第176話 『毒矢』と『パラライズアロー』


 レベル20を目指し、レベル上げにいそしむ僕。


 今日は頼れる相棒と共に『世界樹様の迷宮』を探索し、モンスターを討伐して回っている。

 今現在も、3-3エリアにて戦闘中だ。


「『アースウォール』」


「ありがとうレリーナちゃん」


「うん」


 レリーナちゃんが地面に手を置いて呪文を唱えると、僕らを守るように三枚の壁が出現した。

 レリーナちゃんが所持する『土魔法』のスキルアーツ『アースウォール』だ。


 その壁に守られながら、僕は『ウルフ』と呼ばれるオオカミ型のモンスターに狙いを定め、矢を放つ――


「『パラライズアロー』」


「キャン!」


 二体いるうちの一体に、僕の『パラライズアロー』が決まった。


 『パラライズアロー』の効果により、ウルフはぷるぷるともだえている。

 ひとまず悶えているウルフは捨て置き、もう一体のウルフも狙おうとする――が、すでにレリーナちゃんがそちらへ向けて、弓を構えているのが目に入った。

 

「『毒矢』」


「キャン!」


 もう一体のウルフに、レリーナちゃんの『毒矢』が決まった。その結果、もう一体のウルフもぷるぷると悶えている。


 『毒矢』――レリーナちゃんが所持する『弓』スキルのスキルアーツだ。

 なんだか腰が引けてしまう名称をもつこのスキルアーツは、命中した対象に様々な悪影響を及ぼす。


 麻痺させたり、眠らせたり、視力を奪ったり、体力を奪ったり――命を奪ったり。

 その効果は、レリーナちゃんが自身で選択できるらしい。


 最初のころは、当たったモンスターが『ちょっと体調悪そう?』くらいの効果しかなかった『毒矢』だったが、最近はどんどんと凶悪化してしまった。


 ……というか『麻痺』なんて効果を選択できる時点で、『パラライズアロー』の上位互換な気がしてならない。


 二体のウルフが悶えている姿を見るに、おそらく今のも麻痺効果のある『毒矢』を放ったのだろう。

 さすがに麻痺の強さや麻痺状態の持続時間は『パラライズアロー』の方が上だと信じたいところだが……。


 さておき、二体とも悶えている今がチャンス。

 このチャンスを逃さず、僕らは両ウルフに矢の雨を降らせた――


「ん、倒したね」


「そうだねお兄ちゃん」


 固定砲台と化した僕とレリーナちゃんによってウルフは打ち倒され、地面に溶けていった。戦闘は無事に終了だ。


「お疲れ様レリーナちゃん。それじゃあ矢とドロップを回収しようか」


「うん」


 ウルフ跡地には、僕らがしこたま放った矢が折り重なっている。

 とりあえず矢を回収してから、ドロップを確認しよう。


「さて一体目は……」


「お肉だね」


「あとではんぶんこしよう」


「うん」


 一匹目のドロップはウルフのお肉だった。たぶんウルフのドロップとしては一番の当たりだろう。


「さて、もう一匹は――あれ? どこだろう? ……あ、魔石か」


「魔石かー」


 矢をすべて回収し終えると、そこには小さい石ころのような物がぽつんと転がっていた。

 二匹目のドロップはウルフの魔石。――正直ハズレである。


「レリーナちゃんは、いる?」


「私は別にいらないかな」


「だよねぇ。魔石のドロップって珍しいけど、やっぱりいらないよね」


 魔道具等の作成に、なくてはならない魔石。

 だがしかし、ウルフ程度の魔石では質が悪くて何の役にも立たない。


 あらゆるモンスターの体内には魔石が作られるのだが、雑魚モンスターの魔石には、ほぼ価値がない。

 なので僕も、今まで倒したモンスターの魔石は回収してこなかった。僕が倒せる程度のモンスターの魔石には、残念ながら価値がないのだ。


「じゃあ放っておこうか、そのうちダンジョンが吸収するでしょ」


「そうだね」


 魔石もダンジョンに還るがいい。そして、再びダンジョンのエネルギーとなるがいい。リサイクル的な感じで。


「それにしても……」


「どうしたのお兄ちゃん?」


「さっきのウルフとかもさ、剣で倒せたらいいのになって……」

 

 レベル20を目指すと同時に、『剣』スキル取得も目指せたらいいのにねぇ。そしたら一石二鳥なのに。


 さっきのウルフを見る限り、おそらく僕の剣でも問題なく戦えると思う。

 サイズ的には大型犬クラスの体躯たいくをもつウルフだけど、動きは遅いし、力強さも感じない。牙とか爪も丸っこいし。


 たぶん普通の犬より弱いんじゃないかな? かなり見掛け倒しなモンスターだ。恵まれた体格から、貧弱な攻撃しかしてこない。

 これなら勝てるはずだ。僕の剣でも、きっと簡単に勝てるはずだ。


「次は剣を使ってみる?」


「うーん……」


 勝てるはずだし、問題ないとは思うんだけど…………やっぱりちょっと怖い。


 見掛け倒しとはいえ、大きな犬に接近戦を挑むのは怖い。

 当然ながらこのウルフも不殺ウルフなわけで、万が一にも危険なことは起こらないはずなんだけど……単純に大きな犬が怖い。


 大ネズミなら慣れてるし、お遊戯しながらでも軽く倒せるんだけど、ウルフはなぁ……。


「……やめておこうかお兄ちゃん」


「んん……」


「剣を使うのは、スキルを覚えてからでもいいんじゃない?」


「……うん」


 僕がビビっていることを察したのか、レリーナちゃんが気を使ってそんなことを言ってくれた。

 なんだかちょっと――いや、ちょっとどころではなく、かなり情けない姿を無駄にさらしてしまった……。


 まぁとりあえず、剣はやめておこうか……。

 そこまで『剣』スキルのレベル上げを急ぐこともない。レリーナちゃんの言う通り、実戦は『剣』スキルを覚えてからでも遅くはないはずだ。


「お兄ちゃんが早く『剣』スキルを覚えたいのはわかるけど、無理をすることはないよ」


「そうだね……」


「私のために急いでくれているのはうれしいけど」


「そうだね…………え?」


 え? そうなの? 僕はレリーナちゃんのために急いでいたの?


「えっと……レリーナちゃんのため?」


「私のために、急いで『剣』スキルを覚えたいんでしょ?」


「なんのこと?」


「え? やだな、お兄ちゃん。まさか忘れちゃったわけじゃないよね?」


 怖い。能面のうめんのような顔で僕を見つめてくるレリーナちゃんが怖い。急激に表情を失っていった様も怖いし、口調だけは普通なのも怖い。


 というか、なんだ? なんのことだ? なんのことをレリーナちゃんは言っているんだ?


「お兄ちゃんは、私を守るために剣を始めたんでしょ?」


「レリーナちゃんを守るため……?」


 そんな理由だったっけか……?


「――私とお兄ちゃんは幼馴染で、歳も一緒でしょ?」


「え? うん」


「だから一緒に戦うことも多いよね?」


「そうだね」


 今もそうだ。今も二人で一緒に戦っていた。


「けど、弓使い二人じゃバランスが悪いよね? もしモンスターに近づかれたら、ひとたまりもないでしょ?」


「確かにそうだね」


 確かに弓使い二人のパーティーは、バランスが悪いように感じる。前衛が欲しいな前衛が。肉壁が欲しい。


「『だから僕が剣を使えるようになれたらいいと思ったんだ。いざとなったら僕がモンスターを止められるように』」


「うん? レリーナちゃん?」


「『どんなに恐ろしいモンスターが来ても安心してほしい……レリーナちゃんは絶対に僕が守る――指一本触れさせはしないっ!』」


「レリーナちゃん? いったい何を言って…………あ、そうか、僕が前に言った台詞か」


 そっかそっか。確かにそんなようなことをレリーナちゃんに言った気がする。

 たぶん剣を始める前か、始めてすぐのころだと思う。何故剣を始めたのかレリーナちゃんに聞かれて、僕はそう答えたんだ。


「そう言って、お兄ちゃんは私を抱きしめてくれたの」


 それはしてない。それは捏造ねつぞうだ。


「まさかあのときのことを、忘れたなんて――」


「覚えてる覚えてる。確かにレリーナちゃんにそう言ったね、覚えているよ」


「本当?」


「本当だよ。覚えてる」


 そんな話をレリーナちゃんにキメ顔で伝えたところ、レリーナちゃんは深いトリップ状態におちいってしてしまったんだ。それで、なんとなく覚えている。


 ……いやしかし、レリーナちゃんはよく覚えているな。


「それって、いつ言ったんだっけ?」


「七年前。お兄ちゃんが木剣を作ったときのこと」


「そう……」


 本当によく覚えているな……。


 サラッと正確な時期と、そのときの状況を伝えられて、僕としては恐怖を禁じえない。

 たぶんさっきの僕の台詞も、正確に再現されているんだろうな……。正直恐怖を禁じえない。


 それにしても――


『弓使い二人じゃ、モンスターに近づかれたらひとたまりもない』

『僕が剣を使えるようになって、いざとなったら僕がモンスターを止める』

『レリーナちゃんは絶対に僕が守る――指一本触れさせはしないっ!』


 ……なるほど。

 当時想定していたことと、現実はだいぶ違ったようだ。


 少なくとも、村周辺の森やダンジョンに出没するモンスターには近付かれることはないだろう。

 レリーナちゃんと僕のコンビ――『毒矢』と『パラライズアロー』のコンビネーションにより、まずもって近付かれる心配はない。


 そして、もしも近付かれたとしても、僕はレリーナちゃんの『アースウォール』に守られている。指一本触れられることはない。


 ……なんだろうねこれ。

 剣を覚えて、レリーナちゃんを守りたいっていう気持ちに嘘はなかったし、今でもそう思う。


 だがしかし、現実は逆だ。真逆の結果になっている。


 あんなふうに『君を守る』と豪語した僕が、逆に守られているという現実……。

 なんだろうねこれ……。





 next chapter:ダンジョンマラソン

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