第152話 山田は愚考する


「それ以外にもいくつか問題があると――ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田は愚考ぐこうします」


「……え? 愚考? えっと、なんだろう?」


 知り合いの髪の毛を、どうやって変態だと思われずに収集するかを悩んでいたのだけれど……ナナさんはそれ以外にも問題があるという。


「髪の毛を集めるというお話ですが――」


「うん」


「ハゲはどうしましょう?」


「…………」


 わざわざフルネームまで出しておいてそんな話か……。なんというか、本当に愚考な気がする……。

 とりあえず、もうちょっと言い方に気を使ってあげなさいよ……。


「ハゲは髪の毛がないのですが?」


「……うん」


 まぁね……。逆に髪の毛があったらハゲじゃないしね……。


 そりゃあ確かにナナさんの言う通りではある。僕がいくら髪の毛を欲しがったところで、髪の毛がない人からは髪の毛を集めることはできない。

 ……というか、僕よりもその本人が髪の毛を欲しがっていると思う。


「えぇと……とりあえずそこは大丈夫だから」


「大丈夫とは?」


「ハゲは生き返らせないから大丈夫」


「ハゲは生き返らせない……」


 なんだか僕も僕で、妙に辛辣しんらつな言葉を吐いてしまった気がする。


 まるで、『ハゲは生き返らせるほどの価値がない』――とでも言ってしまったかのような……。


「いや違うんだ、そうじゃないんだ。ただ単に、僕の知り合いにハゲがいないってだけなんだ」


「あぁ、なるほど。……そういえば村ではハゲをあまり見ない気がしますね」


「そうでしょう?」


「というか、むしろハゲを全く見かけない気がするのですが……。村にハゲてる人っていましたっけ……?」


「え? えぇと…………あれ?」


「村にもいないですよね……?」


「いないと思う……。というか生まれ変わってから今まで、そういった人を見たことない気がする……」


 今までそんなことを意識したことがなかったけど、思い返せば確かに……。


「この世界にハゲはいないのでしょうか……?」


「えぇ? どうだろう……」


 そうだとしたら、何故そんなことに……。ディースさんがそう設定したのだろうか? ディースさんは、何を思ってそんなことを……。

 そりゃあまぁ、あるいはそれで救われる人もいるかもしれないけど……。


「あ、ひょっとして、エルフがハゲないってだけじゃない?」


 僕は生まれ変わってから、エルフ族以外の人を見たことがない。

 エルフの中にはいないだけで、人族や獣人族にはそういった人がいるかもしれない。


「もしかしたら、エルフの特性か何かかな?」


「ハゲない特性ですか?」


「ハゲない特性というか……。ほら、エルフって美男美女しかいないでしょ? これってエルフの特性だと思うんだよね。だから、この特性の効果で……」


「つまりエルフが美男美女という特性をもっている以上、ハゲることはないと?」


「うん。まぁ……」


 エルフの特性として、『長寿』『目が良い』『森歩き』『美男美女』などが挙げられる。

 この『美男美女』の効果により、ハゲることはない――むしろハゲることが許されない。……なんてことを予想してみたのだけど。 


「なんだか悲しいですね。逆に言えば、どんなに容姿が整っていても、ハゲは美男美女のカテゴリーには所属できないということですか……」


 悲しいなぁ……。ハゲていても格好良い人はいると思うんだけどね……。


「えぇと、とにかくそういうわけで、僕の知り合いはみんな髪の毛あるから大丈夫。髪の毛を集めることもできる」


「そのようですね。……では、もうひとつ」


「もうひとつ?」


「私が愚考した結果、もうひとつ気になった点があるのです」


「うん。なんだろう?」


 今度は本当に愚考じゃないといいな。


「マスターは、知り合いの髪の毛を集めると言いました。知り合いとは……どの辺りまでですか?」


「ん? どの辺りって?」


「どの辺りの知り合いまでですか? さすがに村人全員の髪の毛というわけには――え、全員ですか?」


「いや、さすがにそれは……」


 メイユ村は大きな村ではないけれど、さすがにそれは無茶な気がする。

 というか村人全員の髪の毛を集めるとか、なんか怖い。あまりに猟奇的りょうきてきすぎる。


「全員ではないけど……となると、選ばなきゃか。なんだかそれもなぁ」


「何人くらい選ぶのですか?」


「どうしようか……。とりあえず家族みんなと、よく遊ぶ人と、お世話になっている人と、あとは……」


 難しいな。あの人もこの人もと考えていたら、きりがなくなる気がする。


