第202話 VS大ネズミ7


 ダンジョンへ向けて、森を進む僕とディアナちゃん。

 軽い雑談を交わしながら、テクテクと森の中を歩く。


「そういえばさー」


「うん?」


「今、弓持ってるじゃん?」


「うん」


 一応ここは、いつモンスターが出現してもおかしくない危険な森の中。

 大して危険なモンスターは出現しないけど、一応は危険な森の中。


 なので僕もディアナちゃんも弓を装備している。

 エルフとして、とてもフォーマルな格好をしている。


「アレクの弓ってさ、前から使ってたやつだよね?」


「そうだね」


「あれはどしたの? 世界樹様の弓」


「あぁ……」


 ユグドラシルさんに世界樹の枝を貰い、弓を作っているという話はディアナちゃんにもしていた。

 そしてそれが、もうすぐ完成しそうだという話も。


 というか、実はもうすでに完成しているのだけれど……。


「あれは今、母が使っているね……」


「え? そうなの?」


「うん。完成して、早速射とうとしたんだけど……弦が重くて」


「……引けなかったんだ」


「うん……」


 びっくりするくらい硬くて重くて、弦が引けなかった。

 弓を仕上げたジェレッドパパ的には会心の出来だったそうだが、いかんせん僕には重すぎた。


 そんなわけで、とりあえずジェレッドパパを問い詰めたものの――


『せっかく世界樹様の枝なんて素材で弓を作れるわけだしよう……。まぁあれだ、坊主もすぐ成長するし、そしたらちょうどよくなんだろ』


 などと、成長を見越してかなり大きめの学生服を勧めてくる店員のようなことを言い出した。


「弓自体は相当良い物ができたらしいんだけどね……」


「ふーん」


「とりあえず母は喜んでいたよ」


 僕には引けず、僕以上の『筋力値』を持つナナさんでも引くことができなかった世界樹の弓。

 仕方ないので、世界樹の弓は母へ預けることになった。


 普段はあまり狩りへ行かない母だけど、弓が気に入ったのか、このときばかりは楽しげに狩りへ繰り出していった。


 ――そして、一週間ほど帰ってこなかった。


「母とレリーナママとジスレアさんの三人で、どっか遠くまで狩りに行ったらしいよ?」


「そうなんだ」


「それで、なんだか異常なくらい美味しいお肉をたくさん抱えて戻ってきたね」


「へー」


 あのお肉は美味しかったな。今まで生きていた中で、一番美味しいお肉だった。


「あ、そういえばちょっと前に、アタシも妙に美味しいお肉を食べた。賢者さんからの貰い物だって聞いたけど」


「たぶんそのお肉だね」


 結構な量を確保したとのことで、方々ほうぼうにお裾分すそわけしたらしい。

 母はディアナママとも旧知なため、ディアナちゃんの家にも届けたと言っていた。


「あれは美味しかったな」


「そうだねぇ」


「いつかアタシ達もそんなモンスターを討伐して、美味しいお肉を獲りたいね」


「そうだねぇ……」


 まぁ僕としては、そんな強敵と戦ってみたいって欲求はあんまりないのだけど……。

 とはいえ、そのくらい強くなってみたいって欲求はある。美味しいお肉も食べたいし。


 というわけで、頑張ろう。

 とりあえずあれだ、今日の大槌も、強くなるための一歩だ。

 たぶんそのための一歩だ。頑張ろう。



 ◇



「お、誰もいない」


「まぁ、いるなら1-4だろうし」


 『世界樹様の迷宮』1-1エリアに到着した僕とディアナちゃん。

 幸いにも、現在このエリアを探索している人はいなかった。


「よしよし、それじゃあ早速……」


 僕は弓をマジックバッグマジックにしまい、アレクシスハンマー1号を取り出した。

 さぁいよいよだ。いよいよ『槌』スキルと槌を用いた、初めての実戦だ。


「初戦闘だけど、なんだかあんまり緊張はしていないかな」


「そりゃあね……」


 大ネズミ相手だしなぁ。そりゃあそうか。

 槌を使った初めての接近戦だけど、剣では何度もやっているし。


 ……そういえば、剣を使った初めての実戦も、やっぱり大ネズミじゃなかったっけ?

