第169話 修羅場


 レリーナちゃんがマジックバッグからお皿を取り出し、その上にクッキーを置いてくれた。


「ありがとう。これ全部レリーナちゃんが?」


「うん。お母さんと一緒に作ったの」


「そっかそっか、ありがとう」


 レリーナちゃんに感謝してからクッキーを頬張る。美味しい。


「美味しいよ、レリーナちゃん」


「よかった」


 僕の言葉に、花のような笑顔を返すレリーナちゃん。

 こうしていると、ただ単に可愛らしい女の子なのになぁ……。


 さておき、僕が持ってきたクッキーはどうしたものか。今回も母にお願いして作ってもらったのだけど……。


 ちなみにだが、今日のお花見に向けて、僕はナナさんと――


『どうしようか? また母に頼もうか? それともナナさんクッキー作る?』


『突然恐ろしいことを言いますねマスター……。いったい何を考えているのですか? 私を亡き者にしたいのですか?』


 なんて会話があり、軽く説教を受けてしまった。


 というわけで、僕は再び母にクッキーを焼いてもらったのだ。

 とりあえず、そのまま持って帰ろうか。生物なまものでもないし、そこそこ日持ちするだろう。


「ん、お湯が沸いたね」


 鍋のお湯が沸騰してきたので、ポットに草とお湯を投入して、ハーブティー――『ミリアムスペシャル747』を入れる。

 しばらく蒸らしてから、カップにそそぎ――


「どうぞ、レリーナちゃん」


「ありがとう」


 レリーナちゃんがカップを持ち、フーフー吹いて冷ましてから、『ミリアムスペシャル747』に口をつける。


「美味しいね、お兄ちゃん」


「そうだねぇ」


 僕も一口飲んでみたけど、確かに美味しい。かなり適当に作っているわけだけど、美味しい。


 たぶん、お湯の温度とか草の量とか蒸らす時間とか、本当ならいろいろ最適なものがあるんだろうな。

 母からしたら、文句を言いたくなるような入れ方かもしれない。


 ……というか、茶葉のことを『草』と呼んでいること自体文句を言われそうだ。


「クッキーもお茶も美味しいし、桜も綺麗だね」


「そうだね、お兄ちゃん」


 ひとまずクッキーとお茶が揃ったので、のんびりとお花見を楽しむ僕とレリーナちゃん。


 ――さて、問題はここからだ。

 ここらでレリーナちゃんに、『なんでクッキーを焼いてきてくれたの?』と聞いてみようか?


 昨日ジスレアさんとお花見をして二人でクッキーを食べたことは、おそらくすでに知られているのだろう。

 僕としては半ば確信しているのだけど……やはり気になる。


 だがしかし、聞いたら聞いたで藪蛇やぶへびになる気しかしない。どうしたものか……。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「……なんだい?」


 うぁぁ……。レリーナちゃんの『ねぇ、お兄ちゃん』が出てしまった……。

 この台詞のあと、僕は厳しく問い詰められることが多いんだ……。


 僕がまごまごしている間に、レリーナちゃんに先手を取られてしまった……。


「お兄ちゃんはさっき、『昨日来た』って言っていたよね? 『昨日もここに来た』って」


「え……?」


 言ったか? あぁ、言ったか。『昨日はこんなに人がいなかった』って、うっかり言ってしまっていたか……。


「そうだね、言ったね」


「来たんだ?」


「いや、その、来たけど……」


「来たんだ?」


「えっと……」


 何これ何これ何これ。何が正解なの? わかんない。


 ここで正直に『ジスレアさんと来た』って自分から答えた方がいいの? 言わない方がいいよね? 隠した方がいいよね?

 でも、もうたぶんバレてるよね? だったら隠すのはまずいよね?


