第170話 ギラついた目で虎視眈々と2


 救助ゴーレムに、救助されそうになってしまった。


 あのゴーレムは、僕が瀕死状態におちいると思ったのだろうか? じわじわと僕に近寄ってくるのが確認できた。

 おそらく救助に備えて近寄ってきたのだろうけど、なんだか屍肉しにくを狙うハイエナのように見えた。


 思わず頭の薬草を引っこ抜いて使ってやろうかとも考えたけど、可哀想なのでやめておいた。

 彼はきっと、自分の任務を忠実にこなそうとしていただけだから……。


「もう大丈夫?」


「うん、ごめんねお兄ちゃん」


「いや、いいんだよ」


 周りに居たお花見エルフをも巻き込んで大暴れしたレリーナちゃん。

 しばらくして、ようやく人間性を取り戻してくれた。


「ところで……レリーナちゃんにひとつ聞きたいことがあるんだけど?」


「何かな?」


「レリーナちゃんは、なんだかその……僕の行動について詳しいよね?」


「そうだね」


 平然と同意されても、それはそれでなんともいえない。


「三日前に僕がジスレアさんの診療所へ行ったこととか、普段診療所に通っているペースだとか……そういった情報は、どうやって入手しているのかな?」


 これだけは、これだけは聞いておかねば。今後のためにもこれだけは……。


「うん、まぁいろいろ」


「いろいろ?」


「うん、ちょっと」


「そう……」


 また『うん、ちょっと』だ……。

 どうやらソースを明かすつもりはないらしい。


「あ、ごめんレリーナちゃん、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「何かな?」


「二日前に診療所で僕がレリーナちゃんと会ったとき――レリーナちゃんはジスレアさんに三日前のことを聞こうとしていたんでしょ?」


「うん」


「なんであのとき僕に聞いてくれなかったんだろう?」


 二日前にジスレア診療所周りをうろついていたレリーナちゃん。僕が『何をしているの?』と聞いても、『うん、ちょっと』としか答えてくれなかった。

 あのときも『うん、ちょっと』で誤魔化されてしまったけど……何故僕には聞かなかったんだろう?


