第151話 女の子の髪の毛を収集する変態


「さてナナさん。ナナさんにちょっとお願いがあるんだ」


 自宅の庭で、草花に『水』魔法を噴射ふんしゃしながら虹を作っていたナナさんを自室にまねき、僕はそう切り出した。


「はぁ、なんでしょう?」


「これを受け取ってほしいんだ」


「えぇと……蘇生薬?」


 僕はナナさんに、蘇生薬が入ったビンを手渡した。


「とりあえず三本くらい渡しておこうかな」


「これはいったい?」


「もしも僕に何かあったら、これで生き返らせてほしいんだ」


「なんですか藪から棒に……。これから戦地に赴く予定でも?」


「そういうわけでもないんだけど……。もしも何かあった場合の保険として」


「保険ですか……? それは構いませんが、確かユグドラシル様にも渡していたはずでは?」


 ナナさんの言う通り、以前僕はユグドラシルさんにも蘇生薬を渡して、『僕に何かあったらお願いします』と頼んでおいた。


「ユグドラシルさんにお願いしたのは――まぁ、もちろんユグドラシルさんが信頼できる人だってこともあるんだけど……ユグドラシルさんにしか蘇生薬のことを説明できなかったからなんだ」


 こんなチートアイテム、出処しゅっしょはもちろん存在自体を他の人には話せない。

 なので、ユグドラシルさん以外に頼める人がいなかった。


「けどさ、ナナさんはもう全部知っているから。だったらナナさんにも渡しておこうかって」


「なるほど」


「リスクマネジメント――ってやつだよナナさん」


「はぁ」


 別にユグドラシルさんがうっかり蘇生薬を失くしちゃうとか、うっかり転んでビンを割っちゃうなんて想定をしているわけでもないのだけど、せっかく二箇所で保険をかけられるんだ、渡しておくに越したことはない。


「わかりました。お預かりしましょう」


「よろしくナナさん」


「これでマスターがいつ死んでも安心ですね」


「……マスターが死んだのに、安心しないでほしい」


 渡した蘇生薬をしげしげと眺め、何やら不穏なことをのたまうナナさん。

 『死んだとしても生き返るので安心』って意味なんだろうけどさ。なんかナナさんは、いつも発言に含みをもたせる気がするんだよね……。


「しかしマスター」


「なんだいナナさん?」


「ナナさんは前から思っていたのです。この蘇生薬、マスターの遺体に塗りつけて使う物ですよね?」


「遺体……。うん、まぁそうだね」


「遺体が発見できなかった場合、蘇生は不可能ですよね?」


「うん……?」


 それはそうだ。遺体に塗って蘇生させるのだから、遺体がなければ蘇生できない。


「えっと……あ、もしかしてダンジョン?」


「はい?」


「ダンジョンでのことを心配しているの? もしもダンジョンで死亡したら、そのまま遺体はダンジョンに吸収されてしまうとか?」


 ダンジョンは、ゴミ判定した物を吸収してしまう。もしかして……遺体はゴミ判定?


「いえ……それはおそらくないと思います。さすがに何ヶ月も何年も放置されていれば、ダンジョンも吸収するとは思いますが、しばらくは大丈夫でしょう」


「そっかそっか」


 ならよかった。というかダンジョンコアだって、夫である僕の遺体をゴミ判定はしないだろう――


「まぁ、マスターの場合はサクッと吸収されるかもしれませんが」


「え!? なんでよ、夫なのに」


「愛する夫とひとつになりたい願う、母の愛ゆえに」


「えぇ……」


 ダンジョンコアの愛が重い……。


「というかダンジョンのことではないです。私が心配しているのは、もっと違うことです」


「違うこと?」


「例えば……モンスターに全身食べられてしまったら、遺体どころではないですよね?」


「あぁ、僕をまるごとか……。あるのかな? モンスターって人を食べたりしないでしょ?」


 魔物化したモンスターは食事をしない。人間を食べることもないし、動物や植物も食べない。食べるのは瘴気しょうきのみ、瘴気を吸収して生きているらしい。

 なんだかかすみを食べる仙人みたいだね?


「とはいえ、噛みつき攻撃をしてくるモンスターもいます。そのまま飲み込まれることもあるかもしれません」


「なるほど……」


「そうなると、マスターの遺体を回収するのは不可能かと」


「確かにそうだね……」


 そうか、うかつだったな。まさか蘇生薬にそんな弱点があったとは……。


「あ、けど髪の毛一本からでも蘇生できるよね?」


「そうですね。大ネズミは骨の欠片から蘇生していましたし、髪の毛一本でも問題ないかと」


「はー。ユグドラシルさんに僕の髪の毛を渡しておいたのは正解だったね。――あれだね、リスクヘッジだね」


「はぁ」


 ユグドラシルさんには、蘇生薬と僕の髪の毛を一房ひとふさ渡してある。たとえ僕がモンスターに丸ごと飲み込まれてしまったとしても、渡しておいた髪の毛から復活できるはずだ。


 わざわざ土葬された僕を掘り起こしてもらうのは忍びない――そんな考えから渡したのだけど、思わぬところで保険になっていたようだ。


「だけどそうか、遺体か……」


「どうかしましたか?」


「もし知り合いが死んでしまった場合、遺体の状況によっては蘇生できないこともあるんだね」


「そうですね。遺体を発見できないと、やはり蘇生は……」


「ふーむ……」


 誰も彼も全員復活させようとまでは思っていないけど……近しい人が死んでしまったら、僕は蘇生薬を使って蘇生させるだろう。

 そのすべがあるのに蘇生できないってのは――きっと悲しいし悔しい。後悔してもしきれない。


「……これはもう、やるしかないのかな?」


「はい?」


「知り合いの――髪の毛を集めよう」


 知り合いの髪の毛を集めて保管しておき、もしものときに備えよう。


「髪の毛を……?」


「蘇生用の髪の毛を、今のうちに集めておこう」


「つまり――女の子の髪の毛を収集するのですか?」


「……女の子だけじゃなく、知り合いの髪の毛をね?」


 やはりナナさんは、いつも発言に含みをもたせる気がする……。


「そうですか、知り合いの髪の毛を集める……」


「うん」


「どうやって集めるのですか?」


「え? どうやってって……普通に」


「普通に頼むのですか? 『君の髪の毛が欲しい』と」


「えっと……」


 それは……ちょっとダメだよね? やっぱりそれって、変態だと思われるよね?


 じゃあどうしよう? こっそり集めようか?

 ……いや、それもやっぱり変態だよね? 女の子の髪の毛を収集する変態だよね?


 え、これはいったいどうしたものかな……?





 next chapter:山田は愚考ぐこうする

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