだろう。
なんだかんだ今まで僕は、スキルアーツで当たりを引き続けている。
『ニス塗布』も『パラライズアロー』も、非常に優秀なスキルアーツだった。スキルアーツガチャでは連勝中なんだ。
だとすると、案外『ヒカリゴケ』も優秀なスキルアーツかもしれない。
――そんなことを考えて、今日も実験をしていたのだ。
「とりあえず、灯りにはなると思うんだけど」
「うん。ぼんやり光ってて、綺麗といえば綺麗……かもしれない。もしかしたら」
木剣に生えているヒカリゴケを眺めながら、ディアナちゃんが同意してくれた。
「ちなみにその苔は、魔力を全力で注ぎ込んでみた物なんだ」
「へー? その割には、そこまで強い光って感じもしないけど?」
「光の『強さ』じゃなくて、『長さ』を重視した感じ」
「長さ?」
「普通に生やすだけだと、そこまで長くは光らないんだよね」
特に意識せずに生やした場合、僕のヒカリゴケは数時間で光を失ってしまう。
しかし今回は、できるだけ長い時間光り続けるようイメージして生やしてみた。
「たぶんだけど、一日は光り続けると思うんだ」
「一日中光ってんの?」
「たぶん」
「ふーん。一日中光ってんのは、なんかすごいかも」
そう言って、木剣の苔をちょっとむしるディアナちゃん。
…………。
……なんでむしった?
「これって光り終わったらどうなんの?」
「え? あ、うん。苔ごと消えちゃうんだ」
「へー。まぁゴミにならないだけマシかも?」
そう言って、再び苔をちょっとむしるディアナちゃん。
何故……。
あぁ、そういえば初めて二人でダンジョンに行ったときも、おもむろに苔をむしっていたなぁこの子は……。
◇
「じゃあ行こうかディアナちゃん」
「あーい」
ヒカリゴケ談義が終わり、僕とディアナちゃんは外へ出掛けることにした。
「そんで、今日は槌を使うの?」
「うん。いよいよ大槌――アレクシスハンマー1号を、実戦で使ってみようと思う」
『槌』スキルを手に入れて、ハンマーを購入するまで一ヶ月。
そしてさらに、ハンマーで特訓すること一ヶ月。
もういいだろう。もうそろそろいいだろう。機は熟した。
いざ、実戦だ。
「じゃあダンジョン行く? なんだかんだあそこなら絶対モンスターいるし」
「そうだね」
「なんでニヤニヤしてんの……?」
「あ、ごめん」
ついつい笑みがこぼれてしまった。
こうやって、誰かが僕達のダンジョンを評価してくれたことが嬉しくてつい。
「あ、だけどダンジョンか……」
「どしたの?」
「ダンジョンだと、人がいるから……」
「なんかまずいの?」
「うーん……」
まずいというか……ちょっと恥ずかしい。
初めて大槌を使ってモンスターと戦闘を行うわけで、上手く戦えるかわからない。
もしかしたら、無様な姿を晒してしまうかもしれない。
そんな様子を他の人達に見られるのは……。
「ひょっとすると、いろんな人に変なところを見られちゃうかもしれないから……」
「いつもじゃん?」
「…………」
それは、どういう意味だろうか……?
「いや、あのね? 僕は初めて大槌を使うわけで、それで、もしかしたら変なところを――」
「でっかいハンマー使う時点で変だし」
「…………」
まぁ、それもそうか……。
「じゃあ、ダンジョン行こうか」
「うん」
まぁ多少不格好な槌さばきだったとしても、どうせみんな大槌を用いた戦闘なんて詳しくないはずだ。そういうもんだと思ってもらおう。
それに、ディアナちゃんも言ってくれたように、やっぱりダンジョンはモンスターを探す手間が省けて楽だしね。
よし、それじゃあ行こう。ダンジョンへ行こう。
「ダンジョンへ行って――奴と戦おう」
「奴?」
「奴」
こういう場面では、対戦相手は奴だ。奴しかいない。それはもう決まりなんだ。そこは譲れない。
奴と、勝負だ。
next chapter:VS大ネズミ7
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます