第196話 魔剣バルムンクとアレクシスハンマー1号
アレクシスハンマー1号を手に入れた日の翌日、僕は父と剣術稽古に励んでいた。
――剣術稽古である。ハンマー術稽古ではなく、剣術稽古なのである。
僕としては、さっそく父に手伝ってもらい、『槌』スキルとアレクシスハンマー1号を用いた戦闘訓練をしたいところだったけど――
『いきなりアレクシスハンマー1号を持って現れたら、父は悲しむかもしれない……』
父との朝練に向かう寸前で、ふと僕はそんなことを考えた。
僕が槌を使おうとすると、なんだかションボリとしてしまう父のことだ。いきなり剣を捨てて槌を取り出したら、きっと父は悲しむ。
大好きな父がションボリしている姿は、あまり見たくない。
なので僕は、とりあえずアレクシスハンマー1号を部屋に置いたまま、木剣だけを持って父との朝練に向かった。
まずはいつも通りに剣術稽古をして、その後でハンマー術稽古をしよう。――そんな計画を立ててみたのだ。
「お疲れ様、アレク」
「ありがとうございました」
剣術稽古が終わり、父に礼をする僕。
まぁ剣は剣で真面目に稽古した。
いくら買ってきたばかりのハンマーを早く試したいといっても、それはそれ。剣は剣で真面目に取り組まねば――
「今日のアレクは、ちょっと集中力に欠けていたかな」
「そうなんだ……」
僕としては真面目に稽古していたつもりが、どうやら集中しきれていなかったらしい。
そこに気付くとは、やはり剣聖か……。
「そういえば――」
「ん?」
「最近アレクは世界樹の剣を持ってこないね」
「あぁ、うん」
「どうしたのかな? まさか折れちゃったってこともないだろうし」
「んー……」
もちろん折れていない。ちゃんと現存している。
というか朝練に持ってこないだけで、普段から使っている。
「うーん。なんて言ったらいいものか……」
「うん?」
僕が朝練に世界樹の剣を持ってこない理由。それは――世界樹の剣が実戦用の剣だからだ。
確かに分類上は木の剣――ただの木剣ということになるのかもしれないが、貴重な素材を用いて作製した、立派な実戦用の武器だ。
軽くて硬くて強くて、それでいてどことなく温かみを感じる世界樹の剣。
……まぁ温かみはともかくとして、非常に強力な実戦用の剣であることは間違いない。とてもじゃないが、世界樹の剣をただの木剣とは呼べない。
なんか大ネズミとか、軽く一刀両断できるしね……。
そんな実戦用の剣を、朝っぱらから父にぶん回していいものか――そう思った僕は、朝練に世界樹の剣を持ち込むのを止めたのだ。
「アレク?」
「うん……。まぁ朝の訓練では世界樹の剣はいいかなって、とりあえずそんな感じで……」
「ふーん?」
なんとなく父には理由を説明しづらい。
剣聖さんに向かって、『世界樹の剣は強くて危ないから、父には使わない』なんて、ちょっと言いづらい。どれだけ
……それにしても、世界樹の剣を使わないことに関して、なんだか父が物足りなさそうだ。少しだけそんな雰囲気を感じた。
父が世界樹の剣に並々ならぬ関心を寄せていることは知っていたけど、もしや自分が世界樹の剣で打たれることにも、喜びを覚えるのだろうか……?
「それで世界樹の剣の代わりに、その剣を使い始めたんだね」
「うん。前に使っていた木剣」
今僕が手に持っているのは、世界樹の剣の代わりとして用意した木剣だ。
新しい木剣を適当に作ろうかとも思ったけれど、以前に使っていた物がまだあったので、それをそのまま使っている。
「前に使っていたっていうと……なんだっけ? 魔剣バルムンクだっけ?」
「うん?」
「確かそんな名前だと思ったけど」
「えーと……あぁ、そうだね。そんな名前を付けてたね」
懐かしいな。この木剣は、なんやかんや歴史がある木剣だ。
ころころ名前が変わり続け、最終的に魔剣バルムンクとなり……それからただの棒になって大ネズミの口を開かせたり、その後はただの釣り竿になったりなれなかったりした木剣だ。
『剣』スキルの取得を目指して作った剣だから……七年ほど前に作った木剣だ。結構年季が入っている。物持ちいいなぁ僕。
そんな魔剣バルムンクを使い、今日も明日も僕は剣の訓練を続けていく。
――そのつもりではある。もちろんそのつもりではあるけれど……やっぱり今日は、ちょっと槌の方もね……。
「ところで父、ちょっと父にお願いがあるんだけど……」
「ん、何かな?」
「ちょっとね、もうちょっと訓練に付き合ってもらいたいんだ」
「いいよ?」
「じゃあその……少し待っていてくれる?」
「うん? 別にいいけど……?」
よしよし、それじゃあ部屋に戻ってアレクシスハンマー1号を取ってこよう。
『槌』スキルを取得してから、なんだかんだでもう一ヶ月。
ここまで妙に時間が掛かってしまったけれど、スキルとハンマーを用いた初めての戦闘訓練が、いよいよ始まるのだ。
◇
僕は急いで自室に走り、バルムンクを適当に部屋の隅っこに転がしてから、アレクシスハンマー1号を
「それは……」
「アレクシスハンマー1号だね」
「アレクシスハンマー1号……。魔剣バルムンクといい、アレクのセンスは独特だよね……」
「ん? んー……」
別に魔剣バルムンクは僕のセンスってわけでもないんだけどね。なんか知っている剣の名前を適当に付けただけだし。
まぁ確かに、ただの木剣を『魔剣』なんて呼ぶのは、独特のセンス――というか、結構痛い子な気がしないでもない。
「ところで、何やらアレクの名前が大きく彫られているけど……?」
「ジェレッドパパさんが、サービスしてくれたんだ」
「ジェレッドパパさん? あぁ、お店で買ってきたやつなのか」
「うん、昨日買ってきたんだ。……それで、ちょっとこれの練習に付き合ってほしくて」
「そっか。そっかぁ……」
ポツリと
どうやら、やっぱり父を少しションボリさせてしまったようだ……。
「ついにアレクは、僕本人でセルジャン落としをしようと言うんだね……」
「…………」
なんだか父が面白いことを言い出した。
……あ、いや、ションボリしながら呟いた父の発言を、面白いとか言っちゃいけないか。
しかし上手いこと言うな父。セルジャン落としか。
確かにハンマーでセルジャンさんを叩いたら、それはもうセルジャン落とし。
といっても、別に僕は父の胴体を弾き飛ばそうとまでは思っていないが……。
「えぇと、そんな意図はなかったんだけど」
「うん……」
「なんというか、試しにね。せっかく『槌』スキルを手に入れたんだからさ、試しにやってみたいじゃない」
「うん……。まぁ、協力するよ。例えアレクが『槌士になりたい』と言っても協力するって、僕も約束したからね」
「ありがとう父」
別に槌士になりたいとまでは言っていないけど、ありがとう父。
「じゃあ、いくね」
「うん」
父に確認を取ってから、僕はアレクシスハンマー1号を構えた。
……正直ハンマーの構えとかよくわからないけど、とりあえずそれっぽく構えた。
よし。それじゃあいよいよスキルとハンマーの訓練開始だ。
父もこうして協力してくれると言っているのだから、僕も全力で父にぶつかろう。――全力で父にハンマーをぶつけよう!
いざ――リアルセルジャン落とし!
next chapter:リアルセルジャン落とし
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