第200話 ラブコメ回5


 ――敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。


 敵のことはもちろん、自分のことをよく知っておくのも大事。


 というわけで僕は今、とある実験を自室にて行っている。

 剣を使ったスキルアーツの実験だ。


「ぬぬぬ……」


 足を肩幅程度に広げて立ち、両手で握った木剣に魔力を込める。

 できる限り鮮明せんめいにスキルアーツの発動をイメージして、できる限りの魔力を込める……。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 魔力を注ぎ続け、自分が制御できる限界まで魔力を注ぎ込んだ後――僕はスキルアーツを発動させた。


「ぐぬぁぁっ!! 『ヒカリゴケ』!」


 僕が力強く呪文を唱えると――木剣に光る苔がモサッと生えた。


「ふぅ……。あとはこれで――」


「アレクー」


「ん?」


 僕が苔むした木剣を眺めていると、部屋の外から僕を呼ぶ声が聞こえた。

 この声は、ディアナちゃんかな?


「開いてるよー?」


「あーい」


 僕が中から返事をすると、ディアナちゃんが扉を開けて入ってきた。


「こんにちは、ディアナちゃん」


「おーす。お邪魔しま…………何それ?」


 挨拶もそこそこに、ディアナちゃんは僕が持っている木剣に目を奪われている。


「あぁこれ? 今ちょっとスキルアーツを試していたんだ」


「スキルアーツ……? え、何が?」


「うん? 何が? ……えっと、この苔をスキルアーツで生やしたんだ」


「苔をスキルアーツで……?」


 そういえば、ディアナちゃんには『ヒカリゴケ』を見せたことはなかったっけ。

 ……まぁ、あんまり見せる機会もないスキルアーツだからなぁ。


「なんか光ってるけど……」


「うん。ヒカリゴケを生やせるスキルアーツなんだ」


「ヒカリゴケって……ダンジョンとかに生えてるあれ?」


「そうそう」


「それを生やすスキルアーツ……? え、なんのスキルがあったら、そんなスキルアーツ覚えんの?」


「それは――あ」


 あぁ、そうか……。失敗した……。


 『ダンジョン』スキルは、他の人に知られちゃいけないスキルなんだった……。


「全然想像できないんだけど、何があったらそんなスキルアーツを覚えんの?」


「えぇと……」


 そりゃあ気になるよね……。

 気にもなるし、想像もできないだろう。


 というか、僕だって『ダンジョン』スキルからヒカリゴケを生やせるスキルアーツが生えるなんて想像できなかった。

 初めて知ったときは、僕自身なんだそれって思ったし……。


「……ごめんディアナちゃん。それはちょっと言えないんだ」


「言えない?」


「そのスキルは、なんというか秘中の秘みたいなもので、絶対に秘密なんだ」


「えー。そんなの言われたら余計気になる」


「ごめん、そうだよね。だけど――あ、やめて、やめてディアナちゃん……」


 ディアナちゃんが実力行使に出た。僕を掴み、ガックンガックン揺らしてくる。


 僕が持っている木剣も激しく揺さぶられているけど……案外苔が剥がれ落ちたりはしていない。

 うん、なかなか良い生え具合だ。


「待ってディアナちゃん。そういうのはあれだよ? よくないんだよ?」


「何がよ?」


 とりあえず力尽くで言うことを聞かせようとするのはよくないと思う。

 それに――


「人のスキルを知りたがるのは、その……スケベな行為なんだよ?」


「はぁ!?」


 僕の言葉に驚き、ディアナちゃんが手を離した。


 おぉ。さすがはユグドラシルさんの格言『他人のステータスを覗こうとする奴はスケベ』だ。

 ディアナちゃんすらも鎮静化することに成功した。


「な、何それ。あ、アタシがえっちだって言うの?」


「え? いや、そうは言ってないよ。ディアナちゃんは全然えっちじゃないよ」


「んー」


「いたい」


 ディアナちゃんの心配を否定してあげたというのに、肩パンをもらってしまった。

 なんて理不尽な……。


 なんだろうね。『全然』って単語が余計だったのかな?

 もしかしたら『全く色っぽさを感じない』とか、『女性的な魅力を全然感じない』といった感じに受け取ってしまったのかもしれない。

 おそらくそれで気分を害したのだろう。乙女心は複雑だ。


 ……とはいえ、ディアナちゃんはまだ十三歳なわけで、十三歳をえっちだと感じたら、それはやっぱりまずいと思うんだ。


「で、なんだっけ? 火中の日?」


「うん、秘中の秘。秘密中の秘密」


「あー、うん。秘中の秘ね。そんなに秘密なの?」


「そうだね。なにせ両親にすら教えていないスキルだし」


「え? そうなんだ、そんなに秘密なんだ……」


 まぁ『ダンジョン』スキルというか、僕が『ダンジョンマスター』であることがかな。

 このことは他の人に話すべきじゃないだろう。ローデットさんも秘匿ひとくすべきだと言っていた。


「知っているのはローデットさんと、ユグドラシルさんと、ナナさんと……あとまぁ、知人二人」


「結構多い……」


 そう言われると確かに……。


「てーか、知人二人って誰よ?」


「え? まぁ、知人だけど……」


 ディースさんとミコトさんのことなんだけど……なんだか二人のことはダンジョンよりも秘匿すべき事情な気がする。

 そもそも、わざわざ『知人二人』とか言わなくてよかった気もする。


「また女?」


「またって何さ……」


「あ、女だ。その感じは女だ」


「…………」


 いやまぁ二人とも女性だけど……。


「アレクは少し目を離すと、すぐに新しい女を作る」


「なんて言い方をするんだディアナちゃん……」


 というか、二人はディアナちゃんよりも先に出会った人達だ。

 だからむしろ『新しい女』とやらは、ディアナちゃんの方になっちゃうんだけど……。


「……まぁいいや。ほら、アタシはレリーナほど嫉妬深くないから」


「そうなんだ」


「だからアレクが他の女に目移りしても、少しくらいなら許してあげる」


「ありがとうディアナちゃん」


 ……まぁ、大抵の人はレリーナちゃんほど嫉妬深くはないだろう。

 というかレリーナちゃんより嫉妬深い人がいたら怖い。





 next chapter:『ヒカリゴケ』

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