「ジスレアさんの方が、いろいろ話してくれそうだったから」


「……なるほど」


 そうか……。確かにジスレアさんは何か誤魔化すといったこともなく、いろいろと話してしまったようだけど……。


「実際にいろいろと……。本当にペラペラペラペラペラペラとあの女は……!」


「れ、レリーナちゃん?」


 いかん。また刺激してしまった。

 レリーナちゃんが再び人間性を失いかけている。


「ふーふー……けど、いいの」


「え? えっと、何がだろう?」


「お兄ちゃんはあの勘違い女と、ずいぶん仲良くしていることがわかったけど……別にいいの」


「へ? いいって……?」


「そのことをとがめるつもりはないの」


「……そうなの?」


 レリーナちゃんが、よくわからないことを言う。

 咎めていないのか。先程の凶行は、僕を咎めたつもりではないのか……。


「私はお兄ちゃんを束縛そくばくするつもりはないから」


「えぇと……そうなんだ」


 咎めるつもりも束縛するつもりもないのに、あんななんだ……。


「ディアナも、『束縛しようとする女は嫌われる』って言っていたから」


「ディアナちゃんがそんなことを……?」


 ――もしかしたら僕は、ディアナちゃんに深く感謝するべきなのかもしれない。

 もしもその言葉がなければ、もっととんでもないことになっていたのかもしれない……。


「それに、私は知っているから」


「うん?」


「お兄ちゃんは、最後には私のところへ帰ってきてくれるって――待っていれば、ちゃんと帰ってきてくれるって、知っているから」


「お、おう……」


 レリーナちゃんの目がちょっと怖い。


「だから私は待っているの。待てる女なの私は」


「そっか」


 よくわからないけど、そんな心構えらしい。

 ジスレアさんのところへ二日連続で突撃しておいて、待てる女とはいったい……。


「それはともかく、お兄ちゃん」


「うん?」


「私の髪はとかさないのかな?」


 なにやら自分の髪を手で撫でながらアピールしてくるレリーナちゃん。

 髪……。髪か……。


「実は今日、お花見中にレリーナちゃんの髪をとかさせてもらおうって思っていたんだ」


「そうなの?」


「うん」


 最初はそんな計画だった気がする。

 確か、お花見で気分をよくしてもらってから、レリーナちゃんの髪をとかして髪の毛ゲット的な。


「けど、さすがにこんなに人が多い場所だと――いや、まぁいいか」


 大勢のお花見エルフに囲まれながらレリーナちゃんの髪をとかすのは、なんだか少し恥ずかしかったりしたのだけど……まぁ、いろいろと今さらだろう。


 一連のやりとりを、すべて余すとこなく見られてしまっているわけで、なんかもういいかなって気がしてきた。


「あ、けど勘違いしないでほしいんだ。僕がしたいのはくしのテストだから」


「テスト?」


「そう、テスト。僕は櫛のテストをしたいだけなんだ、それだけなんだ。僕は別に、女性の髪をとかすことに興奮を覚えているわけじゃないんだ」


 周りのお花見エルフにも聞こえるように、僕は力強く宣言した。


 僕には、そんなおかしな性癖はないんだ。それだけはわかってほしい。

 間違っても『アレク君は女性の髪をとかすことに性的興奮を覚えている』なんて噂を、得意の口コミで広めないでほしい。いや、本当に。


「じゃあ櫛のテストってことでいいから、お兄ちゃんお願い」


「なんだか微妙に引っかかる言い回しなんだけど……レリーナちゃんがそう言うなら」


 僕はマジックバッグから櫛を取り出し、レリーナちゃんの後ろに回り込む。


「じゃあとかすね?」


「うん」


 レリーナちゃんに声を掛けてから、彼女の髪にササーっと櫛を入れる。


「痛くない?」


「気持ちいい」


「気持ちいい……? えっと、そうなんだ」


 とりあえず問題はないようなので、僕はレリーナちゃんの髪をとかし続ける。


 そして僕は考える――レリーナちゃんの髪を回収をするか否か。


 どうしたものか、さすがに厳しいか? 今は周りにたくさんのお花見エルフがいる。この状況で回収するのは、さすがに難しい気がする。

 こっそりレリーナちゃんの髪を回収しているところを、もしも見られたら……考えただけで恐ろしい。


「んー。こんなもんかな」


「うん。ありがとうお兄ちゃん」


「いや、こちらこそありがとうレリーナちゃん。テストがね、いいテストができたよ」


 回収はあきらめて、そのままレリーナちゃんの髪をとかし終えた。

 周りに『櫛のテスト』だとアピールすることも忘れずに。


「あ、そうだ。私もお兄ちゃんの髪をとかしてあげる」


「僕の?」


「櫛を貸してお兄ちゃん」


「えーと、別にいいけど」


 なんだかうきうきしているレリーナちゃん。とくに断る理由もないので、僕はレリーナちゃんに櫛を渡す。


 それからレリーナちゃんに背を向けて、後ろで結んでいた髪をほどく。

 エルフらしく、実はそこそこ長めな僕の髪。普段は鬱陶しいのでひもで結んでいる。


「じ、じゃあいくよお兄ちゃん」


「う、うん……」


 いいんだけど、どもっているレリーナちゃんが微妙に気になる。


「ど、どうお兄ちゃん?」


「え? うん。痛くはないよ?」


 レリーナちゃんの言う通り、確かに心地よく感じる気がしないでもない。


 ……しかし、レリーナちゃんの手が気になる。

 櫛を持ってない左手を、レリーナちゃんは僕の首筋に置いている。というか頸動脈けいどうみゃくに触れている。微妙に気になる。


「お、お兄ちゃんの言う通り、確かにこれはちょっと興奮するね!」


「言ってない。僕はそんなことを言っていない……」


 言っていないし、僕は女性の髪の毛をとかして興奮を覚えていないよ……。


「あ、お兄ちゃんの髪の毛が……」


「うん?」


「貰っていい?」


「…………」


 思わず口ごもってしまった……。

 そうか、髪の毛を回収されるっていうのは、こんな気持ちか……。初めて髪の毛を回収される側に回ったけど、こんな気持ちになるのか……。


「聞いたことがあるの。大切な人の髪は、お守りになるって」


「お守り? へー、そうなんだ?」


 なんか前世でもそんな話は聞いたことがあるな。そうなんだ、この世界でもあるんだ。


「だからお兄ちゃんの髪が数本欲しいんだけど?」


「あー、うん。別にいいけど……」


「ありがとうお兄ちゃん!」


 そう言ってから、荒い息づかいで僕の髪をとかしつづけるレリーナちゃん。


 たぶんレリーナちゃんは僕の髪をとかしながら――ギラついた目で虎視眈々こしたんたんと、髪の毛を確保しようと狙っているんだろう……。


 なるほど、ユグドラシルさんじゃないけど、これは引くわ……。





 next chapter:最後の一人

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