 あのときは確か、回復薬を飲んだハイパー大ネズミと数時間の死闘を演じたんだ。


 やはり大ネズミ君とは、何かと縁があるな……。


「よし、それじゃあ行ってくるよディアナちゃん」


「あーい。アタシも後ろから援護するから」


「ありがとうディアナちゃん」


 さすがに大ネズミごときにディアナちゃんの助けが必要になるとも思えないけど、その気持には感謝しよう。


「じゃあ、行ってきます」


「頑張れー」


 なんだか雑なディアナちゃんの応援を背に受け、僕は近くの大ネズミに向けて歩き出した。

 ちょっとずつ大ネズミに向かって、のっしのっしと歩を進める。


「お、気付かれた」


 僕の接近に気付いた大ネズミが顔を上げ、こちらを見ている。


「……なんだか、お遊戯会を始めたくなってきたな」


 弓を使うときはそうでもないのだけど、大ネズミと接近戦を演じるとなると、なんとなくお遊戯会を始めたくなってしまう。

 どうにもおかしな癖が付いてしまったものだ……。


「すまんな大ネズミ君。今日はそういうんじゃないんだ」


 ほのかに湧いてきた不思議な欲求に蓋をして、僕は大ネズミとの距離を縮める。

 すると大ネズミも「キーキー」と僕を威嚇いかくしてから、こちらへ向かって走り出した。


「……よし、それじゃあカウンターでも決めてみようか」


 僕は大槌を後ろに引き、走ってくる大ネズミにタイミングを合わせる。

 ディアナちゃんも見ていることだし、格好良くカウンターを決めよう。


「さぁ来い大ネズミ、僕のアレクシスハンマー1号で――――ヒッ」


 やっぱり微妙にお遊戯会っぽくなってしまった僕の前口上。――その途中で、僕のすぐ横を一本の矢が走った。


 その風切り音に驚いて、僕の口からは前口上ではなく、情けない悲鳴が上がってしまう。


「何!? 何なの!?」


「ごめんアレク。大丈夫?」


「ディアナちゃん……? え、一体何が……?」


 僕が軽くパニックになっていると、ディアナちゃんに後ろから声を掛けられた。

 突然後ろから射たれた一本の矢は、ディアナちゃんが放った物らしい。


「なんか、あんまりにもアレクの動きがトロか――動きがゆっくりだったから、ちょっと心配になって」


「そうなんだ……」


 『ゆっくり』と言い直してくれたディアナちゃんの優しさを、少し感じたような気がする。


 さておき、ディアナちゃんは僕の動きがトロすぎて、大ネズミに負けてしまうんじゃないかと心配になったらしい。


 ……確かに僕の移動スピードは、かなりゆったりしたものだったかもしれない。

 とはいえ、槌のスイングスピードはスキルの補正もあり、なかなかのものなんだ。さすがに大ネズミに遅れをとることもなかったはずなんだけど……。


「まぁ、ちょっとした援護って感じで」


「援護……」


 援護といえば援護だろう。これ以上ない援護射撃だ。

 事実、僕に襲い掛かろうとしていた大ネズミはディアナちゃんの矢をひざに受けて、動くことができないでいる。


「じゃあアレク、頑張って」


「…………」


 ディアナちゃんは、あれに止めを刺せと言っているようだ。

 動けないでいる大ネズミに、大槌を振り下ろして止めを刺せと言っているようだ。


 またか……。またヤラセハンティングか……。


 ディアナちゃんの前で格好良くモンスターを討伐しようと思っていたのに、ディアナちゃんに介護されて、またヤラセハンティングか……。





 next chapter:後ろから矢を射たれると怖い

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