「ジスレアさんと、来た……かな」


「そう」


 能面のような顔で僕を見ながら『そう』とつぶやくレリーナちゃん。

 怖いよレリーナちゃん。怖いって。


「あ、あの、ジスレアさんに桜のことを話したら、見たいって言われてね? それでちょっと案内したんだ」


「それだけ?」


「うん、それだけ――」


「それだけじゃないよね?」


「えっと……」


 まぁ僕自身それだけじゃないといいなあって思っている部分があったりなんかして……。


 どうでもいいんだけど、周りのお花見エルフから「修羅場だ……」「村でもたまに見るやつだ……」なんて言葉が聞こえる。


 それだけならまだしも、「確かにアレクはいろんな女の子と……」なんて声も聞こえてきた。

 それはダメだろう。それは今言っちゃだめだろうおい。


「その、レリーナちゃん落ち着いて? 普通に案内しただけで、おかしなことは別に――」


「手をつなぎながら歩いていたんでしょ? 一緒にここでイチャイチャしていたんでしょ?」


「だ、誰がそんなことを――」


「ジスレアさん」


 本人かい。

 何をしているんだジスレアさん。何故ジスレアさんは、そこまでレリーナちゃんを挑発したがるのか……。


「えっと……本人がそう言っていたんだ?」


「うん」


「……あれ? え、それっていつ聞いたの?」


「昨日の夕方、あの勘違い女の家で」


「勘違い女……」


 レリーナちゃんもその呼称を使うのか……。


 さておき、夕方か。

 じゃあ昨日、お花見デートが終わって家に帰ったジスレアさんを、レリーナちゃんは襲撃しゅうげきしたのか。


「私があの勘違い女の家で待っていたら、のこのこと帰ってきたから問い詰めたの」


「待っていたんだ……」


 襲撃ではなく、待ち伏せしていたらしい。


 ――あ、そうか。

 昨日レリーナちゃんは『用事がある』と言っていたけど、ジスレアさんを問い詰めるって用事があったのか。


 ……なんとも物騒な用事だねぇ。


「えっと、そもそもなんで昨日レリーナちゃんは、ジスレアさんを待っていたのかな?」


「三日前、お兄ちゃんと世界樹が、勘違い女の診療所に向かったって情報を掴んだから」


 『世界樹』といい、『勘違い女』といい、レリーナちゃんの言い方がきつい。


 というか情報を掴んだって何よ? どうやって掴んだのよ。

 これもエルフの口コミだろうか? もしや、レリーナちゃんに僕の情報を流しているやつがいるんじゃないだろうね……?

 あるいは、千里眼とか隠密とかのスキルで、僕は見張られていたりしたのだろうか……?


「お兄ちゃんが診療所に通うペース的に考えても、世界樹と一緒ってことを考えても、いつもとは様子が違ったから探っていたの」


「ペース……?」


 ペースってなんだ……。

 何故レリーナちゃんは、僕が診療所に通うペースを把握しているんだ……。


「い、いや、確かに三日前、僕はジスレアさんの診療所に行ったけど、特別なことは何も――」


「髪をとかしていたんでしょ?」


「…………」


「お兄ちゃんは、好きな女の髪をとかしたがる癖があるんでしょ?」


「へ? ちょ、えぇ……? なにそれ……」


 ひどい誤解だ。それは違う。そんな性癖はない。


 ……あぁ、もう、周りのお花見エルフがざわざわしているじゃないか。

 周りから「そんな性癖が……」「やっぱり……」みたいな声が聞こえる。『やっぱり』ってなんだおい。


「ちょっと待ってよレリーナちゃん。僕にはそんな癖やら趣味はないよ。いったい誰がそんなことを――」


「ジスレアさん」


 本人かい。

 ……いや、まぁそうだろうとは思っていたけど、ひどい勘違いだ。

 というか何故そんなことをレリーナちゃんに伝えるんだジスレアさんは……。


「あの女は、『アレクは私が好き』とか『大好きな私の髪をとかして喜んでいた』とか『大好きな私をお花見に誘った』とか『手をつないだ』とか『一緒にお茶とクッキーを食べた』とか『アレクと一緒だとのんびりできる』とか『アレクは歩くのものんびり』とか……」


 一番最後の発言、僕の『素早さ』が微妙にディスられてないか?


 いやはや、それにしてもすごいあおりっぷりだ……。相変わらずジスレアさんの煽りスキルはとんでもないな……。


「え、あ、ちょっとレリーナちゃん、落ち着いて」


「フーッ! フーッ!」


 話していたら昨日のことを思い出して、興奮してしまったのだろう。

 気が付くと、レリーナちゃんが人間性を失っていた。


「お、落ち着いてレリーナちゃん、カップが割れちゃうよ」


「シャーッ! フーッ! フーッ!」


「ちょ、うお」


 お茶が入ったカップを握ったまま人間性を失ったレリーナちゃん。

 もしカップを割ってしまったら、怪我をしてしまうかもしれないし、熱いお茶で火傷してしまうかもしれない。


 そう心配して警告してみたのだけど……余計に状態が悪化してしまった。

 どうも僕が、自分よりもカップのことを心配していると勘違いしたようだ。


 ……なんとなく、レリーナちゃんが竹かごを抱えたまま激昂げっこうしたときのことを思い出した。

 あのときは、『お兄ちゃんは私より竹かごが大事なの!?』って怒られたんだっけ。なんだか懐かしい――


「いった! ちょ、落ち着いてレリーナちゃん。またそんな物を持ち出して、それは危ないから――」


「シャーッ!」


「レリ――た、助けて! 周りの大人の人、ちょっと助け――ヒッ」





 next chapter:ギラついた目で虎視眈々こしたんたんと2

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