「なんだか結婚式の招待状をどこまで送るか悩んでいる人みたいですね」


 結構本気で悩み始めた僕に対し、妙にカジュアルな例えを出してくるナナさん。


「まいったな、ちょっと決められない」


「もう『好感度が高い順に、上から五人』とかでもいいのでは?」


「それは……。いや、確かに最終的にはそんな基準で選ぶことになりそうだけど」


 言葉を取りつくろわなければ、結局は僕の好感度ランキングで決定されそうだ。

 ……ナナさんの前で、そんなランキングを発表したくもないのだけど。


「というか五人は少なくない?」


「そうですか? 髪の毛は『遺体が発見できなかった場合の保険』なわけですし、そんなものでは?」


「そうなのかなぁ……」


「蘇生薬自体が『死んでしまった場合の保険』と考えたら、言わば髪の毛は『保険の保険』です。そこまで闇雲やみくもに集めなくてもいいような気がしますが?」


 そりゃあ、遺体が見つからないとき――それこそ髪の毛の一本すら見つからないなんてことは、そうはないだろう。

 だったらナナさんの言う通りなのかもしれないけど……。


「というわけでマスター、五人選んでください。その人達の髪の毛を集めましょう」


「五人かぁ……」


「紙にメモしていきましょうか」


 そう言って、紙やら羽ペンやらを用意するナナさん。

 その様子を横目で見ながら、僕が五人を誰にするか考えていると――


「さておき、一人目は私ですよね? 私こと、ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス――」


「待って待って」


 しれっとナナさんが自分をメンバーにねじ込んできた。

 というか、またしても文字数稼ぎをしようとしてきた。この短時間で二回はダメだよナナさん。


 僕はすぐにナナさんから羽ペンを没収ぼっしゅうしたけれど、紙にはすでに『ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス』まで書かれていた。

 メモなんだから『ナナ』だけでいいだろうに、一人でどれだけスペースを取るつもりだ……。


「なんですか急に」


「急に勝手に書き始めるからだよ。なんで勝手に決めちゃうのさ」


「え、私は確定ではないのですか?」


「それは……え、いや、どうだろう? やっぱりナナさんは確定なのかな……?」


 好感度ランキング一位かどうかはさておき、いろいろ条件を考えるとナナさんは確定な気もする。


「うーん……じゃあやっぱり一人目はナナさんで、残り四人か……」


「はい。あとはもうご自由にどうぞ」


「そう……。えぇと、まぁ父と母は確定だよね」


 僕は紙に『父』『母』の文字をさらさらと書き足した。


「では、残り二人ですね」


「もう残り二人か……やっぱり五人は厳しくない?」


「そうかもしれませんね……。まぁ最後まで書いてみましょうよ」


「うーん……」


 残り二人か。さて誰を選ぼうか? とりあえずは――


「あ、その前にさ、僕も自分の髪の毛を保管しておいた方がいいよね?」


「そうですね、ユグドラシル様も保管しているはずですが、一応こちらでも保管しておいた方がよいかもしれません」


「じゃあ忘れないようにメモしておこう」


 僕は紙に『アレクシス』の文字を書き足した。


「これで残り一人ですね」


「え、うそ、これも?」


 これは予想外。忘れないようになんとなくメモしただけだったのに、まさかこれで枠を消費してしまうとは……。


 ナナさん、父、母、僕――これで四人決まってしまった。残り一人だ……。


「これは厳しいよナナさん。もう残り一人だなんて……」


「……仕方ないですね。では家族は別枠にしましょう。家族以外で五人選んでください」


「いいの? そっか、ありがとうナナさん」


「いいのですよマスター」


 フフフと、何やら慈愛に満ちた表情を浮かべるナナさん。

 ……よく考えると、何故ナナさんにそんなおうかがいを立てて、かつ感謝しなければいけないのかわからない。


 さておき、ナナさんの温情により、家族プラス五人と決まったので――――僕は悩みながらも家族以外の五人を選び、紙に名前をしるした。


「よし。じゃあこのリスト――『髪の毛が欲しい人リスト』の髪の毛を集めよう」


「『髪の毛が欲しい人リスト』なんて言われると、『髪の毛が欲しいハゲ達の名前リスト』みたいに聞こえますね」


「そんな悲しいリストを作った覚えはないよ……」





 next chapter:木工シリーズ第三十九弾『シガーボックス』

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